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羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第十五章:斎王の愛し子

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74:可畏(かい)の素性

「鬼……」


 まさかという気持ちはなかった。脳裏に焼き付いた鬼の姿があったからだけではなく。

 可畏(かい)の任務に同行した日々が物語っていた。


 彼の振る舞いはいつも葛葉(くずは)にとって強烈に映り、気配が鮮烈だった。

 特別な存在感。


「でも、御門(みかど)様には綾子(あやこ)様というお母様がいらっしゃるのでは?」


 自分でも驚くほど、葛葉(くずは)は平常心だった。気持ちが飽和して感情を自覚できなくなっていたのだろう。あとになってそう思うが、その時は反動が先送りにされているおかげで、冷静に玉藻(たまも)と話ができた。


「元は人の子であるからな」


綾子(あやこ)様の?」


「そうじゃ」


 玉藻(たまも)の声とともに、わきあがった憶測があった。葛葉(くずは)の全身に悪寒がはしる。


「まさか、羅刹(らせつ)封印のために御門(みかど)様を出産なさったのですか?」


「もしそうであれば?」


「そ、そんなの酷すぎます! 御門(みかど)様にも綾子(あやこ)様にも。鬼と成るための子を産むなんて、いくら羅刹(らせつ)封印のためとはいえ……」


「そうは言うても、成さねばもっと多くの者が犠牲になる」


「でも! だからって――」


 なぜ綾子(あやこ)可畏(かい)の親子だけに託され、背負わねばならないのか。

 人々を厄災からまもるためという、大義名分が成立しているのはわかる。

 けれど、理屈がわかるからといって、承服できることでもない。


 葛葉(くずは)が憤りに身を震わせていると、玉藻(たまも)がふふっと笑った。


「何がおかしいのですか!」


 大妖にとっては人間の思惑が、すでに滑稽なのだろう。それでも葛葉(くずは)が憤りのまま喰ってかかると、玉藻(たまも)が驚いたように目を丸くする。


玉藻(たまも)様にとっては、人の考えることなど余興のようなものでしょう。でも、笑うなんてひどいです!」


「そう怒るな、花嫁。しかし、(わらわ)に激高するなど、恐れを知らぬ娘じゃな」


 落ち着いた玉藻(たまも)の様子が、葛葉(くずは)をハッと冷静にさせた。


「で、でも、いくら玉藻(たまも)様でも、笑うなんて……」


 勢いを失って言い淀みながら俯くと、再び玉藻(たまも)が笑った。


「そなたは必死なのじゃな。(わらわ)が笑ったのは人の愚行ではないぞ。そなたがあまりにも可畏(かい)に懐いておるから、おかしくなったのじゃ」


 玉藻(たまも)小芥子(こけし)に視線をおとす。可畏(かい)の母親である綾子(あやこ)を見ているのか、葛葉(くずは)を責めることなく呟く。


「そんなふうに二人の境遇に憤るのは、そなたくらいであろう。厄災と天秤にかければ、仕方ないと飲み込むのが人の世じゃ」


 小芥子(こけし)から葛葉(くずは)に視線を移した玉藻(たまも)とふたたび目が合った。彼女の笑みから、からかうような色が失われている。


「だから、誰も綾子(あやこ)が鬼と成るための子を産んだという話を疑わぬ」


 玉藻(たまも)自身も憤っているのだろうか。突き放すような口調で続けた。


「それこそ滑稽な話じゃ」


「では、それは事実ではないのですか?」


「そうじゃな。どちらかと言えば、逆じゃ」


 厄災から人々を守るために子を鬼とする。そう見える経緯に逆の意味があるとすれば――。


綾子(あやこ)可畏(かい)を鬼にするために子を産んだのではない。可畏(かい)を生かすために羅刹(らせつ)の力に縋ったのじゃ」


御門(みかど)様を生かすために?」


 玉藻(たまも)はうなずく。


可畏(かい)は生まれて間もなく不慮の事故で亡くなった。いや、もとより死産だったといってもよいだろう。綾子(あやこ)はその失われた魂魄(いのち)を無理やり繋いだ。斎王としてはあるまじき行いじゃ。そなたには美談に映ろうが、子を助けたいという母親の私欲でしかない。私欲のために羅刹(らせつ)を堕とす。理に背く大罪じゃな」


 葛葉(くずは)は母親の思いに共感できるが、私欲だと言われると何も言えなくなる。


「とはいえ、人はすぐに罪にまみれるものじゃ。愚かとしか言いようがないがな」


「でも、それは大切なものを守りたいという気持ちで……」


 言いながら、葛葉(くずは)は自分が矛盾していることにも気づいていた。玉藻(たまも)がそれを言葉にする。


 「可畏(かい)を犠牲に、羅刹(らせつ)の封印が成り立つのも同じことではないか?」


 美しい大妖の顔に、意地の悪い笑みが浮かんでいる。


「人々を守るために道理に背くか、子を守るために禁忌を犯すか。いったいどれほどの違いがある?」


「それは……」


 違わないのだろう。ただ葛葉(くずは)可畏(かい)に思い入れがある。だから違いが生じる。その気持ちが世界の捉え方を決めてしまう。


「人は善悪を決めたがるものじゃ。不安定な足元にしっかりと立てる場所が欲しいのだろうな」


 葛葉(くずは)が何も言えなくなっていると、玉藻(たまも)がばさりと着物の袖を振った。色鮮やかな袿の柄が視界に棚引く。


「さて、昔話はここまでじゃ」

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