表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第二章:花嫁の数奇な事情
6/72

6:寄宿舎生活の終了

 食事がおわると、学校長がやってきて寄宿舎生活の終了を宣告された。葛葉(くずは)の今後については、どうやら既に御門(みかど)家と話がついていたらしい。舎監の教師にも玉の輿であると、嬉々として背中をおされた。


 筆頭華族の意向ではどうにもならないだろう。もとより異能を持たなければ、葛葉が高等学校で学ぶことなどできなかった。華やかな帝都では紳士淑女が通りを行き交うが、身寄りもない少女の行く末は暗い。


(わたしは運がよかった)


 住まいが焼失し、いまだ祖母の行方は知れないが、異能持ちであることが発覚してから、葛葉が衣食住に不自由したことはない。


 この島国では、古くから人々は妖や異形に脅かされてきた。それを退ける力を持つ者が重用されるのは世の道理だった。


 御門家や、葛葉の身を預かってくれた倉橋(くらはし)家は、代々能力者を輩出する一族であり、今も華族として特別な地位を築いている。


 欧化の影響をうけても、この国は異能者の力なくしては成り立たない。とくに昨今は、以前にもまして帝都に異形が頻出している。


 毎日のように犠牲者を出し、新聞がそれを大きく報じていた。


「また授業で会いましょう、葛葉さん」


 校長も舎監の教師も、何の問題もないという笑顔で葛葉を寄宿舎から送りだす。葛葉は覚悟をきめて、「はい」と二人に頭をさげた。


 葛葉が嫁入りをして退学にならないのも、やはり異能持ちだからである。


 能力者だけが学ぶ特務科以外の女子部なら、縁談があればすぐさま家の意向に従うしかないのだ。学制が発布されても、初等教育ですら就学率は半数にも満たない世の中である。


 高等学校で学ぶ女性は限られており、行く末は良妻賢母なのだ。


 けれど。


 異能を持つということは特別だった。それは生きる世界を変える。身寄りのない葛葉を救い、これからも身を立ててくれるはずだった。


「では葛葉(くずは)、行こうか」


 可畏(かい)が隣に立ち、自然な仕草で葛葉の小さな荷物をとりあげる。

 なんのためらいもなく、エスコートするように手を差し伸べた。葛葉は差し出された彼のを手を眺めたまま、立ち尽くしてしまう。


「あの、荷物は自分で持てます」


 寄宿舎の荷物は、あとで運び出されることになっており、葛葉が持ち出すのは風呂敷一つで事足りる小さなものだった。


「そんなに嫁入りが不服か?」


 頭上から可畏(かい)の冷ややかな声がする。風呂敷に伸ばした葛葉の手を、彼の大きな手がしっかりとつかんだ。


「形式的なものだと諦めろ。なにか希望があるなら、あとで聞く」


 歩きだそうとしていた可畏(かい)が、ふっと葛葉を見返る気配がした。


「それとも、誰か心に決めた相手がいるのか?」


「い、いません!」


 葛葉はエスコートされることに戸惑っただけだったが、どうやら可畏(かい)は違う理由をくみとってしまったらしい。あわてて説明する。


「御門様に嫁ぐことは、まだまだ半信半疑です。でももし本当なら、わたしには食いはぐれる心配もなくなり、幸運なお話です。今のはエスコートされる経験がなかったので作法に戸惑っただけで、深い意味はありません。申し訳ありません」


 一息に言い終えると、途端に葛葉はつながれた可畏(かい)の手を意識してしまう。みるみる自分の顔に熱がこもった。


「別に謝ることはないが……」


 可畏(かい)はそっと葛葉の手をはなした。


「ここはおまえの常識にあわせよう」


 責めることもせず、可畏(かい)は風呂敷を手にしたまま寄宿舎の門へと歩きだす。葛葉は彼の背中を追いながら、勝手に茹であがってしまった自分の頬をおさえた。


(思ったより、怖い人ではないのかも……)


 名門の当主であることや、恐ろしいほどの美貌に威圧感を覚えてしまう。そのせいで人となりも傲慢なのだと決めつけていた。勝手に隷属する気分になり、住む世界が違うと気遅れするばかりだったが、葛葉はすこし考えをあらためる。


(話をきいてくれるのなら、わたしもきちんと説明しないといけない)


 葛葉は長く伸びた前髪を指先でなぞる。目元が隠れるような陰鬱な長さ。結いあげることも短く整えることもしていない。誰が見ても鬱陶しいだろう。


 さっきはいきなり指摘されて萎縮してしまったが、可畏(かい)が身なりを整えろと注意をするのも当たり前だ。


(わたしがこのまま御門様の嫁になんてなれるわけがない。きちんと話そう)


 これ以上誰かを巻き込むようなことがあってはいけないのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▶︎▶︎▶︎小説家になろうに登録していない場合でも下記からメッセージやスタンプを送れます。
執筆の励みになるので気軽にご利用ください!
▶︎Waveboxから応援する
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ