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羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第十一章:真相への道

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52:誰も聞き取れなかった

「古井戸の女性が妙であるという証言は三河屋の主人から得た。だから間違いない」


「はい」


 自分が気を失ってから三河屋の主人や術者の男はどうなったのだろう。葛葉(くずは)の表情を読んだのか、可畏(かい)が説明してくれる。


「三河屋の身柄は特務部が預かっている。いずれ警察へ引き渡すことになるが……」


「え? 三河屋のご主人がですか?」


「今回の一連の事件は、羅刹(らせつ)の花嫁を手に入れるための計画だった」


 自分の異能の関わりを示されて、葛葉(くずは)はにわかに緊張感が増す。


「三河屋は羅刹(らせつ)の花嫁を手に入れようとする筋に利用されたのだろうが、同情の余地はない」


 可畏(かい)が苦々しげに言い放つ。四方(しかた)が頷いて葛葉(くずは)を見た。


葛葉(くずは)殿。妙を古井戸へ遺棄したのは三河屋です」


「そんな……。お店で働いていた女性を井戸へ遺棄するなんて」


 どんな理由があったのか考えようとして、葛葉(くずは)はまさかという顔で四方(しかた)可畏(かい)を交互に見た。


「おまえの予想通り、妙を殺害したのは三河屋の主人だ。それを隠蔽するために古井戸へ遺棄した」


「どうやら好色な男のようですね」


 忌々しげな四方(しかた)の言葉で葛葉(くずは)にも成り行きの想像がついた。主人は妙に言い寄ったが拒絶され、思いあまって手にかけた。もしそうなら酌量の余地はない。


「この柄鏡もそれを訴えていたんだろう」


 可畏(かい)が懐から廃屋で見つけた柄鏡を取りだして、卓の上へおいた。綺麗に手入れされた小さな鏡。もしかするとその時の惨事を見ていたのだろうか。


「妙の母から妙へ受け継がれた鏡だ」


「あ! 妙さんのお母さん」


 葛葉(くずは)は鏡から可畏(かい)に視線を戻す。


「じゃあ、あの鬼は妙さんの母親だったんですね?」


「あの鬼は私にそう名乗ったが、実際はどうだろうな」


「妙さんのお母さんではないということですか?」


「妙をおもう母親の思いが具現しているのは間違いないが」


 可畏(かい)の赤眼が葛葉(くずは)を見た。彼は困ったように微笑む。


「母親本人の憎しみが鬼と成ったのか、あるいはこの柄鏡の付喪神の仕業か。それとも両方なのか」


 柄鏡はただ静かにそこにあるだけだった。可畏(かい)が手をかざしても彼の手を映すだけである。鏡面に不思議なものが現れることはない。


「人の想念が(あやかし)となるなら、あの鬼には妙自身の無念が宿っていても不思議じゃない」


 可畏(かい)葛葉(くずは)に古井戸の真実を知らせようとした鬼。

 その鬼を生んだ想念がどこに宿っていたのかはわからない。


 すでに亡き母親の、娘が井戸の底(ここ)にいるという思い。

 妙自身の、私は井戸の底(ここ)にいるという思い。

 そして、そんな不幸な親娘(おやこ)へ受け継がれ大切にされてきた柄鏡。


 本当に付喪神(つくもがみ)となっているなら、妙の真実を知らせようとしただろう。


「鬼の出どころはともかく、私たちは彼女の元へ導かれた」


「はい」


 葛葉(くずは)にもわかる。たしかに鬼の導きによって妙という女性の真相へ辿り着けた。叶うのなら生前の妙に会って話をしてみたかったと思いながら、葛葉(くずは)は半分に割った餡パンを頬張った。

 いつもよりも甘さが染みる。


葛葉(くずは)殿。良かったらミルクを温めましょうか?」


 四方(しかた)に言われて牛乳に手を付けていなかったことに気づいた。冷たいから避けていたわけではないが、朝はすこし冷える。


「ありがとうございます、四方(しかた)少将」


 提案に頷くと、四方(しかた)が牛乳の入ったコップを盆へ移して席を離れる。


「閣下も何か温かいものを」


「そうだな」


 座敷を出る四方(しかた)を見送ってから、可畏(かい)葛葉(くずは)を振り返る。


「私たちが感傷的になっていても仕方がないが、おまえはそういう声を聞きやすいんだろう」


 葛葉(くずは)はふたたび頬張っていた餡パンを飲み込んで可畏(かい)を見た。彼も割った餡パンを無造作に口に放り込んでいる。


御門(みかど)様、そういう声というのは?」


(あやかし)の声だ」


「わたしは御門(みかど)様の後をついて回っているだけですが」


 振り返ってみても足手まといで役立たずなだけである。異能者として優れているような場面はまったくなかった。


 自身の異能がどんな力なのかもわからず、幼少時には人を殺めていたのかもしれないのだ。問題ばかりを抱えている。


「自覚がないようだが、おまえは自分で思っているより役に立っている」


「そうであれば嬉しいですが、いつも御門(みかど)様に助けていただいているだけです」


 思わず申し訳ございませんと言いそうになったが、葛葉(くずは)はぐっと出かけた言葉をのみこんだ。


 身に覚えのないことで認められても戸惑いしかない。そんな葛葉(くずは)の様子を察したのか、可畏(かい)が浅く笑う。


「おまえが来るまで、誰もあの鬼のわらべ(うた)を聞き取れなかった。第三隊はずっとここで調査をしていたが、そんな報告はない」


「でも、鬼の歌声は御門(みかど)様も一緒に聞いておられます」


「辛うじてな。先におまえの反応がなければ聞き逃していた」


「まさか」


「本当だ」


 すぐには腑に落ちないが、言われてみればかなり遠い声を聞き取っていた気はする。妙の消息は悲しい結果に終わったが、葛葉(くずは)には鬼火と一緒に一帯を騒がせていた千代や異形とのつながりが思い描けない。


「鬼の導きで(たえ)さんは見つかりましたが、千代ちゃんや異形はどう関わっているんですか?」


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