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羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第十四章:可畏(かい)の使命

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67:帝の隠し事

 数日ぶりに御所へ参内し、可畏(かい)が帝の結界を抜けると白い水干(すいかん)を着た子どもが立っていた。目が合うと浅くお辞儀をしてから、回廊を先導するように歩き始める。小さな背中へひとつにまとめた黒髪が垂れ下がり、歩調にあわせて揺れていた。(くく)(ばかま)からのぞく足が棒のように細く白い。


(陛下の式鬼(しき)か)


 回廊を辿るように視線を投げても、いつも可畏(かい)をからかうために現れる玉藻(たまも)の姿が見えない。


(珍しいな)


 違和感に近いものを感じながら、可畏(かい)は回廊を渡り帝の御座所(ござしょ)へ赴いた。


「陛下、参りました」


可畏(かい)はいちいち堅苦しいな」


 言葉とは裏腹に帝は微笑んでいるが、放たれる言葉には玉藻(たまも)に似た皮肉げな色があった。彼女の影響だというのは明白である。可畏(かい)は受け流して敬礼を解くと、あらためて帝に目を向けた。


 以前とは違い、彼は黒い軍服ではなくフロックコートを纏っている。煌びやかな徽章(きしょう)がない上着には物々しさがなく、堅苦しさを和らげる効果があった。


「今日は玉藻(たまも)の姿が見えないようですが」


「花嫁の様子を見にいくと言っていたぞ」


葛葉(くずは)の?」と言いかけて、可畏(かい)は言葉をのみ込んだ。

 帝のからかうような眼差しが癪にさわる。無表情を装ってやり過ごしても、胸の片隅に小火のような苛立ちがあった。玉藻(たまも)葛葉(くずは)に何を吹き込むのかは、あえて考えることをやめた。

 くすぶる苛立ちをすぐに鎮火させて、訪問の目的を思い出す。激していては肝心な話ができない。


「陛下、この度はお時間をいただきありがとうございます。さっそく本題に……」


「待て待て、わかった。話は麒麟(きりん)の間で聞く」


 軟化しない態度を察したのか、帝が降参だと言いたげに提案した。御座所(ござしょ)から場を移すということは、帝なりに可畏(かい)の話に真剣に向き合うという気概を示したのだろう。


(やはり私が何のために訪れたのか、陛下は察しておられるようだ)


 すでに半分答えが出たに等しいが、可畏(かい)は促されるままに麒麟(きりん)の間へ移った。


 洋室としてしつらえられた部屋へ入ると、帝はフロックコートを脱いで長い卓の上座につく。それを見届けて可畏(かい)が一番近い席にかけると、帝の式鬼が茶器をもって登場した。


 さっきの少年ではなく女性で、和装の上にエプロンをしている。飲食店でちらほら見かけるようになった女給のような格好だった。帝が世間の動向をよく観察しているのがわかる。


「おまえが何を言いたいかは、だいたい察している」


 給仕の式鬼が二人に珈琲を用意した。かぐわしい香りがほのかに立ち昇っている。


「話がはやくて済みます」


 可畏(かい)が端的に促すと、帝は「はぁ」と大仰に溜息をついた。


「相当怒っているようだな」


「それは怒らせるような心当たりがおありになるということですね」


「――いや、決してそういうわけではないが……」


 潔いのか悪いのかわからない返答で、帝は視線を泳がせている。可畏(かい)は小さく吐息をつく。


「陛下、ここは単刀直入にお伺いしますが、いったい何を企んでおられるのでしょうか。私は羅刹(らせつ)封印のためにある。それをご存知でありながら、なぜ隠し事をされるのか。正直なところ理解に苦しみます」


 はっきりと不快であると示すと、帝はうなずいてまっすぐに可畏(かい)を見つめる。先ほどまでの砕けた印象を改めるような、壮年の威厳を取り戻した表情だった。


「おまえに対して悪気があったわけではない。ただ、いろいろな可能性を考えているだけだ」


「では、どのような思惑があったのか伺っても?」


可畏(かい)に話しても一笑に()すだけだ」


 手の内を明かさない頑なさを感じる。けれどすこし不機嫌な口調に幼稚ともいえる意地が見え隠れしていた。帝のことは幼い頃から知っている。昔から英明な大人だったが、可畏(かい)には近寄り難いという印象はなかった。むしろ親しみやすさがある。


 彼が頑固な顔を見せると、本意を知るのが一筋縄ではいかないのも把握していた。可畏(かい)は埒があかないと判断して切り込み方を変える。


「陛下は尾崎(おさき)を介して、葛葉(くずは)の能力も異形の正体についてもご存知だったはずです。おそらく千代(ちよ)という童女……、ずっと葛葉(くずは)を狙っていた者についてもご存じのはず」


 厳しく指摘すると、帝が息苦しそうにシャツの襟元を緩める。可畏(かい)がさらに追い討ちをかける。


「ご存じであれば教えてください」


 帝は言い逃れできないと諦めたようだった。


「たしかに全て知っていた」


「あの童女は何者なのですか?」


 ゆっくりと帝の眼差しが可畏(かい)を捉えた。


「――あれは、おまえと同じ者だ」


「私と?」


 そんなことがあり得るだろうか。だが、帝が今さら嘘を語るとも思えない。

 やっかいな話になるのかと可畏(かい)は気を引き締める。


「では、あの童女は死者ですか?」


 死者。命尽きた者。

 亡骸とならずに在るのなら、人の(ことわり)から逸脱していることになる。


(ずっと幼いままの姿……)


 夜叉の話と辻褄が合う。

 年を重ねることはなく、姿形だけを変えて葛葉(くずは)の前に現れた奇怪さ。死者ならその不自然さに理屈はとおるが、新たな疑問が湧き上がってくる。


「いったい誰が繋ぎ止めたのですか?」


「おまえには予想がつくだろう」



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