表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第十三章:平屋の小芥子(こけし)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/77

62:平屋への帰宅

 現場で滞在した大きな屋敷を後にして、葛葉(くずは)が再び帝の用意した敷地に戻ったのは夕刻だった。


 秋空を見上げると、茜雲が赤い光を照り返している。

 帝都にありながら、人混みや喧騒とは無縁の瀟酒(しょうしゃ)な平屋が見えてきた。


 手入れの行き届いた庭先に、使用人である和歌(わか)の姿があった。彼女の姿を見るたびに、葛葉(くずは)は母親がいたらと想像してしまう。木々の影が長く伸びて彼女に落ちかかっていた。


 まだ葛葉(くずは)にとっては親しみも馴染みもない家だったが、初めてここへ来た時とは心境が変わっている。


「おかえりなさいませ」


 当たり前のように出迎えてくれる和歌(わか)に、葛葉(くずは)は「戻りました」と会釈する。隣で可畏(かい)が手に持っていた風呂敷を和歌(わか)に差し出した。


「土産だ。葛葉(くずは)がおまえのために選んだ」


 旧街道沿いにあった店の銅鑼(どら)焼きだった。現場から引き上げることが決まった時、去り際に可畏(かい)が買い与えてくれたのだ。柄鏡(えかがみ)の願いを叶えた褒美ということらしい。


 甘いものに目がない葛葉(くずは)である。食べ歩くまもなく平らげ、名残惜しそうに最後の一口を頬張っていると、可畏(かい)が笑いながら土産として持ち帰れるようにしてくれた。


美味(うま)いらしい。二人で一緒に食べるといい」


「まぁ、ありがとうございます」


 嬉しそうに顔を綻ばせて風呂敷を受け取ると、和歌(わか)葛葉(くずは)を見た。


「それなら、すぐにお茶をお淹れいたしましょう」


 彼女の穏やかな声で、葛葉(くずは)は気が緩むのを感じた。


「お疲れでしょう。夕餉の支度も整っておりますが、その前に一服されるといいですよ」


 和歌(わか)にはあらかじめ帰宅が知らされていたのかと思いながら、葛葉(くずは)は隣の可畏(かい)を仰いだ。彼はうなずいて平屋へ入るように促す。


「疲れただろう。ご苦労だった。こちらでゆっくりするといい」


「はい」


 自分を送り届けるという役割を果たして、可畏(かい)がすぐに踵を返して立ち去りそうな気配を感じた。多忙な彼にはきっとこの後にも予定がある。理解はできるが、葛葉(くずは)は心もとない気持ちになった。


「あの、御門様もすこし休憩されては?」


「私は――」


「もちろんですわ。こんな庭先で立ち話をせずに中へどうぞ」


 可畏(かい)の声を遮る勢いで、和歌(わか)が会話に入ってくる。


可畏(かい)様も夕餉を召し上がってください。お二人がお戻りになると聞いて、今夜ははりきってご用意いたしました」


 有無を言わせない圧を感じたのか、可畏(かい)が小さく吐息をついて「わかった」と答えた。

 うまく可畏(かい)を引き止めてくれた和歌(わか)に、葛葉(くずは)は感謝したい気持ちで視線を送る。目が合うと彼女はにっこりと微笑んだ。


葛葉(くずは)様は、まっすぐ前を向かれるようになりましたね」


 言われてみると、和歌(わか)としっかり視線が重なっている。以前なら慌てふためいて視線を逸らしていたのに、身に染みついた習慣が上書きされていた。彼女は葛葉(くずは)の気持ちの変化を見抜いているのだ。


「初めてお会いした時とは、すっかり雰囲気が変わっておられます」


「そ、そうでしょうか」


「はい。とても綺麗になられました」


 数日で変わるはずもないが、和歌(わか)の言葉には力強さがあった。葛葉(くずは)はなんとなく気恥ずかしくなってしまう。


可畏(かい)様もそう思われるでしょう?」


「――ああ、そうだな」


 突然可畏(かい)にも首肯されて葛葉(くずは)は戸惑う。うまく受け流すことができず、かぁっと顔面に熱がこもった。茹で蛸のようになっているのがわかって咄嗟に俯く。恥ずかしくて顔があげられない。


「あら?」


 自分を襲った火照りをやりすごそうと奮闘する葛葉(くずは)の前で、和歌(わか)の笑い声が響く。


「どうして可畏(かい)様まで照れていらっしゃるのですか?」


「え?」


 どういうことだろうと葛葉(くずは)が顔をあげると、可畏(かい)が二人の視線を避けるように平屋の縁側を見ている。


和歌(わか)、余計なことを言うな」


 可畏(かい)の顔は見えないが耳が真っ赤に染まっている。葛葉(くずは)はぐっと胸が高鳴った。

 はじめは意外な一面だったが、今となっては紛れもなくそれが彼の人となりなのだ。


 横柄で傲慢だと思い込んでいたのが嘘のようだった。可畏(かい)の様子に葛葉(くずは)もおかしくなる。


 笑い声が漏れないように肩を震わせていると、再び和歌(わか)と目があった。


「お二人とも、中へ入ってお土産をいただきましょう」


「はい」


 和歌(わか)が風呂敷を抱えて平屋へ続く道を行く。三人の長い影がゆっくりと邸宅へ向かって動きはじめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▶︎▶︎▶︎小説家になろうに登録していない場合でも下記からメッセージやスタンプを送れます。
執筆の励みになるので気軽にご利用ください!
▶︎Waveboxから応援する
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ