表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第十一章:真相への道

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/77

51:妙(たえ)の行方

 葛葉(くずは)はすぐに身支度を整えて、可畏(かい)に示された座敷へ向かった。主屋の座敷は中庭に面した部屋で、やはり(ふすま)や障子が取り払われ解放感のある状態に整えられている。


 中央に背の低い円卓が置かれ、可畏(かい)と少将である四方(しかた)がすでに胡坐(あぐら)を組んで座っていた。


「お待たせしました!」


 葛葉(くずは)が元気よく敬礼すると、すぐに可畏(かい)に席へつくように促される。


「食事をしながら話す。おまえも存分に食っておけ」


「はい!」


 席につくと卓の上には(あん)パンと牛乳が用意されていた。


「朝食は餡パンですか?」


 カゴに入った餡パンを見て葛葉(くずは)は目を輝かせる。朝から甘いものにありつけるとは思っていなかったのだ。自然と顔が綻んでしまう。ガラスのコップに注がれた牛乳が添えられているせいか、和食の膳よりも新鮮に感じた。

 四方(しかた)葛葉(くずは)の皿に餡パンを振る舞いながら、可笑しそうに暴露する。


葛葉(くずは)殿は餡パンがお好きなのですね。閣下が朝食に餡パンを出せと命じた理由がわかりました」


御門(みかど)様が?」


 葛葉(くずは)は餡パンを手にして、上座につく可畏(かい)を見た。


御門(みかど)様も餡パンがお好きなのですか?」


 可畏(かい)の好物が自分と同じなら嬉しいと思ったが、なぜか向かいの席で四方(しかた)が吹きだしている。


「あ! そういえば以前も餡パンをご馳走していただきましたが、もしかしてよくお買い求めになっておられたのですか?」


「そんなわけ……」


 何かを言いかけて可畏(かい)が不自然に言葉を飲みこんだ。爆笑している四方(しかた)を横目で睨みながら、彼があらためて答える。


「そうだな、嫌いではない。腹持ちも悪くないからな」


「わたしも好物です」


「知っている」


 深めの吐息をついてから、可畏(かい)も餡パンを手にした。葛葉(くずは)は「いただきます」と餡パンを頬張ろうとしたが、こんな時はいつも大騒ぎしていた気配を思い出す。


「そういえば夜叉(やしゃ)の姿が見えませんが、御門(みかど)様が封じておられるのですか?」


「いや、夜叉(やしゃ)は今おまえの傍を離れている。逃した千代の行方を追うと言っていたが……」


 可畏(かい)は「嫌な予感がする」と小さく呟いた。


「昨夜の一件で、今回の一連の事件には術者が関わっていることがわかったからな」


「はい」


 (あやかし)と名だたる術者では圧倒的に術者に分がある。蘆屋(あしや)と名乗ったあの男なら、夜叉(やしゃ)を捉えることもできるだろう。


 葛葉(くずは)は話が本題に入るのだと背筋を伸ばす。かぶりつこうとしてた餡パンを手で割って、行儀よく食べようと思い直した。


「妙の消息をなぜこれほどうやむやにできたのか。私はそこが気になっていたが、三河(みかわ)屋という豪商とそれを利用していた者がいるなら筋は通る」


 可畏(かい)には一連の事件について、すでに全容が見えている。葛葉(くずは)は一番気になっていたことを聞いてみた。


「妙さんはどちらにいらっしゃるんですか? 実はもう特務部が保護しているのでしょうか」


 案内の青年に、可畏(かい)は妙の本当の居所を知っていると打ち明けていた。

 葛葉(くずは)はほどよい大きさにちぎった餡パンを口へ放り込みながら可畏(かい)の答えを待つが、彼はどう説明するべきかを考えている様子で、意味ありげに四方(しかた)と視線を交わす。


 可畏(かい)の赤眼が葛葉(くずは)に向けられた時、胸にひやりとした予感がよぎった。何かよくないことを打ち明けられるという、漠然とした不安。


「おまえには受け入れ難いことだが、古井戸で発見された女性が妙だった」


「――――っ」


 ぎゅっと胸が塞ぐ。突きつけられた事実が重い。可畏(かい)の労わるような眼差しを感じて葛葉(くずは)は気持ちを立て直す。

 可畏(かい)に気を遣わせるようでは第三隊に伴う資格はない。


「なんとなく、そんな予感はしていました」


 本当は心の片隅にずっと燻っていた。妙はもう生きていないのではないかと。わかっていたのに認めたくなかっただけなのだ。


 女独りで身を立てている妙が羨ましく、勝手に憧れを抱いていた。

 寂れた長屋で見たのが鬼の見せた幻だったとしても、きっと妙の周りでも似たような光景が繰り広げられていただろう。


御門(みかど)様。話していただきありがとうございます」


 けれど、感傷にひたって自身の役割を見失うようでは話にならない。葛葉(くずは)はまっすぐに可畏(かい)の目を見返す。


「わたしは自分の望みで目を曇らせていました」


「おまえは妙に思い入れがあったようだからな」


「はい。でも、すこし考えればわかることです。なのに目を逸らしていた。そんなわたしを(おもんばか)って御門(みかど)様もその話を伏せておられた」


 可畏(かい)は居心地がわるそうに視線を伏せる。


「言わずにすむならそうしたかったが――」


「いいえ、大丈夫です。むしろ気を遣わせてしまい申し訳ありません」


 また謝るなと叱咤されるかと思ったが、葛葉(くずは)はひるまず自分の思いを告げた。


「わたしは特務部の一員としてお役に立ちたいです」


 言外に労わりは必要ないと含ませて、葛葉(くずは)ははっきりと意欲を伝えた。気遣わしげな色を残しながらも、可畏(かい)は前向きな気持ちを受け入れてくれる。


「では、話を続けるが」


「はい!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▶︎▶︎▶︎小説家になろうに登録していない場合でも下記からメッセージやスタンプを送れます。
執筆の励みになるので気軽にご利用ください!
▶︎Waveboxから応援する
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ