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羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第十章:呪符と術者

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50:可畏(かい)の不調

 目が覚めると、葛葉(くずは)は特務部の拠点となっている屋敷の寝床に横たわっていた。昨夕三河屋(みかわや)を訪れた時とおなじ隊服のままである。辺りの様子はまだ暗いが、じきに太陽があがってくる気配がした。


 朝の凛とした空気。よく眠れたという爽快感もある。

 寝床から起き上がると、葛葉(くずは)はそっと衝立障子の向こう側をのぞく。


 室内が暗いせいで気配を感じなかったが、のべられた布団に誰かが横たわっていた。葛葉(くずは)は不意打ちにあったように驚いて声をあげそうになる。咄嗟に口を手で塞いだ。


 暗がりではっきりしないが、この部屋で寝めるのは自分を除くと可畏(かい)だけである。


御門(みかど)様もお寝みだったんだ)


 だんだんと暗さに目が慣れてくる。葛葉(くずは)に背を向けているようで顔は見えない。目覚めている様子はなかった。


(でも、よかった)


 彼と行動を共にするようになってから、一体いつ眠っているのかと案じていた。ただ布団に横たわっている姿を見られただけで、葛葉(くずは)はほっと嬉しくなる。


 眠気はないが可畏(かい)が寝んでいるなら寝直すべきだろうかと、葛葉(くずは)がふたたび寝床にもぐりこもうとすると、背後でかすかに声がした。


 振り絞るようなうめき声。空耳かと耳を済ませていると、ふたたび苦しげな声が聞こえた。

 衝立障子の向こうで可畏(かい)が寝返りをうつ気配がした。


御門(みかど)様?」


 葛葉(くずは)は小声で呼びかけながら、立膝のままずりずりと衝立障子をこえて可畏(かい)の前へいく。


「う……」


 薄明が訪れそうな頃合いだが、可畏(かい)の様子を確かめるには視界が暗い。葛葉(くずは)は夜回り用の石油ランプを思い出して、素早く部屋を出てランプを手にすると部屋へ引き返した。明るさを控えめに調整してランプに火を入れる。


「あ!」


 葛葉(くずは)はぎょっとして、再び声を抑えるように両手で口を塞ぐ。


 寝床に横たわる可畏(かい)はびっしりと額に汗を浮かべている。苦しげなうめきは絶え間なく、まるで痛みを堪えるような悲痛さが響く。

 葛葉(くずは)には具合が悪いのか、悪夢をみてうなされているのか判断がつかない。


御門(みかど)様」


 もし目覚めなかったら人を呼びに行こうときめて、葛葉(くずは)は彼の額の汗を隊服の袖で拭った。


御門(みかど)様。起きてください」


 体を揺さぶるように力を込めてから、発熱していないかとそっと額に掌を添わせた。その瞬間、苦痛にこわばっていた彼の体からすうっと力が抜けるのを感じた。苦しげなうめきも止み、苦悶をにじませていた表情が穏やかになる。


(落ち着いた?)


 葛葉(くずは)もほっと肩の力が抜けた。もう一度額の汗を拭おうとすると、可畏(かい)が瞬きをして目覚める。彼はすぐに葛葉(くずは)に気づいてこちらを見た。


御門(みかど)様、御気分は悪くありませんか?」


葛葉(くずは)……」


「とてもうなされておられたので心配しました」


 可畏(かい)はゆっくりと上体を起こす。ふうっと大きな吐息をつくと、いつもの颯爽とした気配を取りもどした。


「おまえも寝んでいたのに、起こしてしまったな」


「いいえ。わたしは御門(みかど)様に起こされたわけではありません。とても寝起きがいいです」


「そうか」


 可畏(かい)は隊服ではなく白い寝間着だった。浴衣のような軽装が無防備すぎて、葛葉(くずは)は目のやりどころに困る。あたふたしていると可畏(かい)が小さく笑った。葛葉(くずは)の戸惑いを察したのか、すこし緩くなっていた着物のあわせを手早く整えながら続ける。


葛葉(くずは)、昨夜はありがとう」


「え?」


「おまえの能力については目処がついた」


「でも、わたしは……」


 葛葉(くずは)はしげしげと自分の両手を見る。何かが変わったわけでもなく、異能の使い方をつかんでいないままだった。不思議に思って彼の顔を見ると、可畏(かい)がうなずく。


「自在に使えるようになるには、まだ課題がありそうだが……」


「あの、昨夜はあれからどうなったんでしょうか? わたしが御門(みかど)様の力に圧倒されて気を失ってしまったのは理解しています」


 結局自分は何の役にも立たず、足手まといになっただけである。再確認すると落ち込みそうになるが、今はその後の顛末を知りたかった。


「あの術者の男や、三河屋(みかわや)のご主人はどうなりましたか? 結局(たえ)さんはいなかったのですよね」


「おまえのおかげで、事件もほぼ解決したようなものだ」


「わたしは気を失って、御門(みかど)様にご迷惑をおかけしただけなのでは?」


「いや、昨夜ミスをしたのは私の方だ」


 可畏(かい)は立ち上がると、葛葉(くずは)に微笑んでみせる。


「事件については、まだ答え合わせが必要だ。私は着替えてくる。おまえも身支度が整ったら主家の座敷に来い。話はそれからだ」


「はい」


 葛葉(くずは)がはりきって返事をすると、可畏(かい)が部屋を出ようと入り口の御簾へ向かう。


(――あ……)


 彼の横顔を見たときに、葛葉(くずは)は唐突に夢で見た鬼の姿を思い出した。

 長い白髪と、血のように赤い瞳。そして、額からそそりたつ一角獣のような角。


(あれは御門(みかど)様だった)


 恐れはいっさいなかった。自分をかかえる力強さと爽やかな芳香に安堵した。


(でも、御門(みかど)様が鬼のわけがない)


 葛葉(くずは)は寝ぼけていたか、夢を見ていただけだと思いなおす。

 けれど、そう割り切る気持ちとは裏腹に彼をとりまく噂を思う。


 妖のような美貌。人の子にあらず。


 夢だったと飲み込もうとする葛葉(くずは)にあらがうように、それは小さな引っかかりとなって胸の淵でわだかまった。

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