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羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第十五章:斎王の愛し子

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73:可畏(かい)の正体

 可畏(かい)の抱える過酷な事情を明かされたせいで、昨夜はよく眠れなかった。


 葛葉(くずは)はのろのろと身支度を整えて、枕元に置いてあった小芥子(こけし)を手に取った。筆で細く描かれた目を見つめるが、小芥子(こけし)は微動だにしない。


御門(みかど)様を助けるために、わたしはどうしたら良いのでしょうか)


 縋るような気持ちで声に出さず語りかけるが、返事はない。昨夜から何度も同じことを繰り返している。

 けれど、可畏(かい)の母親が現れることはなかった。玉藻(たまも)も「可畏(かい)と顔を合わせて皮肉を聞くのは御免じゃ」と、さっさと御所へ戻ってしまった。葛葉(くずは)可畏(かい)の抱える事情を一通り暴露したあとも、飄々とした振る舞いは変わらない。あっさりとしたものである。

 むしろ狼狽する葛葉(くずは)を可笑しそうに眺めていた。


(このままでは御門(みかど)様を失ってしまうなんて……)


 玉藻(たまも)から聞いた衝撃的な事実が胸を苛んでいる。

 深刻なのは可畏(かい)に与えられた使命だけではない。そもそも彼の生い立ちが酷いのだ。


 葛葉(くずは)小芥子(こけし)を抱えて寝床となっている客間を出ると、雨戸が開け放されて朝焼けの見える縁側で立ち止まった。


 朝焼けの幻想的な空の色に触れても心が動かない。大きくため息をついて縁側に腰掛ける。

 玉藻(たまも)が語ったことから、意識を逸らすことができない。ぐるぐると昨日の会話が脳裏を巡る。






 「それが奴の使命じゃ」と明かされた後、即座に玉藻(たまも)へ問い返した葛葉(くずは)の声は裏返っていた。


「み、御門(みかど)様は、そのことをご存じなのですか?」


 羅刹(らせつ)封印のために自身が犠牲となること。そんな使命を知りながら、封印を叶える花嫁をそばに置くのはどんな気持ちだっただろう。


可畏(かい)は全て心得ておる。そもそも、奴はそのために生かされておるのだからな」


 さらに不穏さが増す。葛葉(くずは)は息苦しさを感じながら、食い入るように玉藻(たまも)を見つめた。


「どういうことでしょうか?」


「その使命をなくして、奴がここに留まることはできぬ」


 不安をあおる言葉だけが重ねられる。葛葉(くずは)がわからないと横に首をふると、束の間の沈黙のあとに玉藻(たまも)が呟いた。


(わらわ)がこれ以上を語るのは、可畏(かい)にとっては度を過ぎた暴露であるかもしれぬ」


 葛葉(くずは)はぐっと言葉に詰まった。誰にでも知られたくないことはある。可畏(かい)が打ち明けることを望まない事情なら、触れることにはためらいがよぎる。


「でも、玉藻(たまも)様」


 後ろめたさを振り払うように、葛葉(くずは)は声をあげた。


「わたしはもう引き返せません!」


 まなじりの鋭い美しい目で、玉藻(たまも)が何も言わずこちらを見ている。


「たとえ御門(みかど)様の意に添わぬことであっても、それがあの方の助けになるのであれば教えてください」


「……花嫁」


玉藻(たまも)様のせいにはしません。御門(みかど)様のお叱りはわたしが受けます!」


「そうは言っても、奴の怒りの矛先は(わらわ)に向くであろうな」


 玉藻(たまも)はひらひらと袖を振って所在なげに羽織っている着物の柄を眺めていたが、ふたたび葛葉(くずは)の顔を見ると、小さく笑う。


「まぁ、奴が怒ったところで(わらわ)に皮肉を言うくらいのことしかできぬが。それよりも、(わらわ)はむしろそなたの心持ちが変わるのではないかと心配なのじゃ」


「わたしの心持ちですか?」


「そうじゃ。ふたたび可畏(かい)を怖れるのではないかとな」


御門(みかど)様はお優しい方です! 恐ろしくなどありません!」


 思ったままに訴えると、玉藻(たまも)が吹き出した。葛葉(くずは)はすぐに当初可畏(かい)に抱いていた印象を思い出して、もごもごと言い訳をする。


「はじめは、その、色々と驚いて、怖い方だと思ったりもしましたが……」


 自分と可畏(かい)がどのような出会い方をしたのかも、玉藻(たまも)にはお見通しなのだろう。


「それは誤解や思い込みがあって……」


「知っておる。しかし、そなたは期待以上に可畏(かい)に懐いておるのだな」


 玉藻(たまも)がふたたび声をたてて笑った。


「やはり綾子(あやこ)は慧眼じゃな。そなたに託すと決めていた。(わらわ)の杞憂でしかないということか」


玉藻(たまも)様?」


「秘めていても仕方がない。可畏(かい)の正体をそなたに明かしてやろう」


御門(みかど)様の正体?」


 問い返しながら、葛葉(くずは)には予感があった。

 ふっと美しい鬼の姿が脳裏に浮かんだのだ。一角獣のような角と長く伸びた白髪。人間離れした艶やかな姿。変貌していても、見覚えのある端正な横顔。


(もしかして、あれは――)


 夢か見間違いだろうと思っていた。

 けれど、かすめるような記憶なのに鮮明に思い起こすことができる。

 印象に残っているのだ。


可畏(かい)は……」


 葛葉(くずは)の記憶を裏付けるように、玉藻(たまも)の声が耳に響く。


可畏(かい)羅刹(らせつ)の角である三柱から、一柱を与えられた鬼じゃ」

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