表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第一章:当主と花嫁の出会い
5/72

5:花嫁の目的

「どうやら、おまえはいろいろと問題を抱えていそうだな」


 ぎくりと葛葉の鼓動がはねる。


「だが、私がいる。何も心配はいらない」


「え?」


「たしかに、おまえから石を外したのは早計だったようだが」


 可畏(かい)が背広の懐から葛葉の数珠を取りだした。


「あ! わたしの数珠」


 葛葉が手を伸ばすと、可畏(かい)がその手を避けるようにして数珠を持ち上げる。


「これは誰から与えられたものだ」


「かえしてください!」


「では、ます私の質問に答えろ。これは誰から譲り受けた?」


「あばあちゃん……あ、えっと、祖母です」


「祖母?」


「はい。祖母からお守りとしてもらいました。悪いモノからわたしを守ってくれると言って」


「では、おまえはこれの出処を知らないのか」


「ですから、祖母です」


 じっとこちらを見つめている可畏(かい)につられて、葛葉も彼の目を見てしまう。あわてて目を逸らすと、卓の上をすべらせるようにして、可畏(かい)が葛葉の手元へと数珠を戻した。


「とりあえず返しておく。おまえには必要だろう」


「ありがとうございます!」


 葛葉がさっそく数珠を腕にはめる。そしてすぐに自分の異変に気づいた。

 異変というよりは、胃がはち切れそうな満腹感である。


「うっ!」


 食べすぎた反動が今頃やってきたのかと、葛葉は思わず口元を手でおさえた。


「どうしたの? 葛葉さん」


「食べすぎたみたいで。今頃、お腹が苦しくなってきました」


 教師は「まぁ」と言って、朗らかに笑っている。葛葉も合わせようとしたが、とてつもない満腹感で吐き気がこみ上げてくる有様だった。


「やはり憑いてしまったな」


 葛葉の様子をみて、可畏(かい)が何かを悟ったように吐息をついた。続けて信じられないことを口にする。


「その石を外したせいで、おまえには餓鬼が憑いている。だが、その石を身につけていれば、ひとまず心配はいらない」


 何かおかしなことを言われた気がするが、聞き間違いだろうか。


「あの、ガキというのは?」


「鬼の一種だ。深く考えずに、おまえからその石を外したせいだ。すまない」


 まさか自分が鬼憑きになるとは思ってもいなかったが、餓鬼は特務部が手を焼くような、大それた妖ではないはずだった。


「でも、御門様なら簡単に調伏できるのでは?」


「ふつうの餓鬼ならな」


 葛葉は嫌な予感を全身で感じながらたずねる。


「わたしに憑いたものは普通じゃないと?」


「どちらかというと、原因は餓鬼ではなくおまえの方にあるが。どうやら、おまえは何も知らないらしい」


「どういうことでしょうか?」


「おまえは羅刹(らせつ)の花嫁だ。鬼神に嫁ぐ宿業を背負っている」


「羅刹の花嫁……」


 葛葉にも聞き覚えがある。幼い頃、泣きじゃくる自分に祖母がそう言った。なだめるための出まかせだと思っていたが、意味があったのだろうか。


「聞いたことがあるのか」


 考えこむ葛葉の様子をみて、可畏(かい)が興味を示す。


「祖母が昔、そんなことを言っていた気がします」


「また祖母か。たしか火災で亡くなったのだったな……」


 可畏(かい)の声には、葛葉よりも先に隣の教師が答えた。


「はい。葛葉さんは、その時に能力が顕現したようです。他に身寄りもなく、特務科に入学するまでは倉橋侯爵があずかっておられました」


 可畏(かい)はうなずくと、ふたたび葛葉を見る。とっさに視線をそらして俯くと、艶やかな声が話を進める。


「とにかくおまえは羅刹の花嫁だ。今後は私の嫁として御門家の人間になってもらう。寄宿舎は引き上げて、これからは私の家から特務科に通え」


「ちょっと待ってください!」


「なんだ」


「羅刹の花嫁って、いったい何ですか? わたしは力が顕現したおかげで運良く倉橋様に拾ってもらい、特務科に入学できましたが、能力者といっても御門様のように大した力もありません」


「それで?」


「それでって、本来は身寄りもない孤児ですよ!?」


「知っている」


 葛葉はうつむいたまま、ぎゅうっと自分の手を拳ににぎる。


「そんな得体のしれない人間が筆頭華族に嫁ぐなんてあり得ません!」


 力強く言い放ったいきおいで、葛葉は続けた。


「それに、わたしの祖母は生きています!」


「記録では死亡したことになっているようだが?」


「火災跡には祖母の遺体がなかったんです。だから、きっと生きています!」


「では、火災を境におまえを残して失踪したと?」


 可畏の皮肉めいた口調に、葛葉はぐっと言葉をつまらせる。

 どちらがより不自然なのかは、明白だった。


「誰も信じてくれませんが、だからこそ、私は祖母を探すために特務部へ入隊しなければなりません」


「祖母の失踪に異形(いぎょう)が関わっていると?」


「わかりません。でも、わたしには失踪した祖母を探すという目的があります。だから、あなたの花嫁になることはできません」


 無礼だとわかっていても、これだけは譲れない。葛葉が睨みをきかせていると、可畏が面白そうに笑う。


「ようやく私の目を見たな」


「あ!」


 葛葉が目元に隠すように手をかざすと、可畏(かい)がその手を掴んだ。


「おどおどしているだけかと思ったが、威勢がいいな」


「も、申し訳ありません!」


 可畏(かい)がつかんでいた葛葉の腕をはなす。


「詫びる必要はない。だが、おまえが私の花嫁となることは変えられない」


「でも」


 葛葉の声を遮るように、可畏の冷ややかな赤眼が葛葉を射抜く。ぞっとするほど美しい冷笑が浮かんでいた。

 

「葛葉、とりあえずその鬱陶しい前髪はあらためてもらおうか」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▶︎▶︎▶︎小説家になろうに登録していない場合でも下記からメッセージやスタンプを送れます。
執筆の励みになるので気軽にご利用ください!
▶︎Waveboxから応援する
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ