6:寄宿舎生活の終了
食事がおわると、学校長がやってきて寄宿舎生活の終了を宣告された。葛葉の今後については、どうやら既に御門家と話がついていたらしい。舎監の教師にも玉の輿であると、嬉々として背中をおされた。
筆頭華族の意向ではどうにもならないだろう。もとより異能を持たなければ、葛葉が高等学校で学ぶことなどできなかった。華やかな帝都では紳士淑女が通りを行き交うが、身寄りもない少女の行く末は暗い。
(わたしは運がよかった)
住まいが焼失し、いまだ祖母の行方は知れないが、異能持ちであることが発覚してから、葛葉が衣食住に不自由したことはない。
この島国では、古くから人々は妖や異形に脅かされてきた。それを退ける力を持つ者が重用されるのは世の道理だった。
御門家や、葛葉の身を預かってくれた倉橋家は、代々能力者を輩出する一族であり、今も華族として特別な地位を築いている。
欧化の影響をうけても、この国は異能者の力なくしては成り立たない。とくに昨今は、以前にもまして帝都に異形が頻出している。
毎日のように犠牲者を出し、新聞がそれを大きく報じていた。
「また授業で会いましょう、葛葉さん」
校長も舎監の教師も、何の問題もないという笑顔で葛葉を寄宿舎から送りだす。葛葉は覚悟をきめて、「はい」と二人に頭をさげた。
葛葉が嫁入りをして退学にならないのも、やはり異能持ちだからである。
能力者だけが学ぶ特務科以外の女子部なら、縁談があればすぐさま家の意向に従うしかないのだ。学制が発布されても、初等教育ですら就学率は半数にも満たない世の中である。
高等学校で学ぶ女性は限られており、行く末は良妻賢母なのだ。
けれど。
異能を持つということは特別だった。それは生きる世界を変える。身寄りのない葛葉を救い、これからも身を立ててくれるはずだった。
「では葛葉、行こうか」
可畏が隣に立ち、自然な仕草で葛葉の小さな荷物をとりあげる。
なんのためらいもなく、エスコートするように手を差し伸べた。葛葉は差し出された彼のを手を眺めたまま、立ち尽くしてしまう。
「あの、荷物は自分で持てます」
寄宿舎の荷物は、あとで運び出されることになっており、葛葉が持ち出すのは風呂敷一つで事足りる小さなものだった。
「そんなに嫁入りが不服か?」
頭上から可畏の冷ややかな声がする。風呂敷に伸ばした葛葉の手を、彼の大きな手がしっかりとつかんだ。
「形式的なものだと諦めろ。なにか希望があるなら、あとで聞く」
歩きだそうとしていた可畏が、ふっと葛葉を見返る気配がした。
「それとも、誰か心に決めた相手がいるのか?」
「い、いません!」
葛葉はエスコートされることに戸惑っただけだったが、どうやら可畏は違う理由をくみとってしまったらしい。あわてて説明する。
「御門様に嫁ぐことは、まだまだ半信半疑です。でももし本当なら、わたしには食いはぐれる心配もなくなり、幸運なお話です。今のはエスコートされる経験がなかったので作法に戸惑っただけで、深い意味はありません。申し訳ありません」
一息に言い終えると、途端に葛葉はつながれた可畏の手を意識してしまう。みるみる自分の顔に熱がこもった。
「別に謝ることはないが……」
可畏はそっと葛葉の手をはなした。
「ここはおまえの常識にあわせよう」
責めることもせず、可畏は風呂敷を手にしたまま寄宿舎の門へと歩きだす。葛葉は彼の背中を追いながら、勝手に茹であがってしまった自分の頬をおさえた。
(思ったより、怖い人ではないのかも……)
名門の当主であることや、恐ろしいほどの美貌に威圧感を覚えてしまう。そのせいで人となりも傲慢なのだと決めつけていた。勝手に隷属する気分になり、住む世界が違うと気遅れするばかりだったが、葛葉はすこし考えをあらためる。
(話をきいてくれるのなら、わたしもきちんと説明しないといけない)
葛葉は長く伸びた前髪を指先でなぞる。目元が隠れるような陰鬱な長さ。結いあげることも短く整えることもしていない。誰が見ても鬱陶しいだろう。
さっきはいきなり指摘されて萎縮してしまったが、可畏が身なりを整えろと注意をするのも当たり前だ。
(わたしがこのまま御門様の嫁になんてなれるわけがない。きちんと話そう)
これ以上誰かを巻き込むようなことがあってはいけないのだ。