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羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第十二章:鬼火の願い

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58:異形の正体

「わ、わたしは何もしておりません。御門(みかど)様に助けていただいただけで」


「おまえは追い詰められた時に力を発揮した。だから、同じように後には引けない状況を作ってみたが、正解だったな」


「後には引けない状態というのは……」


 目の前で三河屋の主人が取り殺されてしまうかどうかの瀬戸際に立っていたことだろう。


 最後まで言わなくても伝わったのか、可畏(かい)は頷く。


「きっかけになればと思った。おまえの火は光のように弾けていたが、他にはない清浄な炎だ」


 衝撃とともに辺りに広がった白い光。突然のことで葛葉(くずは)は動転していたが、どうやら白い炎が燃え盛っていたらしい。


「では、御門(みかど)様はわざとわたしに?」


 力が発現したのは嬉しい。けれど、可畏(かい)ならもっと簡単に怨霊を収めることができたのだ。結局、未熟な自分のために場を任せてくれた。足を引っ張っていただけだと落胆して肩を落とすと、可畏(かい)が小さく笑う。


「たしかにもし間に合わなかったら、私の火で蹴散らすことはできた」


「やっぱり」


「だが、救うことはできない。私の火はただ滅するだけだ」


 どういう理屈かわからず返答ができずにいると、可畏(かい)が教えてくれる。


「おまえの力は不浄をはらう」


御門(みかど)様の力は違うのですか?」


「ああ、全然違う」


「でも、御門(みかど)様の蒼い火も清浄でとても綺麗です」


「蒼いからそう感じるだけで、私の異能はただ焼き尽くすだけだ。それでは柄鏡(えかがみ)に宿っていた付喪神(つくもがみ)の願いは叶えられない」


 言いながら可畏(かい)が辺りに視線を移す。寂れた家屋から隊員が出たり入ったり慌ただしく動き回っている。


(たえ)の母親だけじゃない。この辺り一帯にわだかまっていたモノを、お前の異能は救いあげた。葛葉(くずは)の力は浄化。それが帝の千里眼が示した特別な異能――「羅刹(らせつ)の花嫁」だ」


「浄化? でも玉藻(たまも)様は封印の護りだと」


「いずれそういう働きにつながる。とにかく、おまえの異能も人を焼いたりはしない」


 可畏(かい)がしっかりと葛葉(くずは)を見つめる。


「おまえは人を殺していない。だから、もう自分の力を恐れるな」


「でも……」


 刻み込まれた記憶。思い込みはまだ払拭できない。


「わたしが幼い頃に放った火は――」


 舞い踊るようにくるくるとよじれる人影。夕陽に染められた光景。赤くゆらめいていた炎。


「今日のように白くなかった気がします」


「曖昧だな」


 可畏(かい)が低く笑う。


「私が夜叉を追い出す時の火も蒼くない」


「あ、それは何か違いがあるのでしょうか」


「さぁな。ただ言えるのは、異能の火が赤でも蒼でも大したことじゃない。おまえの場合は記憶もあやふやだろう。祖母の行方を見失った火災の火と混同していることも考えられる」


 あっさりと可畏(かい)は言い放つ。葛葉(くずは)は言いくるめられている気がしたが、これといって返す言葉もない。


「とにかく、ここでわだかまっていたモノを解放したのは事実だ。夜叉もおまえの力は幸せを願うことに似ていると言っていた。悪いものではないと」


「……はい」


「恐れずに異形(いぎょう)を討伐してみればいい。きっとお前の火に焼かれた異形(いぎょう)の後には遺骨が残る」


「え?」


「私の考えは前に話したが、その仮説とも齟齬がない」


異形(いぎょう)が人間なのではないか? というお話ですよね」


「そうだ。異形(いぎょう)(あやかし)とは違い遺体が残る。異形(いぎょう)の器が人間なら辻褄が合う」


 異形(いぎょう)の器。葛葉(くずは)は深く息をついてから思い切って言葉にする。


異形(いぎょう)がもともと人であったら、異形(いぎょう)になる前の女性を焼いたわたしはやっぱり人殺しです」


 いちばん避けたい真実が迫ってくる。明らかにされることにためらいがあったが、葛葉(くずは)はあえて恐ろしい憶測を見据える。可畏(かい)は形の良い眉を片方だけ動かして吐息をついた。


「たしかに人だと言ったが……」


「やっぱりそうなのですね」


 居たたまれず葛葉(くずは)が俯いてしまうと、可畏(かい)の声が追いかけてきて全てを覆す。


「人は人でも、生きている者ではない」


 予想外の発想をきいて葛葉(くずは)が顔をあげると、可畏(かい)が続ける。


異形(いぎょう)が元は人間ではないかという憶測はずっとあったが、同時に腑に落ちなかった。異形(いぎょう)の数だけ行方知らずの人間がいるなら、世間でもとっくに異形(いぎょう)の正体が人ではないかと噂になるはずだ。人を犠牲にした場合、隠れて行うには暴露される危険が大きすぎる」


 (あやかし)のような赤眼が、自信をにじませて葛葉(くずは)を見つめた。


「だが、おまえの話を聞いてから答えを見つけた気がした」


「わたしの話のいったいどこにそんなきっかけが?」


「遺骨だ。後には白い骨が残っていたと、そう言った」


「はい」


「人の亡骸や遺骨が異形(いぎょう)の器になっているのではないか? それが私の仮説だ」


「でも、幼い頃にわたしの前に現れた人は生きていました。千代(ちよ)ちゃんの母親を名乗っていた女性も」


 葛葉(くずは)が答えを疑っても、可畏(かい)の赤眼には戸惑いやためらいの色がない。


「それは本当に生きていたのか?」


「え?」


「動いていただけ、あるいは動かされていただけかもしれない」


「亡骸が操られていたということですか?」


「ないとは言えないだろう」


 葛葉(くずは)の脳裏に、千代(ちよ)の母親を名乗った女の様子が蘇る。骨と皮だけのような痩せた姿。取ってつけたように着せられた着物。過去の体験と重なった恐れで見逃していたが、感情のない目は幽鬼のようだった。


 異形(いぎょう)になる前の不自然な様子。


「寺院の墓が暴かれていたことにも通じる」


「もしそうだとしても、いったい誰が? どうやって?」


安倍(あべ)蘆屋(あしや)が関わり、羅刹(らせつ)の角を手に入れているなら考えられる。禁術のようなものにはなるが」


 可畏(かい)にとっても最悪の憶測なのだろう。影がさしたように表情が暗い。

 彼の話が正しいのなら、異形(いぎょう)は人の手によって作られていることになる。


「ぜんぶ羅刹(らせつ)の角に繋がるんですか?」


羅刹(らせつ)の力は特別だ。異能と術者が手を組めば、はかりしれない厄災を招くこともできる。恨みに力を与えることも、人の理を破ることも……」


 葛葉(くずは)が底知れない不安に襲われていると、恐れが顔に出ていたのか、可畏(かい)が取り繕うように付け加える。


「いや、まだこれは私の勝手な想像でしかない」


 改めて葛葉(くずは)を見て、可畏(かい)は慰めるように表情を緩めた。


「異能に焼かれた異形(いぎょう)は真っ黒な骸になる。さらにその骸を焼くと灰燼に帰すが、おまえの力は異形(いぎょう)を元の遺骨に戻すのではないかと思ったんだ」


 ススキ野原に囲まれた小さな家の前で、葛葉(くずは)の火に焼かれた女。後に残ったのは、たしかに白い骨だった。祖母が遺骨を抱えて寺院を訪れていたことも覚えている。


 幼少の記憶にある女が人なのか異形(いぎょう)なのか、葛葉(くずは)に知る術はない。

 けれど、可畏(かい)葛葉(くずは)の力を信じてくれていることだけは間違いがないのだ。

 蘇った記憶から導かれた自分の罪。耐えきれずに訴えてからも、彼の態度は変わらない。


「ありがとうございます、御門(みかど)様」


 可畏(かい)への感謝が募っていく。過去を恐れていないといえば嘘になるが、向けられた期待にも応えたい。


 恐れているばかりではなく、自分の力が何かを救えるのなら躊躇うこともない。


「わたしはもう自分の力を怖がったりしません。次に異形(いぎょう)が出たら、特務部の一員としてわたしに任務を全うさせてください」


 はっきりと決意を表明する。可畏(かい)は驚いたように一呼吸おいてから、「もちろんだ」と頷いてくれた。


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