68:伯父と甥
可畏は視線を伏せた。答えを明かされたも同然である。
羅刹の関わる禁術の行使に値するのは。
「陛下の御座します皇家、または御門家か安倍家。そういうことでしょうか?」
「私も尻尾を掴めたわけではないが、おそらく安倍だろう」
「では、安倍はやはり私のカラクリを知っていたのですね」
帝はふっと自嘲的に笑う。
「おまえが鬼の子であるという噂を流したのも、彼らだろう」
「――なるほど……」
隠し通せると思っていたわけでもないが、千代――あの童女が自分と同じ者であるなら、彼らは可畏の予想よりもずっと以前から知っていたのだ。
蘆屋が鬼封じの札を自分に仕掛けたのも、安倍からの入れ知恵があったのだろう。
滑稽だなと、可畏の口元にも皮肉げな笑みが浮かぶ。
「だが、可畏」
帝の声に視線を上げると、彼がこちらに睨みを利かせている。
「自身のことを死者だと言うな。綾子が悲しむ」
「それは陛下の感傷です。母への思い入れは理解しますが、彼女は覚悟を決めて私にこの大役を負わせた」
可畏の母である綾子は皇女である。御門家に降嫁したが、現在も内親王を名乗り帝の妹であることは変わらない。だが可畏を産んでからの消息は秘められている。
表向きは静かな場所で病床にあり、療養を続けているという体裁になっていた。
「綾子はおまえを犠牲にしたかったわけではない」
「気休めは良いのです。私はこの立場を理解しております」
帝が可畏に一目置くのも道理だった。
羅刹封印のために、可畏に背負わせた大役。その成り行きの監視と同時に、帝には幼い甥に課された過酷な使命を、ただ不憫に思う伯父としての感情もあるのだろう。
「私を哀れだと思われるなら隠し事はお控えください。陛下はなぜ葛葉や異形のことを私にお話しくださらなかったのですか?」
「そう怒るな、可畏。おまえに同行して花嫁は無事に異能を取り戻した。そうだろう?」
「はじめから彼女に真実をお話しになれば良かったのです。……せめて私には」
過去の記憶に触れ、自分を責めていた葛葉の姿はいま思い出しても痛々しい。真相を知っていれば、彼女が自責の念に追い詰められる必要もなかった。
憤りを隠せずにいると、陛下が小さく笑う。
「悪かったとは思うが……、おまえはうまくやってくれた」
「無責任なことを」
「花嫁の罪の意識は晴れて、無事に異能も取り戻した。何も問題ない。結果的には同じことだ」
可畏が苛立ちのまま帝を見据えていると、彼はわざとらしく咳払いをする。
「いや、同じではないな。むしろ花嫁の信頼を得られたはずだ」
まるでそれが織り込み済みであったように、帝が不敵な笑みを滲ませた。たしかに葛葉の様子は当初よりかなり打ち解けたものになっている。彼女の心境の変化を狙っていたとでも言いたいのだろうか。
「そうイライラするな、可畏」
帝が思い出したように、手元にある珈琲カップを手にする。珈琲を口へ含む前にぼそりとした低い呟きがあった。
「私は妹の願いを叶えてやりたい。玉藻も同じ思いだろう」
母の願いは羅刹の封印を叶えることなのだ。可畏もその願いに異論はない。
(母はそのために自身を犠牲にした)
苛立ちをおさめようと、可畏も珈琲カップに手を伸ばした。しばし香りと苦味に意識を向ける。
「陛下」
ゆっくりと珈琲を飲み干してから、可畏は再び呼びかける。
「他にも何かご存知であるなら、お話しください」
「……そのつもりだ」




