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羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第十三章:平屋の小芥子(こけし)

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63:小芥子(こけし)

 土間へ入り、板の間へ上がるために履き物を脱いでいると、葛葉(くずは)はふと炊事場の片隅にある小芥子(こけし)に気づいた。ちょうど板の間を見るように置かれており、細く描かれた目と視線があう。


 なぜ炊事場にあるのかと思ったが、台の奥に立っていて作業の邪魔にはならない配置だった。おそらく和歌(わか)が飾ったのだろう。珍しいと感じたが不審には思うほどでもない。


 すぐに奥の座敷へと意識を向けて、葛葉(くずは)は板張りの廊下へあがる。以前と同じように縁側をたどるように進み、居間へ入った。囲炉裏を見ると心が緩む。


 葛葉(くずは)は祖母と暮らした小さな家にあった囲炉裏を思い出した。火災の記憶を恐れて、祖母と囲んだ囲炉裏の火さえ、目隠しされたように意識の底に沈められていた。


 けれど、今は思い出せる。祖母と囲炉裏を囲んで過ごした日々。他愛ないけれど平穏だった。

 囲炉裏の火はいつも穏やかで温かった。


 葛葉(くずは)は改めて過去に向き合って、自身が変わりつつあることを自覚する。

 囲炉裏から目をあげると、和歌(わか)の笑みがあった。


「どうぞ、奥へ。すぐにお茶を淹れます。さっそくお土産をいただきましょうね」


「ありがとうございます」


 彼女は奥の客間へ可畏(かい)葛葉(くずは)を促すと、風呂敷をかかえて炊事場の方へ姿を消した。

 可畏(かい)と客間へ入ると、葛葉(くずは)の気を引くものが視界の端をよぎった。


(ん?)


 客間から見える中庭。水盤へ流れ込む水の流れを再確認して、葛葉(くずは)はこの家屋が中庭を囲むように作られていたことを思い出した。濡れ縁から中庭を挟んで向こう側にも部屋がある。以前は障子で遮られていたが、今は開放されて室内が見えた。


 斜めに傾いた夕刻の赤い日差しが、中庭に影と光の境界を描いている。平屋の家屋にも、くっきりとした影との境界が生まれていたが、まだ夕闇は訪れていない。


(また小芥子(こけし)?)


 夕焼けのような赤みを帯びた光景の中で、一目散に葛葉(くずは)の視界がとらえたのは、違い棚に飾られた小さな小芥子(こけし)だった。床の間に生けられた花や掛け軸よりも、なぜか葛葉(くずは)は圧倒的な存在感を覚えた。


(さっき小芥子(こけし)を見たばかりだから、気がついたのかな)


 中庭を挟んで見える室内は遠く、小さな小芥子(こけし)が目立って見えるわけでもない。炊事場にあったものと同じ形だろうかと目を凝らしていると、細く描かれた小芥子(こけし)の目とふっと視線が重なった。ぞくりと背筋が寒くなる。


葛葉(くずは)?」


「ぎゃ!」


 可畏(かい)の呼びかけに過剰に反応して、葛葉(くずは)はその場で飛び上がってしまう。


「どうしたんだ?」


「も、申し訳ありません。すこし驚いただけです」


 不思議そうに可畏(かい)も中庭の向こう側にある部屋へ目を向けた。


「何か変わったものでも見えたのか?」


「いえ、変わったものというか。向こう側の部屋にある違い棚の上に、小芥子(こけし)を見つけたので……」


小芥子(こけし)?」


「はい。さっき炊事場にもあったので、同じ形のものかと思って」


 可畏(かい)が向こう側の部屋を眺めたまま目をすがめた。


「違い棚には何もないようだが?」


「え? そんなはずは……」


 葛葉(くずは)もふたたび中庭ごしに見える部屋の違い棚に目を向ける。小芥子(こけし)の場所を示そうとしたが、見当たらない。


「あれ?」


 中庭へ続く濡れ縁まで出て目を凝らしていると、背後で可畏(かい)の声がした。


「中庭の木の梢がそう見えたんじゃないか?」


「いえ、そんなことは」


 強い印象をもって視界に飛び込んできたのだ。見間違えたとは思えないが、違い棚には何も置かれていなかった。


「でも、なくなっています」


 あったはずの小芥子(こけし)がなくなる。葛葉(くずは)がひやりとした戦慄を感じていると、可畏(かい)がさらに恐ろしいことを告げた。


「それに、炊事場に小芥子(こけし)などあったか?」


「――わたしは、見ましたが……」


 葛葉(くずは)はにわかに小芥子(こけし)があったと自信をもって言えなくなる。自分よりも周りの変化に気づき、何事もよく見ている可畏(かい)が、あの小芥子(こけし)に気づかないことなどあるだろうか。


 もし炊事場の小芥子(こけし)もなくなっていたら――。


 完全に怪異である。


 葛葉(くずは)がぞっと顔色を失っていると、それに気づいた可畏(かい)が慰めるように続けた。


「もしおまえの見た小芥子(こけし)が何らかの怪異だったとしても、問題はない」


 葛葉(くずは)がどういう意味かと目を向けると、可畏(かい)はきっぱりと断定した。


「ここは帝の用意した住処だぞ。悪いモノが紛れ込めるわけもない」


 言われてみればそうだった。帝が葛葉(くずは)を守るために用意した住処なのだ。葛葉(くずは)は肩に入っていた力が抜けた。けれど神出鬼没な小芥子(こけし)の不気味さまでは払拭できない。


「でも、もし小芥子(こけし)が怪異だとして、いったい何のために出るのでしょうか?」


「――さぁな」


 可畏(かい)の返答に一呼吸の戸惑いがあったように思えて、葛葉(くずは)は引っ掛かった。可畏(かい)はすぐに大丈夫だと念を押す。


「帝のことだ。おまえを守るための仕掛けだろう。何も心配はいらない」


「はい」


 悪いモノでなくとも神出鬼没な小芥子(こけし)は怖い。怖いが、葛葉(くずは)は特務部の一員として怪異になれるべきだと思い直した。


「お茶が入りましたよ」


 可畏(かい)と濡れ縁から客間へ戻ると、和歌(わか)がいそいそとした様子で再び姿を現す。手に抱える盆には、茶器と土産の銅鑼(どら)焼きがあった。

 三人で座卓につくと、可畏(かい)が何気なく彼女に尋ねる。


和歌(わか)、炊事場に小芥子(こけし)を飾っているのか?」


小芥子(こけし)ですか?」


 和歌(わか)可畏(かい)の顔を見てから葛葉(くずは)に視線を向ける。表情から何かを感じたのか再び可畏(かい)を見た。


可畏(かい)様。それはどう答えるのが正解でしょうか」


 どうやら葛葉(くずは)の表情から小芥子(こけし)に怯えていることを察したらしい。彼女は葛葉(くずは)に負担のない答えを模索しているようだった。可畏(かい)和歌(わか)の聡明さに小さく笑う。


「ここは特別な場所だ。べつに取り繕う必要はない」


「そうですか。炊事場に小芥子(こけし)を飾ったことはございませんが――」


「ええ!?」


 予想していても慄いてしまう。こんな怪異に怯えるのが情けないと意気込んでみても、葛葉(くずは)はぞっと全身に鳥肌がたった。


「その様子では、葛葉(くずは)さんは炊事場で小芥子(こけし)を見たと?」


「は、はい。奥の台にありました」


 和歌(わか)可畏(かい)と顔を見合わせている。二人の間で暗黙のやりとりがあったのか、彼女は慰めるように葛葉(くずは)に微笑んだ。


「大丈夫ですよ、葛葉(くずは)さん。私があとで屋敷の中を見回っておきましょう」


「ありがとうございます」


 不気味な小芥子(こけし)の存在を恐れることもなく、和歌(わか)は柔和に笑っている。ここで葛葉(くずは)の世話を担うということは、帝と可畏(かい)からの信頼が厚い女性なのだろう。怪異にも慣れている気配がした。


 動じることのない和歌(わか)の笑顔に心強さを感じて、葛葉(くずは)は大丈夫だと自分に言い聞かせる。


「とりあえず、銅鑼(どら)焼きをいただきましょう。とても美味しそうです」


「はい」

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