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羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第七章:花嫁の記憶と夜叉

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36:火災の真相

 夜叉(やしゃ)が当時の経緯(いきさつ)をたどる。


 見るたびに姿が異なるが、千代と同一人物だという幼い来訪者。その童子は、葛葉たちの住まう家に入ると、尾崎に碧い火を放った。尾崎(おさき)の悲鳴を聞きつけて、葛葉がやってくる。葛葉(くずは)は尾崎を守ろうとして、童子に異能の火をむけた。


 けれど、葛葉の火は効かなかった。


 童子が家屋に火を放つと、瞬く間に居間が炎に包まれる。赤い炎と黒煙に巻かれながら、童子は尾崎(おさき)にふたたび碧い火を放った。


「その碧い火は、妖である尾崎を焼いたんだ」


 尾崎(おさき)の絶叫と火に悶える姿。

 苦しげにのたうちまわる人影。運悪く、その様子は葛葉(くずは)にこれまでの体験の意味を教えた。人が目の前で発火する。一番忌避する体験と重なる情景。


 夜叉は葛葉の異能が暴走するのではないかと危ぶんだが、顛末は逆だった。


葛葉(くずは)はその時に自分の力を封じてしまった。力に関わる記憶も」


「おばあちゃんはどうなったの?」


 葛葉(くずは)の関心は、やはり尾崎(おさき)の行方だった。夜叉(やしゃ)はバツがわるそうに視線を伏せる。


「わからない。火災に紛れて、あいつと一緒に気配が消えてしまった」


「でも、死んでしまったわけじゃないよね」


「たぶん……。尾崎(おさき)は火に包まれながら、ぼくに葛葉(くずは)のことを守ってほしいと」


「おばあちゃんが」


「とても葛葉(くずは)のことを可愛がっていたからね」


 葛葉(くずは)の目が潤むのをみて、夜叉(やしゃ)が慌てる。


「な、泣かないでよ。ぼくが泣かしたみたいになるじゃん。尾崎(おさき)に恨まれるのは勘弁してほしい」


 可畏(かい)は人に憑くはずがない夜叉(やしゃ)が、なぜ葛葉(くずは)に憑いたのか。その理由をようやく理解した。


 妖は上位の者が下位の者を支配することで成り立つ世界である。

 人のように対等に徒党を組むことは少ない。


 けれど、尾崎(おさき)夜叉(やしゃ)の約束は、葛葉(くずは)をめぐって交わされた秘めた盟約のようなものだ。


 ごしごしと袖で涙を拭う葛葉(くずは)に、夜叉(やしゃ)が告げる。


尾崎(おさき)葛葉(くずは)の力がどういうものか知ってたよ」


 夜叉(やしゃ)の声は穏やかで、明かされる前に悪いものではないことが伝わってくる。


葛葉(くずは)の力はさ、幸せを願うことに似てる。だから、不幸をもたらすようなものじゃない。詳しいことはわからないけど、それだけは確かだ」


 見守ってきた夜叉と尾崎が認めた力。伝えてもなお、葛葉に刻まれた罪の意識は深い。すべてを払拭するのは難しいが、夜叉(やしゃ)の言葉は刻み込まれた凄惨な情景に、違う意味を彩る。


 葛葉(くずは)も反論せず唇を噛み締めていた。

 誰よりも、そういう力であってほしいと願っているのは彼女自身なのだ。


 夜叉(やしゃ)可畏(かい)に視線をうつした。


「今までのぼくの話を聞いて、可畏(かい)はどう思う?」


「千代の正体か」


「そう」


「おそらくだが、碧い火を使うなら異能者だろう」


「千代ちゃんが?」


 顔をあげてこちらをみた葛葉(くずは)に応えるように、可畏(かい)は成り行きをまとめる。


「なぜ、今も子どものままであるのかはわからないが。葛葉(くずは)が火を放った時に傍にいたのは、いつも千代――同じ何かだった。夜叉(やしゃ)の話はそういうことだろう?」


「そんな。じゃあ、昔も今も、同じ子が繰り返し、わたしの前に現れていたということですか?」


 葛葉(くずは)の疑問には、夜叉(やしゃ)があっさりと首肯した。


「そうだよ。千代と名乗っていたのは、あいつだ。追いかけたけど逃げられた」


 可畏(かい)葛葉(くずは)の抱える呵責を拭うきっかけとなることを期待しながら、道筋を(ただ)す。


「この屋敷に千代を迎えに来た女は異形になった。人が異形化したのか、異形が人真似をしていのかはわからないが、葛葉(くずは)が幼少に火を放った相手も、今日異形化した者と同じである可能性が高い」


「うん、同じだった。だから葛葉(くずは)も思い出しちゃったんだよね。でも、あいつが招くものは、昔から異形でも人でもない」


「どういうことだ」


「異形ならススキ野原(ぼく)を超えて、葛葉(くずは)の元へくることはできない。でも、いつもあいつと一緒にやってきた」


「……そうか」


 可畏(かい)の脳裏で点と点が繋がる。


葛葉(くずは)、おまえは人が異形化するところを見たことがあると言ったな」


「はい。でも、夢を見てそう思い込んでいたのかもしれません」


「いや、おまえは目撃していたんだろう。千代が連れてくる者は、異形となる前の何かだった。おまえは異形となる前に火を放ってきたが、そうでない時もあった。その時に人が異形化したと錯覚した。だから覚えている。そう考えるのが自然じゃないか?」


 可畏(かい)の中ではすでに確信に近い。葛葉(くずは)は導かれた経緯に戸惑っている。


「そんなに都合の良い話があるでしょうか?」


 どうやら罪の意識から、自分に都合のよい憶測を鵜呑みにはしにくいのだろう。それでも、罪に塞がれていた道に、明確な逃げ道ができたはずである。


夜叉(やしゃ)の話を踏まえると、一番符号の合う推測だと思うが。どちらにしても、おまえが火を放った者が人であったかどうかは疑わしい」


御門(みかど)様、でも、異形なら遺骨が出るのは……」


 可畏(かい)にはそのからくりにも一つの憶測が成り立っているが、あえて打ち明けることは控えた。いまの葛葉(くずは)に話しても、ただ都合のよい推理として受け取るだけだ。


葛葉(くずは)の異能がどういうものか。その答えを見つける方法はある」


「え?」


 葛葉(くずは)の目に期待の光が宿る。


「おまえの異能が人を焼くかどうかを見極めればいい」


「それは……」


 彼女はすぐに力なく俯いた。

 罪の意識によって、彼女自身が封じてしまった力。呵責を拭えないまま、ふたたび引き出すのは容易ではないだろう。わかっていながら、可畏(かい)は伝えた。


「おまえの使命は何も変わっていない。羅刹の封印にむけて、能力を開花させることだ」


「わたしには、そんな資格はありません」


 残酷な理屈になることを知りながら、可畏(かい)は示した。


「おまえが否定しても、羅刹の花嫁であることは変わらない」


「でも玉藻(たまも)様の夢見は、完璧ではないと……」


 可畏(かい)はうなずく。


「そうだ、完璧ではない。だからこそ周囲の動向で導き出されることがある。夢見により、帝はおまえを庇護した。そして羅刹の花嫁であったと明らかになった。おまえが花嫁であることは、もう覆せない事実だ」


「人殺しでも? 羅刹の花嫁であれば、どんな非道も許されるということですか?」


「繰り返すが、おまえが火を放った者が人であったかどうかは疑わしい」


 可畏(かい)は真っ直ぐに葛葉(くずは)の目を見る。


葛葉(くずは)。もっと自分の力を信じろ」

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