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羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第十章:呪符と術者

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48:羅刹の呪符

 男はふうっとため息をつく。


「困りましたね。手荒な真似はしたくないのですが――」


――彼女に触るな!


 びりびりとした振動の内に可畏(かい)の声が聞こえた。呪符の力に阻まれているが、結界を破ろうとしているのか、蒼い火が彼の体を包み込むように燃え始めていた。異能の炎とともに、下から巻き上がる風で可畏(かい)の白髪が逆立つように煽られている。


「無駄ですよ、大将閣下」


 男の口調には嘲るような余裕があった。


「どんな(あやかし)であろうと、羅刹(らせつ)の前には成す術がない。――もちろん、閣下にも」


 どんっと当たりの空気に破裂するような衝撃が広がる。まるで遠くで花火玉をうちあげたように、どんっどんっと音が連続する。可畏(かい)の放つ蒼い火が渦巻いて、彼自身を巻き込んだまま業火の火柱になっていた。


 可畏(かい)の力の炸裂が、どんっという破裂音になって轟いている。いまにも全てが弾けてしまいそうな圧力を感じるのに、呪符の蒼い光がそれを阻んでいた。


御門(みかど)様!」


 蒼い火柱の内側がどうなっているのかがわからない。可畏(かい)を案じる葛葉(くずは)の背後で、再び飄々とした声が告げる。


「その結界は破れませんよ、大将閣下。あまり無駄な力を使うとその身が消滅してしまいますよ」


「え?」


 びりびりとした振動と、どんっと強く響く破裂音は止むことがない。

 ますます激しく巻き上がる蒼い業火に呑まれて、可畏(かい)の姿も見えなくなっている。

 消滅という言葉が、棘のように胸にささる。


「私と一緒に行きましょう、お嬢さん。手荒な真似はしたくありませんので従ってください」


 男は黒い瞳に酷薄な色を滲ませている。


「早く呪符を無効にしないと、あの方が消滅しますよ」


「そんな……」


 やまない振動と破裂音が続いている。蒼い火はますます空高く巻き上がっていく。当たりの空間が歪みそうな衝撃だった。可畏(かい)の力が呪符に阻まれて、内への圧力を高めている。


 にわかに消滅の意味が実感をともないはじめた。


御門(みかど)様! わたしは大丈夫です!」


 蒼い火柱と化した可畏(かい)からは返事がない。葛葉(くずは)は繰り返す。


「大丈夫ですから力を緩めてください。このままでは、御門(みかど)様が危険です!」


 もはや可畏(かい)に自分のことが見えているのかもわからない。ただ自分が男に従わなければ、取り返しのつかない悲劇が訪れるような予感があった。


「わたしが一緒に行けば、本当に御門(みかど)様は大丈夫なのですか?」


 葛葉(くずは)の質問の意図を正しく汲み取ったのか、男は柔らかく微笑んだ。


「ここを去れば呪符は無効化します。それは約束しましょう」


 蒼い火が閃光となって、ますます激しく天へと巻き上がる。その業火の勢いに比例するように葛葉(くずは)の不安が警戒心をこえた。


「……わかりました。行きます」


 これが正しいのかはわからないが、可畏(かい)の身の安全には変えられない。羅刹(らせつ)の花嫁が目的であれば、きっと自分には使い道があるのだ。すぐに命を脅かされることもないだろうと、葛葉(くずは)は自分を納得させる。


 男に促されてその場を離れようとした時、どおんと地鳴りのような音が響いた。

 葛葉(くずは)の振る舞いに抗議するような強烈な衝撃だった。


 さっきまでの花火の打ち上げのような音とは比べ物にならない。砲弾を打ち込まれたのではないかと錯覚するほどの振動が体を貫く。


「よほど花嫁を奪われたくないようだ」


 男が葛葉(くずは)を見たが、可畏(かい)の放つ振動で視界が震えた。どおんという轟音が響くたびに、当たりの空間が歪んでいる。可畏(かい)が行くなと訴えているのだ。


御門(みかど)様……」


 葛葉(くずは)が戸惑っている間にも、呪符に阻まれた蒼い業火は逆巻いている。轟音と共に、高く天へと伸びる火柱が膨張をはじめた。見る間に蒼い巨大な光球になっていく。


「まさか、羅刹(らせつ)の呪符を破るつもりですか?」


 男の声から余裕が失われている。信じられない光景を眺めるような驚きと畏怖が浮かんでいた。

 あたりには空間が歪むほどの轟音が続いている。


羅刹(らせつ)の呪符を返すなど――」


 光球が正視できないほどの輝きで、当たりを日中のごとく照らし出す。どおんという轟音と振動で、いまにも蒼い光が弾けてしまいそうだった。


「離れましょう」


 男が葛葉(くずは)の手を掴むと、ばりばりと雷鳴のような音が炸裂した。葛葉(くずは)はぞっとした悪寒に襲われる。

 憎悪と底知れない怒り。身震いするような悪意が集結している。


(いけない)


 このままではいけない。何がと自覚する前に葛葉(くずは)の体が動いていた。男の手を振り払って、蒼い光へ身を投じるように駆け寄る。


「駄目です!」


 背後に鋭い男の声を聞きながら、葛葉(くずは)が光へ手を伸ばす。ふっと身体がういた直後、強い衝撃に襲われた。圧力にあらがえず後方へ弾かれ、背後に立っていた男を巻き添えにして二人で地面へ倒れ込む。


「まずい」


 いちはやく起き上がった男が葛葉(くずは)の腕を掴むが、光の膨張はやまず二人を飲み込みそうな巨大な力が働いている。


「呪符をはずして!」


 爆発してしまうという危機感で、葛葉(くずは)が咄嗟に叫ぶが「間に合わない」という男の声がひどく遠くに聞こえた。


御門(みかど)様! 力をおさめて! おさめてください!」


 葛葉(くずは)の金切り声にも反応はない。光の膨張が加速して葛葉(くずは)に迫ってくる。もう逃げ場がない。


 飲み込まれるのか、弾かれるのか、葛葉(くずは)がぐっと覚悟をきめたとき雷鳴のような轟きがあった。


 身を裂くような力の蹂躙で意識がとぶ。目の前が真っ白に染まった。

 最後に何を願ったのかも、わからない。


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