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羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第一章:当主と花嫁の出会い

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4:違和感の理由

 可畏(かい)が一緒では緊張して食欲もなくなると思ったが、目の前の(テーブル)に用意された食事をみて、葛葉(くずは)はむくりと食いしん坊な自分が起き上がるのを感じた。


「先生。朝からすごいご馳走ですね」


「昨夜の華族館の宴で用意されていたお食事を、御門(みかど)様が特務科の夜食にと譲ってくださったのですよ」


 寄宿舎の舎監も務める教師が、改めて葛葉の向かいに座っている可畏(かい)に礼を述べている。


 彼は昨夜の隊服とはことなり、西洋の紳士のような洋装だった。葛葉は視線をあわせないように、目元を隠す前髪ごしに、可畏(かい)の様子をうかがう。


 長身で姿勢が良いせいか、洋装にも違和感がない。


「あの、御門様。あらためて、昨夜はご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」


 葛葉はふたたび殊勝に、その場で頭をさげる。

 なりゆきはまったく飲みこめないが、葛葉が気をうしなったせいで宴はお開きになったらしい。


「いや、昨夜はこちらにも非がある。見せしめが必要だと思ったが、おまえには酷だった」


 すまないと可畏(かい)があやまる。昨夜は強引で傲慢に感じたが、すこしだけ印象が覆る。


 葛葉が目覚めた洋室は、寄宿舎にある客間の一室だったらしい。寄宿舎には畳敷の部屋から洋室へと改装する計画が持ち上がっている。


 政府の閣僚は欧化主義と国粋主義でせめぎあっているが、高等教育を管轄している文部省の大臣は欧化思想だという。特務科も例外ではなく、その影響をうけている。


 あの客間は、洋室の試行のために作られた部屋のようだった。

 昨夜の花嫁騒動から、葛葉はてっきり御門家の邸宅へでも連れ去られたのかと思い込んでいた。


(でも、わたしが花嫁なわけないし)


 見慣れた寄宿舎の食堂にいると、無事に戻ってこられた実感がわいてくる。


(見せしめか……)


 やはり昨夜のことは何かの間違いだったのだろう。

 婚約披露を台無しにしてしまった呵責はあるが、わけもわからず巻き込まれた貰い事故みたいなものだ。


 寄宿舎は朝食の時間帯を過ぎているので、食堂には生徒の姿が見えない。

 舎監の教師と葛葉、御門家当主の可畏(かい)だけが席についている。


 葛葉はふたたび腹の虫が騒ぎそうな予感をかんじて、「いただきます」と手を合わせると目の前の料理に箸を伸ばした。空腹にまかせて口に含む。


「おいしいです!」


 寄宿舎では魚を主菜とした献立が多い。欧化の影響で時折出される牛肉の匂いには慣れないが、鶏肉は癖がない。素直に感激して、思わず可畏(かい)の顔を見てしまいそうになる。


 葛葉はいけないと目を伏せた。

 ふっと可畏(かい)が笑う息遣いがする。


「口に合うならよかった」


 葛葉は目の前の料理を次々と試しながら、ふと気づく。獣臭さをかんじて苦手だった牛肉に、なぜか臭みを感じない。調理法のせいかと思ったが、何を食べても違和感なく口になじむ。


(なんだろう、何かおかしい気がする)


 何がおかしいのか具体的にわからないまま、葛葉は食事を続ける。


「御門様、なにかお飲みになりますか」


「いや、結構だ」


 教師と可畏(かい)の会話を聞き流しながら、葛葉は食事に夢中になっていた。

 食べても食べても、満腹にならない。


 自分が食いしん坊であることは認めるが、それでも、こんなに食べればいつもならとっくに音を上げているはずなのだ。

 なのに。

 食べても食べても、空腹だった。


「おまえはよく食べるんだな」


「あ……」


 可畏(かい)に声をかけられて、葛葉は我に返る。


「申し訳ありません。……あまりにも、美味しくて」


 はしたないほどに食い意地がはっている。葛葉は恥じらいを感じたが、改めて平らげた器を見て愕然となった。

 何かがおかしい。得体の知れない不安を感じて、葛葉は左腕の数珠に右手をそえた。


「!?」


 右手の違和感。

 いつも触れるはずの石がない。葛葉は自分の左手首にあるはずの数珠がないことに気づく。

 ぞっと肌が泡立った。


「葛葉さん? どうしたの?」


 動揺に気づいたのか、隣の教師が声をかけてくれる。


「あの! わたしの数珠は?」


「私があずかっている」


 答える可畏(かい)に、葛葉は席をたって身を乗りだす。


「返してください!……あ」


 彼の目を見てしまい、葛葉は咄嗟に目をそらす。目元が隠れるほどに伸びた前髪が、防波堤のようなものだった。


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