43:三河屋
言葉を選ぶかのような、歯切れの悪さがあった。不思議に思って葛葉が可畏の横顔を仰ぐと、彼がふたたび吐息をついた。
「妙が働いていた店へ行くのは、そのためだ」
「では、その遺体の女性と妙さんにも、何か関係が?」
妙に化けていた鬼が案内した古井戸で見つかったのだ。何かつながりがあるのは予想がついた。
「知り合いだったとか、もしかして肉親だとか?」
葛葉の勝手な憶測には、すぐに返答がなかった。可畏は明らかに何かを言い淀んでいる。
「私が鬼火だと思っていた火は、鬼火であり迎え火だったのかもしれない」
「迎え火ですか?」
話が飛躍したように感じる。どうつながるのかと、葛葉は可畏の言葉を待った。
「古井戸の遺体は、廃屋に現れた鬼の……鬼になる前の女の娘だった」
「え!? それはどうしてわかったのですか? もしかして御門様はあの鬼と話せたのですか?」
「――そうだな、話した」
さすが帝も認める最高峰の異能者である。地に憑く鬼である夜叉も逆らえないほどの力の持ち主なのだ。当然ともいえた。
「この一連の鬼火の騒動や事件については、私の中ではほぼ答えが出た。ただ腑に落ちない部分がある」
「あ、では、それを妙さんにたしかめに行くのですか?」
廃屋にあらわれた鬼は妙に化けていた。
生きた人間の怨念が生き魑魅や鬼となる例は、古来から語り継がれている。けれど、鬼となったのは妙自身ではなく、違う誰かだったのだろうか。
葛葉は妙の想念のようなものが形になっていたのかと思っていたが、古井戸の遺体が娘となると話が変わってくる。
妙に子どもはいない。
「あの鬼と妙さんは、どういう関係なんですか?」
「それは、……明らかになったら話す」
また可畏の言葉の歯切れが悪くなった。なにかが引っかかっているのだろうか。可畏の赤い瞳が、一瞬だけ葛葉を見てすぐに逸らされた。
彼のまなざしに労わるような光を見た気がして、葛葉の胸にも一筋の予感が浮かび上がった。
可畏と訪れたのは街道沿いの広い通りだった。日中は人通りが多く暖簾をかかげた店が華やかに並んでいるが、まだ開店前の早朝である。朝靄につつまれて、通り自体がひっそりと静まり返っていた。
ひときわ店構えの立派な店へ可畏が歩みをすすめる。元本陣の屋敷にもひけをとらない、間口のひろい家屋だった。
鉄道馬車の駅舎周辺の賑わいによって人の流れが変わったといっても、もともと大通りだったこの付近はまだ栄華の名残がある。
「大きなお店ですね」
軒先に掲げられた、紫の大きな暖簾には三河屋とあった。葛葉も聞いたことのある豪商で、昨今は各地に店を出している。
「そうだな。この辺りで一番繁盛している呉服屋だ」
可畏は店からつうじる中庭へ訪問した。すぐに人が玄関まで出てくる。使用人の若い青年だった。店主に話を聞きたいと告げると、開店前の店内へ通された。吐き清められた土間には、上がり框が設けられ開放的な広さになっている。二人は客人をもてなす奥座敷へと案内された。
座卓について待っていると、女がお茶を運んでくる。
「特務部大将の御門様ですね。あいにく主人は昨日から出かけておりまして。代わりに妾が参りました」
店主の妻は可畏と葛葉に茶を差し出すと、二人の前に腰を下ろした。
落ち着いた色合いの着物には光沢があり、呉服屋の女将らしく洗練された印象があった。
「今日はこちらで働いていた妙という女性の所在をうかがいに参りました」
可畏が単刀直入に切り込むと、女将はああという顔をする。
「妙の所在ですか? 以前はうちに住み込んでおりましたが、今は裏手の長屋で独り住まいのはずです」
「最近、会ったことはありますか?」
「いいえ。病を患って療養していると聞いておりますが……。妙は器量も良く、よく働くので、早く戻ってきてほしいと店のものと話しております」
可畏が小さく吐息をつく。それが葛葉には違和感のある仕草に見えた。
「そうですか。では、彼女の見舞いに伺いたいので、住まいを教えてください」




