表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第十四章:可畏(かい)の使命

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/77

72:封印の犠牲

「異能は尊い力なのだと思っていました」


「間違えてはおらぬ。異能とは、元は(すめらぎ)のもつ力のことであったからな」


「今は違うと……」


異形(いぎょう)を討伐する力を指すなら、まったく異なるものじゃ」


「そのようなお話は聞いたことがありませんでした」


「つまびらかにすると、都合が悪いからであろうな」


 異能を持つ家の権威を守るためだろうか。葛葉(くずは)にはよくわからない。


「でも、そんなふうに羅刹(らせつ)から角を奪って、鬼神の怒りには触れなかったのですか?」


「もちろん触れたのぅ」


「え!?」


 まるで人ごとのようにあっさりとした返答である。葛葉(くずは)が言葉を失っていると、玉藻(たまも)が笑う。


「霊峰富士。そなたも知っておろう」


「あ、はい」


 富士山を知らない者はいない。葛葉(くずは)の脳裏にも穏やかで美しい山並みが浮かぶ。


「今も当時のことは語り継がれておるのだろう? 当時の噴火が羅刹(らせつ)の怒りじゃ」


 平安の頃にそのような天災があったことは葛葉(くずは)も知っていたが、まさか羅刹(らせつ)へ繋がるとは思ってもいなかった。霊峰の噴火ともなれば、甚大な被害をもたらしたはずだ。


「鬼神の怒りを鎮めるために、霊峰富士には強力な結界を施してある。(すめらぎ)に連なる女神を御神体としてまつり、社を建て、富士を拠点にあらゆる地脈を抑えているのじゃ。だが、それでも抑えきれずに噴火するほど羅刹(らせつ)は手強い」


 富士の噴火は繰り返されてきた。江戸の世でも噴火があったと記録されている。

 一柱の角を人に奪われた羅刹(らせつ)の怒りはそれほどに壮絶なのだ。玉藻(たまも)の言うとおり封印は絶えず行われてきたのだろう。


 葛葉(くずは)が戦慄していると、何かを思い出しているのか彼女は忌々しげに吐き出す。


「そんな鬼神を相手に、人はまたしても同じ愚行を犯した」


 玉藻(たまも)の黒い瞳の中心に、(あやかし)らしい赤い光が見える。声に嫌悪が滲んでいた。


「このままではいずれ羅刹(らせつ)の怒りによって国が沈む。一度ならず二度までも角を奪われた羅刹(らせつ)の怒りが、国を焼き尽くすのじゃ。霊峰の噴火からはじまり、それは地脈を伝って広がる。悪夢のような天災が各地で連鎖する」


 葛葉(くずは)を見る玉藻(たまも)の視線が、労わるような光を宿していた。


(わらわ)綾子(あやこ)が視たのはそういう光景なのじゃ」


 千里眼。葛葉(くずは)には玉藻(たまも)の力を疑う理由もない。いきなりつきつけられた未来に、ぎゅっと心臓をつかまれたような息苦しさを感じた。


「だが花嫁よ、案ずるな」


玉藻(たまも)様……?」


(わらわ)の見たこの未来はくつがえすことができる。そなたが羅刹(らせつ)の封印を叶えるはずじゃ」


「わたしが?」


 羅刹(らせつ)の花嫁という特別な力。


 羅刹(らせつ)封印のための切り札だと、可畏(かい)にも言われた。自身の力を実感した今でも、そんな大役がこなせるのだろうかと、不安がせり上がってくる。

 けれど、弱気になる自分を励ますように葛葉(くずは)可畏(かい)の言葉を思いだす。


(おまえにならできる)


 鬼火とわらべ唄が行き交う夜道で、可畏(かい)が背中を押してくれた。

 自分を信じてくれる、力強い言葉。


(――できる)


 葛葉(くずは)は心の中でそう唱えた。蘇った可畏(かい)の声に勇気をもらっていると、玉藻(たまも)の指先がふたたび小芥子(こけし)に触れた。


「そなたの力は、羅刹(らせつ)から奪って成った忌々しい異能とは違う。陛下や綾子(あやこ)がもつ、(すめらぎ)の力に等しいものじゃ」


「わたしの力が? そんなはずないです」


 恐れ多いと震え上がっていると、玉藻(たまも)が微笑む。


「信じられずとも、そうなのじゃ」


「何かの間違いなのでは……?」


 玉藻(たまも)が再び小芥子(こけし)を撫でる。


「間違いではない。なぁ、そうであろう? 綾子(あやこ)


 物言わぬ小芥子(こけし)に語りかけてから、玉藻(たまも)葛葉(くずは)を見た。


「だから、綾子(あやこ)はおまえに賭けたのだ」


 話がはじめへ戻る。なぜ可畏(かい)の母親が葛葉(くずは)の元へ現れたのか。斎王(さいおう)となるほどの力の持ち主であったことはわかったが、まだ葛葉(くずは)の枕元に現れた真意は読めない。


「どうして御門(みかど)様のお母様は、わたしの枕元に?」


「それは、このままでは可畏(かい)を失うからじゃ」


「え?」


 大役を務めてみせると奮い立たせた葛葉(くずは)の気持ちに、ふっと一筋の影が落ちた。

 目の前に並べられた朝食が色を失ったように感じる。温かくたちのぼっていた湯気が、完全に失われてしまったからだろうか。


 ふたたび玉藻(たまも)が話しはじめるまで、ひとときの空白が流れた。葛葉(くずは)は味噌汁の中に箸を差し入れたが、汁をすすることもなく箸を置いた。

 玉藻(たまも)の声が不安定な沈黙を破る。


羅刹(らせつ)の封印は叶うが……」


 それだけ呟くと、声がふたたび途切れる。葛葉(くずは)は胸に去来する重苦しさをごまかすように、彼女が言いあぐねていることを問いただした。


「封印に何か問題があるのですか?」


 不安を拭うための問いかけには、さらに不安をあおる言葉が返ってくる。


「封印には犠牲が必要じゃ」


「犠牲?」


 まさかという気持ちを裏付けるように、玉藻(たまも)がうなずいた。


羅刹(らせつ)の封印とともに可畏(かい)はこの世から消える」


 追い討ちをかけるように、目の前の美しい大妖(たいよう)が告げた。


「それが奴の使命じゃ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▶︎▶︎▶︎小説家になろうに登録していない場合でも下記からメッセージやスタンプを送れます。
執筆の励みになるので気軽にご利用ください!
▶︎Waveboxから応援する
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ