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羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第九章:古井戸の遺体

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45:術者の影

「そうだな。これは牽制の意味合いが強いんだろう。入るなという三河屋(みかわや)の主人の意向が働いている。周りのものにそう思わせることが目的だ」


「意向と言っても。それだけで誰も入らなくなるものでしょうか?」


「それだけこの一帯に影響力を持っているんだろう」


 豪商であれば金回りもよさそうである。葛葉(くずは)には想像もつかないような駆け引きがあるのだろうか。葛葉(くずは)が門の向こう側に目をこらしていると、可畏(かい)が隣の青年を見た。


「君はもう戻ってくれてかまわない。ここまでの案内に感謝する」


「中へ入るのですか?」


 青年の目にすこし好奇心の色が光っていた。可畏(かい)が嗜めるように横に首をふった。


「ここまで私たちを案内した。君が知っているのはそれだけだ。どうせなら、特務隊を門まで案内したが、入れないと知って諦めた、と報告してくれても良い」


「わかりました」


 三河屋(みかわや)の主人には、青年が特務隊に協力したと思われない方がいいのだろう。青年も可畏(かい)の配慮を汲み取ったようだった。


「では、私はこれで失礼します」


 立ち去ろうとした青年を、可畏(かい)がふと呼び止めた。


「すまない。あと一つだけ聞きたいことがある」


「はい」


 可畏(かい)の配慮に触れた青年には、もう何の警戒心もないようだった。


「君はこの柄鏡に覚えはないか?」


 廃屋で見つけた藤模様の柄鏡を懐から出して、可畏(かい)は青年に見せた。青年はすぐに「知っています」と答えた。


(たえ)が大切にしていた鏡です。たしか母親の形見だったと思います」


(たえ)さんの形見?」


 思わず葛葉(くずは)が横から口を挟むと、青年は頷いた。


「はい。彼女は母親の形見として、三味線とこの鏡をとても大切にしていました」


 (たえ)に化けていた鬼を思い出す。美しい歌声と三味線。葛葉(くずは)の脳裏によみがえる、うりざね顔の女性。


 あの時に見た女性が(たえ)なのかどうなのかはわからない。

 青年の教えてくれたことが、ただゆるやかにあの時の光景とつながっていく。


「そうか、ありがとう」


 可畏(かい)が青年に礼を述べたが、葛葉(くずは)のように驚いている感じはなかった。

 事実確認がすんだと言いたげに、彼はそっと柄鏡を懐にしまう。


 一礼をしてから踵を返した青年を二人で見送ってから、葛葉(くずは)はすぐに可畏(かい)を仰いだ。


御門(みかど)様はその鏡が(たえ)さんのものだと知っていたのですか?」


「知っていたというか、ソレしか考えられなかった」


「どうしてですか?」


「あの鬼の正体がわかったからだ」


「あの鬼は――」


 疑問を遮るように、可畏(かい)は自分の口元に指をたてる。


葛葉(くずは)、今はそれ以上聞くな。お前に話すのは裏取りできてからだ。とりあえず、門の内側を探ってみよう」


 ぐっと言葉を詰まらせて、葛葉(くずは)は渋々うなずいた。


「はい、御門(みかど)様」


 鬼の正体が気になりすぎるが、葛葉(くずは)は気持ちをきりかえて改めて木材を組んで作られた簡素な門を見上げた。


「よじ登るのですか?」


「いや、まず式鬼(しき)を放ってみる」


 可畏(かい)が手をかざすと、数匹の鴉アゲハがひらりと羽を動かしながら現れた。ふわりと飛び立つと、門を越えるように高く羽ばたく。なんの障害もなく門内の上空へ入ると思っていたのに、アゲハの黒い影が不自然に動きを止めた。

 ひらひらと不自然に落下する。地面まで落ちてくるあいだに、空気にとけるように姿が失われた。


「……結界」


 葛葉(くずは)が状況を理解するまえに、低い呟きがあった。可畏(かい)の横顔をみると、彼は何かを得たと言いたげに酷薄さのにじむ笑みを浮かべている。


御門(みかど)様? 式鬼(しき)が消えてしまいましたが……」


「ああ。弾かれた」


「え!?」


 式鬼(しき)を弾くような場所があることに驚いたが、可畏(かい)は落ち着いている。


式鬼(しき)をはじくなんて、何か(まじな)いでも施してあるのですか?」


「そうだろうな」


 可畏(かい)は簡単に頷くが、葛葉(くずは)には信じられない。呪いや呪符は陰陽師の管轄である。文明開化の流れによって、明治政府は陰陽道の暦から太陽暦を採用する施策をとった。それを契機として陰陽道は下火になり、それを生業にしていた者も減った。


 今も術者と呼ばれる者があり、能力の長けた者は政府に重用され、特務部とは別に妖の調伏に起用されている。


 けれど術者の呪いや呪符は異形には無力だった。

 それが昨今の異能者と術者の力関係を大きく傾けた。異能は特務部の創設が成るほどの名声があり、表舞台に立つことが多い。比べて術者の影は薄くなった。


「でも、術者が関わっていることなんてあるでしょうか?」


 今でも大妖の調伏には異能よりも術者に分がある。ただ強力な術者は少なく、今は政府からの要請で動くようになっていた。可畏(かい)式鬼(しき)を弾くほどの術者が、こんな事件の一端に関わっているとは思えない。


「では、見よう見まねで施した(まじな)いがたまたま機能したと?」


「いえ、でも。異形の事件に術者が出てくるなんてことあるのかなと……」


「そうだな。普通ならあり得ない」


「普通ではないと?」


 可畏(かい)葛葉(くずは)を見て不敵に笑う。


「面白くなってきた」


 彼が強がる意味などない。門の向こうを眺める赤眼は、変わらず自信に満ちている。冴えざえと輝いて曇りがない。


 きっと何か気づいたことがあるのだ。

 彼の中でどんな絵が描かれているのか、葛葉(くずは)にはまだ見えない。


 可畏(かい)の視線を辿るように、葛葉(くずは)も門の向こう側に並ぶ閑散とした長屋を眺めた。


「式鬼がはじかれるのなら、門をこえて中へ入りますか?」


「いや、出直そう」


 可畏(かい)はあっさりと門に背を向けて道を戻り始めた。


「三河屋の主人に直接話を聞く。いつ戻ってくるのか女将に確かめておこう」


「はい」


 葛葉(くずは)は小走りになりながら、先を行く可畏(かい)の背中を追った。彼に並ぶと、そっと門を振り返る。


 人気のない、厳重に隔離された住まい。


(妙さん……)


 彼女の行方を思うと、ちくりと胸を刺すような一抹の不安がよぎった。

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