49:鬼の姿
ざりざりと足音がする。その歩調にあわせて自分の身体が上下にゆれていた。誰かに抱えられて運ばれているのだ。
葛葉は目を閉じたままぼんやりと記憶をたどる。
蘆屋という術者のことが脳裏をよぎった。
男の酷薄な声が蘇ったが、不安はすぐに打ち消される。
(この気配は御門様だ)
ほんのりと香るのは、異国の香水だろうか。果実がはじけるような爽やかな匂い。この香りにつつまれて安心するのは、可畏に結びつくからだ。
無事だったのだと能天気な安堵を覚えてから、ただ夢を見ているだけなのかもしれないと思いなおす。
足音にあわせて揺れる身体が、まるでゆりかごであやされているかのように心地よい。
(御門様は大丈夫だったのかな)
呪符と異能の攻防はすさまじく苛烈だった。顛末を確かめなければならないのに、この心地よさを失いたくない。目覚めてしまったら、嫌でも現実に引き戻される。
夢現をさまよっていたい。そう考える葛葉の頬に何かがふれた。鳥の羽にくすぐられるようなかすかな感触。
(なんだろう)
自分を抱えているのは可畏だと確かめたくて、葛葉は重い瞼をひらく。
長い白髪が葛葉に落ち掛かっていた。可畏の白髪と同じ、雪原のような白色。
でも、長い。癖のない白髪は、葛葉の頭髪よりも長かった。
葛葉は心地の良い夢現に戻ろうとする自分を励ましながら、ゆっくりと視軸を上へ向ける。
(角?)
真っ先に視界に感じたのは、額のいただきから真っ直ぐに立つ白い角。西洋の書物にある一角獣のように、凛と伸びている。
可畏だと感じていた気配は、美しい鬼だった。
雪白の白髪と、血のような深い赤眼。怜悧な美貌。
(でも、御門様だ)
軍帽がないが、纏っているのは特務部の隊服だった。長く伸びた白髪と角以外には顔貌も同じで、なにより恐ろしさを感じない。しっかりと自分を抱えている腕は力強くあたたかかった。
葛葉は安心したまま、ふたたび目を閉じた。
(やっぱり、夢を見ているんだ)
人間離れした美しい容姿。なぜか可畏の額の角を不思議に思わない。きっと夢なのだ。
夢だから可畏の正体が鬼でも、安心していられる。
「葛葉……」
もう一度眠りに落ちようとしている葛葉に、可畏の声が触れた。
「私にはわかった。おまえの力の意味が」
声は穏やかで、どこか寂しい。
「ありがとう」
噛み締めるような声音が切ない。
まるでさよならと別れを伝えられたように、葛葉の胸に不安が広がった。目覚めて何か答えようとしたけれど、まどろみに抗えない。ゆっくりと緞帳がおりるように眠りに引き込まれる。意識が閉じてしまった。




