表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第十章:呪符と術者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/77

47:蘆屋の結界

「……なるほど」


 可畏(かい)が一歩門に近づくと、ぱちりと音がした。彼が進むたびにぱちりぱちりと辺りで音が鳴る。


 門の内外をわける境界へ踏み込んだ時、ふたたびばしりと閃光が走った。けれど先刻とは異なり、可畏(かい)は閃光をものともせず、さらに歩みを進める。彼の周りでばちばちと火花が弾けて、仄暗い夕闇の中に長身の影が描き出されていた。


 こちらへ近づいてくる可畏(かい)から離れるように、三河屋(みかわや)の主人がじりじりと後ずさりする。


「もう一度聞こうか? 主人」


 可畏(かい)が右手を上げると四方から蒼い炎があがった。ひらりと舞い上がった何かが、蒼い火に焼かれて燃え落ちる。葛葉(くずは)の耳にじゅっと紙が燃え尽きるかすかな音が聞こえた。


「この結界は、私を締め出すためだったと?」


 苛立ちを含んだ声。(あやかし)のような赤眼に酷薄な笑みが宿っている。


「入らせていただいたが、何か不都合なことでも?」


 口調は穏やかだが、可畏(かい)が怒っているのがわかる。迫力に襲われて葛葉(くずは)の背筋にも悪寒が走った。まっすぐに三河屋(みかわや)の主人へ向いていた可畏(かい)の視線がふっとそれる。

 彼の赤眼はさらに背後を見ていた。


「大将閣下、ちょっとした冗談ですよ」


 同時に、葛葉(くずは)の背後から場違いな声がした。おどけるような軽薄さを含んだ男性の声だった。三河屋(みかわや)の主人に腕をつかまれていて葛葉(くずは)は振り向くことができない。


 ざりざりと足音が近づくと、背の高い男性が視界の端をかすめる。三河屋(みかわや)の主人と葛葉(くずは)の横をすぎて、男は可畏(かい)の前へ進み出た。


「貴方には、私ごときの結界などなきに等しいですか」


 男が指先に挟んだ呪符をひらめかせる。どうやら門内に結界を仕掛けた当人らしかった。

 長い黒髪を後ろでゆるく結い、呪符をしめす仕草が優美にうつる。陰陽師という古からの術者。

 顔は見えないが背の高い男だった。


蘆屋(あしや)か。なぜ優秀な術師がこんなところに?」


「さすが、閣下は私のことをご存じでしたか」


蘆屋(あしや)の一門は、帝も一目おいておられるからな」


「それは、なんとも恐れ多い」


 軽薄さがにじむ口調のせいか、葛葉(くずは)には現れた男性が恐縮しているようには見えない。葛葉(くずは)に背中を向けているので表情はわからないが、飄々とした様子だった。可畏(かい)の迫力の前でも、笑みを浮かべているのではないかと思えた。


「それにしても、赤子の手をひねるように結界を破るのですから、私も自信がなくなります」


 はぁっと男がわざとらしくため息をつく。


「やはり閣下は普通の異能者ではないようですね」


 大袈裟に落胆したかと思えば、男はふふっと笑いを漏らす。


「いえ、ふつうの鬼ではないと言った方が正しいでしょうか?」


 葛葉(くずは)が何の例えだろうかと考えたとき、背中を向けている男が呪符をひらりと手放す。


(てん)(げん)(ぎょう)


 男が早口に何かを唱えている。一枚に見えていた札は数枚の重なりだったのか、四方へわかれ中空を舞った。札は夜の闇の中で蒼く輝き、九つの光になる。


(たい)(しん)(ぺん)


 光は瞬時に円をえがくように広がった。瞬きをする暇もない。


(じん)(つう)(りき)


 葛葉(くずは)が九字だと悟ったときには、全てが完了していた。円の中心に可畏(かい)を据え、まるで彼を捉えるように蒼い光が地面へ落下した。着地点には九枚の呪符が張り付いて、蒼い光を放っている。


羅刹(らせつ)の力を呪符に応用しています。その戒めは破れない」


 蘆屋(あしや)と呼ばれた男が、葛葉(くずは)をふりかえる。


「あなたが羅刹(らせつ)の花嫁」 


 男の声に重なるように、びりびりとした振動があった。九枚の呪符が形づくる円の中心で可畏(かい)が仁王立ちしている。


御門(みかど)様!?」


 咄嗟に呼びかけながら、彼が足止めされているのだとすぐに察した。男の呪符に囚われている。


三河屋(みかわや)のご主人! 離してください!」


 葛葉(くずは)が掴まれた腕を振り払おうとするが、逆に強く腕をねじりあげられる。葛葉(くずは)がたまらず膝をつくと、三河屋(みかわや)が男に声をかけた。


蘆屋(あしや)様、この後のことはお任せしてよいのですね」


 三河屋(みかわや)の主人も、呪符が輝く目の前の光景に戸惑っている。掴まれた腕を解いて可畏(かい)の元へ駆け寄ろうと考える葛葉(くずは)を見て、男は面白そうに微笑んだ。


「よくやってくれました、三河屋(みかわや)。おかげで目的を果たせそうです」


「では、これまでのことは不問に?」


 安堵した三河屋(みかわや)の声をあざわらうように、男は冷然と首をかしげる。


「さぁ。それは彼が決めることです」


 ちらりと男が可畏(かい)に目をやった。三河屋(みかわや)の主人はその態度に唖然としている。


「私の目的は花嫁を手に入れること。その後のことは預かり知りませんよ」


「それでは話が違います!」


 三河屋(みかわや)が声を荒げると、男が耳障りだという素振りで身動きした。「うっ!」っという小さなうめき声のあと、どさりと三河屋(みかわや)がその場に崩れ落ちる。


「外道が。全てを不問に? まったく反吐の出る話です」


 男の声には、吐き捨てるような忌々しさがこもっている。

 仲間割れなのだろうか。

 二人の間に何が起きたのかわからないが、つよく腕をねじり上げていた三河屋(みかわや)の腕が解けた。葛葉(くずは)は一目散に可畏(かい)のもとへ踏みだす。


御門(みかど)様!」


 駆け寄ろうとした葛葉(くずは)を、男が阻んだ。


「ダメですよ、お嬢さん。彼を足止めしているあいだに、あなたには一緒に来てもらう」


「わたしはどこへも行きません!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▶︎▶︎▶︎小説家になろうに登録していない場合でも下記からメッセージやスタンプを送れます。
執筆の励みになるので気軽にご利用ください!
▶︎Waveboxから応援する
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ