表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第十五章:斎王の愛し子

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/77

77:疎外感

「おまえがこれからも特務部の一員として私を慕ってくれるなら助かる」


 葛葉(くずは)の戸惑いとは裏腹に、可畏(かい)には正しく意図が伝わったようだ。


「はい! お慕いしております!」


 わかってもらえた嬉しさのまま葛葉(くずは)が顔をあげて可畏(かい)を見ると、彼の白い頬が朱に染まっていた。ばつが悪そうに可畏(かい)がふっと卓上の小芥子(こけし)へ視線をそらした。


「面と向かって、部下に慕っていると言われるのは、なかなか恥ずかしいものだな」


 照れる可畏(かい)を見るのは、もう何度目だろう。親しみを感じて、葛葉(くずは)の気持ちがふっと綻んだ。


御門(みかど)様をお慕いしている隊員はたくさんいらっしゃると思います」


「どうだろうな。そんなことを言われたのは初めてだが」


 改めて考えると、部下が上官に好意を伝えることは少ないだろう。むしろ男女間で行われる告白のほうが自然である。


「でも、御門(みかど)様は女性からの好意は聞き飽きていそうですね」


 綻んだ気持ちのまま口を滑らせてしまう。可畏(かい)が呆れたように吐息をついた。


「それは面白くない冗談だな」


 声にほのかな苛立ちを感じて、葛葉(くずは)はすぐに背筋を伸ばした。余計な発言だったとすぐに反省する。


「あ、たいへん失礼なことを申し上げました」


 可畏(かい)がまた自嘲的に笑う。


「恐れられることは数えきれないほどあったが」


「それは……」


 葛葉(くずは)も初めはそうだった。恐ろしい人なのだと萎縮していた自分を思い出せる。


「それは御門(みかど)様のことを何もわかっていないからだと思います。わたしもそうだったので……」


 可畏(かい)は何も答えず、ふたたび卓上の小芥子(こけし)を見た。


「とにかくおまえには話す手間が省けた。私の使命についても聞いたか?」


「はい」


「ならば話は早い。その前提で私たちの次の任務がある」


 特務部の一員として任務に当たれることは喜ばしい。なのに、葛葉(くずは)は素直に喜べない。

 羅刹(らせつ)封印のために生かされているという可畏(かい)の使命。

 真っ直ぐに進めば、行き着く果てで可畏(かい)を失うことになるのだ。喜べるはずがない。


御門(みかど)様はそれで良いのですか?」


「どういう意味だ」


 葛葉(くずは)は気持ちを整えるためにすうっと息をついた。


羅刹(らせつ)の封印は御門(みかど)様の犠牲で成り立つのだと、玉藻(たまも)様から聞きました」


「そうだ。間違えていない」


 狼狽することなく可畏(かい)がうなずく。当然のように受け入れている姿勢を目の当たりにして、葛葉(くずは)は反射的に口を開いていた。


「わたしには承服できません!」


「なぜ?」


「なぜって……、羅刹(らせつ)を封印したら――」


 それを言葉にすることにはためらいがあったが、葛葉(くずは)はうやむやにしてはいけないと、はっきりと示した。


「封印をしたら、御門(みかど)様は死んでしまうのでしょう?」


 可畏(かい)は表情を変えることもなく、じっと葛葉(くずは)を見据えている。


「おまえは玉藻(たまも)から私の素性を聞いたのではなかったのか?」


「聞きました」


「では、その言い分のおかしさも理解しろ。私は元より死者だ。今は羅刹(らせつ)の力で生かされているが、封印によって元に戻る。それだけだ」


御門(みかど)様は生きておられます!」


「それがまやかしだと言っている」


「まやかしなどではありません!」


 力を込めて伝えるが、可畏(かい)は呆れたようにため息をつく。葛葉(くずは)の思いを全く意に介さない様子だった。


(生きることを諦めている者の匂いじゃ)


 玉藻(たまも)の言っていたことが、実感として伝わってくる。強固な義務感がそうさせるのかと、葛葉(くずは)はさらに言い募った。


御門(みかど)様の使命感は理解できますが、だからと言って、犠牲になることが当たり前だとわたしは思いません」


「他に策はない。それに、おまえは誤解しているようだが、私は使命のおかげで延命できたようなものだ。自分の使命に感謝することがあっても、残酷だと思ったことはない」


 可畏(かい)の意志には何の綻びもなかった。先の道筋を真っ直ぐに受け入れている。葛葉(くずは)は急に彼との間に横たわる果てしない溝を感じた。


 葛葉(くずは)が当たり前だと思っていたことが伝わらないのだ。

 自分の命を惜しまない。生きることに未練がない。そんな心持ちは理解できない。分からない。

 まるで知らない国の言葉を聞いた時のような疎外感があった。


「でも、御門(みかど)様に生きてほしいと思っていらっしゃる方がいます」


「くだらないことだな。仮に誰かがそう思っていたとしても、厄災と天秤にかければ答えは自ずと決まっている。私の犠牲で羅刹(らせつ)を止められるのなら、誰もがそれを望むだろう」


「そんなことありません! 少なくとも私はちがいます! 玉藻(たまも)様も、御門(みかど)様のお母様だってそうです」


「私の母が? それはない。母こそが誰よりも使命を全うすることを望んでいる」


「でも、綾子様は御門(みかど)様を救ってほしいとおっしゃっていました!」


 卓上に置いていた小芥子(こけし)を手にして、可畏(かい)の方へ向けた。


「だからこうして、わたしの元へおいでになったんです! 嘘じゃありません!」


「たしかにその小芥子(こけし)は母の物だろう」


「今は綾子様の依代(よりしろ)です」


 可畏(かい)がふうっと吐息をついた。妖のような赤い瞳に、これ以上話すのは無駄だと言いたげな冷ややかさが宿っている。


「もういい。言い分はわかった。だが、私は何があろうと羅刹(らせつ)の封印を成し遂げる。おまえの力もそのために必要だ。それだけ理解しておけ」


御門(みかど)様――」


「これ以上、おまえの無駄話に付き合う気はない」


 声に有無を言わせぬ苛立ちが滲んでいた。葛葉(くずは)小芥子(こけし)を握りしめたまま、ぐっと言葉を飲み込む。


 可畏(かい)は手元でふたつに割った餡パンを口にすることはなく、仕切り直すように話を逸らした。


葛葉(くずは)、次の任務について伝える」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▶︎▶︎▶︎小説家になろうに登録していない場合でも下記からメッセージやスタンプを送れます。
執筆の励みになるので気軽にご利用ください!
▶︎Waveboxから応援する
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ