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羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第十一章:真相への道

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55:柄鏡のうつす影

 朝食を終えると、葛葉(くずは)は妙が殺害された場所へ向かうことになった。可畏(かい)と一緒に屋敷を出ると、すでに何度も行き来して見慣れた旧街道を進む。


 葛葉(くずは)は膨れたお腹をさすりながら、小走りに可畏(かい)の後をついていく。


夜叉(やしゃ)が憑いているわけでもないのに、餡パンを五つもいただいてしまった……)


 食べすぎたと反省していると、可畏(かい)葛葉(くずは)の様子に気づいたのか笑う。


「良い食いっぷりだったが、吐くなよ」


「吐くなんてもったいないことはしません!」


「もしかして何かおかしなモノが憑いているんじゃないか?」


「まさか」


 咄嗟に左腕の数珠をたしかめると、可畏(かい)がさらに笑った。


「冗談だ。よく食べると驚いたのはたしかだが」


「餡パンは好物ですので。でも、御門(みかど)様もお好きなんですよね?」


「……嫌いではないが、好物というほどでもない」


「え? 違うのですか? 甘いものがお好きだなんて、見かけに寄らず可愛い方なのだと親近感を――」


 言い終わらないうちに、可畏(かい)の耳が赤く染まっていく。葛葉(くずは)はきゅんとした気持ちで顔が綻びそうになる。こんな時は、こちらを睨む赤眼にも迫力を感じない。


「私のことを可愛いというのは、玉藻とおまえくらいのものだ」


「玉藻様も?」


「彼女の場合は皮肉だがな」


「わたしは皮肉などではありませんよ。御門(みかど)様に親しみが感じられるという意味で」


「わかっているからいちいち説明するな。余計に恥ずかしくなる」


 叱咤されてもまるで恐ろしくない。むしろ顔がにやつくのを堪えてしまう。


「妙さんが三河屋に襲われたのは、あの古井戸の近くですか?」


 葛葉(くずは)がどこへ向かっているのかわからず尋ねると、可畏(かい)はため息をつく。


「おまえは勘が良いのか悪いのかわからないな」


 旧街道を帝都へ向かう方角とは逆にたどっている。葛葉(くずは)はようやく初めて三味線とわらべ唄に耳を澄ませたのがこの辺りだったと気づく。


「もしかしてあの長屋ですか?」


 葛葉(くずは)は朽ちかけた畳や、赤黒い染みがあった光景を思い描いていた。すぐに気づかなかった自分の鈍さがはがゆい。


 血痕のように見えた染みは妙の流したものだったのだろうか。

 思い出すと過去に行われた凶行には、これ以上はなく相応しい場所だといえる。


 無数のこどもの頭や、蜘蛛の巣のように辺りに張り巡らされていた長い黒髪。不気味で恐ろしい体験が蘇って身震いしていると、ひらひらと視界の端に影が見えた。


 葛葉(くずは)が顔をあげると、小さな影が可畏(かい)に寄り添って羽ばたいている。

 伝令の鴉アゲハだった。黒い蝶が飛び立つのを見送っている可畏(かい)に、葛葉(くずは)は一歩近づいた。


御門(みかど)様、何かあったのですか?」


「ああ。先に隊員を向かわせて長屋の調査をさせていたが、あの一帯で予想通りのものが出たらしい」


「もしかして凶器ですか?」


 以前可畏(かい)と訪れた時には柄鏡以外に何もなかったが、観察が行き届いていたかはわからない。可畏(かい)が歩みはじめながら、また労わるような目でこちらを見ている。


「三河屋には余罪がある」


「はい」


「彼が欲にまかせて女性を屠ってきたのは、今にはじまったことじゃない。妙以外にも犠牲になった女がいる。女だけではない。自分の子を孕ませることもあっただろう」


 葛葉(くずは)は自分の想像したことに鳥肌がたった。それは自分がみた怪異に結びつくのだろうか。

 可畏(かい)は歩調を緩めることはなく、淡々と語る。


「調べてみると、あの一帯の土地は三河屋のものだ。この辺りが賑わっていた頃は貸し付けたり、女を囲ったりするのに利用していた。やがて寂れて、そのまま人が寄り付かなくなったのなら色々と隠すのに好都合だっただろうな」


「そんな……」


 わらべ唄に導かれて見たのは、寂れた廃屋の中でそこだけが活気に満ちていた光景だった。三味線を奏でる妙と一緒に歌う子どもたち。あれは全て幻だったのだろうか。三河屋の手にかけられた者たちが見せる怪異だったのだろうか。


 蘇る光景の中でも、黒目がちの瞳が強く印象に残っている。じっとこちらを見つめる瞳。

 千代の存在は怪異ではなかった。


「私と御門(みかど)様の見たものが全て怪異だったとしたら、千代ちゃんはいったい何者なのでしょうか?」


「蒼い火を使うなら異能者だが、はっきりしない。憶測できることは幾つかあるが正体はわからない」


「もしかして(あやかし)だったりしませんか? 安倍(あべ)家や術者が使役している大妖(たいよう)とか」


「――大妖(たいよう)か。もし千代が(あやかし)なら、異能の蒼い火を使えることが問題だな」


「あ……、そうですね」


 答えのでない話をしながらも目的地には近づいている。裏通りへ入り寂れた廃墟に囲まれると、辺り一帯から忙しなく廃屋に出たり入ったりする隊員の姿が見えた。


 柄鏡を見つけた長屋にも数人が出入りしている。葛葉(くずは)が歩調を早めると、可畏(かい)が行き先を封じるように腕を伸ばした。


「おまえはここで待て」


「どうしてですか?」


「一帯の床下から白骨遺体が出ている」


 ぎくりと葛葉(くずは)の足が止まる。逡巡したがすぐに覚悟を決めた。


「大丈夫です! 何事も経験ですので」


 意気込むと、可畏(かい)はしばらく黙って葛葉(くずは)を眺めていた。


「――そうだな」


 ぐっと気合をいれて葛葉(くずは)が長屋に近づく。可畏(かい)がいつもの颯爽とした足取りで中へ踏み込もうとした時、胸元から何かが落ちた。鈍い光沢をはなつ柄鏡の藤模様が見える。葛葉(くずは)が拾い上げると、鏡面に背後の崩れかけた家屋と人影が映った。


「あっ!」


 柄鏡の中にうりざね顔の女と子どもたちを見た気がして、葛葉(くずは)はすぐに背後を振り返る。


葛葉(くずは)、どうしたんだ?」


「鏡に女性と子どもたちが映っていたのですが……」


 背後の家屋の影にも柄鏡の鏡面にも、もう不思議な人影はなかった。


「でも、気のせいだったみたいです」


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