表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第八章:怪異のもたらす手掛かり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/77

38:廃屋の中

 可畏(かい)がこちらを見てうなずく。葛葉(くずは)をいたわるような眼差(まなざ)しだった。


(たえ)は病がちで最近では床に臥していることが多いという話だ。明日、本人を訪ねてみようと思うが……」


「では、長屋で見たのは、やっぱり鬼なんですね」


 羨ましいと憧れた女性の正体。

 葛葉(くずは)は自分が落胆していることに気づいて、ようやく可畏(かい)の視線の意味を理解する。


「長屋から出てきた女は鬼火を従えていた。鬼でまちがいないだろう」


御門(みかど)様は鬼を見たんですか?」


「ああ。おまえが異形に襲撃されていた時だ。気配を悟られて取り逃した」


御門(みかど)様が?」


 百戦錬磨の可畏(かい)が、理由もなく失敗するとは思えない。葛葉(くずは)はすぐに思い至る。


「もしかして、わたしのせいで?」


 申し訳ない気持ちが顔に出ていたのか、可畏(かい)が困ったように笑う。


「私の不注意だ。いちいち気にするな」


「お役に立つどころか足手まといで、申し訳ありません」


「だから、おまえのせいじゃない」


 可畏(かい)は少し歩調を落とすと、真っ直ぐに葛葉(くずは)を見つめた。


「それに申し訳ないと思う暇があるなら、まず自分の役割を果たすことを考えろ。余計な後悔や呵責を抱える前に、おまえには成すべきことがある」


「はい」


 可畏(かい)は変わらず進む道を示してくれる。まだ自分を信じてくれているのだ。葛葉(くずは)は力強い叱責に身が引き締まる。自身の是非を問う前に、期待に答える機会があるのなら無駄にはしたくない。


「余計なことは考えず、目の前の任務に邁進いたします」


 意気込みのまま、葛葉(くずは)は手をあげて敬礼する。気持ちを切り替えようとする気概が伝わったのか、可畏(かい)は頷いてくれた。


「鬼火を追うぞ」


「はい」


 再び早足になると、可畏(かい)は振り返ることもなく、町屋の並ぶ大通りから街外れへと進む。月明かりを頼りに、しばらく無言で歩いた。草むらから虫の音が聞こえる。


 踏みならされただけの剥き出しの地面に、ざりざりと二人の足音がひびいた。家屋がまばらになり、雑木林と寂れた廃屋がほどなく視界に入ってくる。人の気配の絶えた長屋の黒い影。


 街道からそれた細い道へはいり、二人はさらに裏通りをすすむ。

 雨風にさらされ、荒屋(あばらや)へと風化した心もとなさが、夜の闇の中では魑魅魍魎をよびそうな迫力へと変貌する。


 今にも戸口の向こうから、何か不気味なものが顔を覗かせそうだった。


「誰もいませんね」


 暗闇の迫力に耐えきれず、葛葉(くずは)は小声をだす。


「もしかして怖いのか?」


「こ、怖くはありません」


 否定する声が上ずってしまう。ふっと笑う可畏(かい)の気配がした。


「無理するな。夜道にもそのうち慣れる」


「……はい」


 簡単に見抜かれて、葛葉(くずは)は不甲斐ない気持ちをはらうように、しっかりと辺りを見回した。廃屋の周りには月明かりが届きにくいのか、視界が闇に染まって見わけにくい。手には石油ランプがあるが、可畏(かい)からは灯す指示がなかった。


 灯りのない心もとなさが夜道の暗がりを余計に深くする。


(でも、鬼火を追うなら、手元は暗い方がいい)


 視野へ入った光に反応しやすくなる。

 可畏(かい)からの指示がないのも、そういうことなのだ。ひとりで納得していると、前を進んでいた可畏(かい)がふたたび葛葉(くずは)を振りかえった。


「恐ろしいのなら、ランプに火を入れろ」


「いえ。大丈夫です。暗がりに目を慣らしておきたいですし」


「私は夜目が効く方だが、見にくいなら明るくしてもかまわない」


「はい。でも私も鳥目ではありません。それに、もう(たえ)さんに化けた鬼がいた長屋が近いのでは?」


「ああ。あの家だ」


 可畏(かい)が数軒先の戸口を視軸でしめす。

 なんとなくの場所は覚えていたが、日中と夜間ではまるで印象が違っていた。葛葉(くずは)ひとりなら、見過ごしていただろう。


 昼間に訪れた時は、子どもたちが軒先に出て座り、(たえ)も屋外で三味線を奏でていた。荒屋となった長屋の中で、そこだけ手入れされているように感じたが、賑やかな人の気配がそう錯覚させたのだろうか。


 今は夜の闇によって些細な違いが包まれ、目隠しをするように全てを同じに見せている。

 人の気配のない、さびれた家屋。


 可畏(かい)について戸口の前までたどりついても、中に灯りはなく静まり返っている。可畏(かい)は迷わず閉ざされた引き戸に手をかけた。想像以上にたてつけが悪く、がたがたとした摩擦に阻まれる。


 前に見た時は入り口が開け放たれていて気づかなかったが、歪んだ戸口にも年季を感じた。


 可畏(かい)がようやく引き戸を全開にすると、室内は完全な闇だった。葛葉(くずは)が月明かりの届かない暗黒に目を慣らそうとしていると、戸口からつづく土間へ入った可畏(かい)の声がした。


「かまわない。ランプをつけろ」


「あ、はい!」


 火をいれると、室内の様子が明らかになる。ランプひとつで見渡せるような、二間の小さな家だった。

 台所となっている狭い土間をぬけて、可畏(かい)は板張りの部屋へあがる。


 ぎっぎっと、老朽化した床が可畏(かい)の歩調を知らせた。

 室内には何もなかった。そう感じるほど閑散としている。 実際には小さな卓があったが、捨て置かれた様子が廃屋に馴染んで存在感を失くしていた。


 ところどころ腐敗したのか、床が抜けている。捲れ上がったところや、削れて床下を見せている箇所もあった。


 板張りの部屋からつづくもう一間には畳が敷かれている。畳はささくれて黒ずみ、見る影もない。ランプをちかづけると、ところどころ色褪せた、い草の色が残っていた。


「あれ?」


 畳の黒ずみを端から視線でたどっていると、葛葉(くずは)の足元にまでつながってくる。畳縁の変色は顕著で、そこからは褐色に染まっていた。

 朽ちたい草が黒ずんでいる様子とは、明らかに違いがあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▶︎▶︎▶︎小説家になろうに登録していない場合でも下記からメッセージやスタンプを送れます。
執筆の励みになるので気軽にご利用ください!
▶︎Waveboxから応援する
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ