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羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第七章:花嫁の記憶と夜叉

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35:夜叉の正体

「ぼくは葛葉(くずは)に憑くずっと以前から、葛葉(くずは)のことを知ってたよ」


 夜叉(やしゃ)が語り始めた内容は、可畏(かい)にも興味深い。なんとなく予想はしていたが、夜叉(やしゃ)のような鬼が自らの本性についてを話すことは稀である。


「だから尾崎(おさき)が知っていたことは、ぼくも知ってるってわけ。あのススキ野原がぼくの本性だから」


 葛葉(くずは)はよくわからないという顔をしているが、可畏(かい)はそれだけで全てを察した。


 広大なススキ野原。


 夜叉(やしゃ)は地に憑く鬼なのだ。時代を遡れば崇め祀られた刻もあっただろう。


「あのススキ野原は、大昔に戦場となってたくさんの血が流れた場所なんだ。人の未練や怨念、悔恨、色々と複雑な想いがわだかまる場所になっていた。そういう場所は魑魅魍魎を呼ぶし、曰くのある土地になってしまう。そこで人々は一人の少女を生贄にして、土地のわだかまりを祓おうとした」


 葛葉(くずは)が眉根を寄せている。おそらく生贄という展開に嫌悪感があるのだ。夜叉(やしゃ)葛葉(くずは)をみて浅く笑った。


「でも、生贄にされた少女はたまったもんじゃないよね」


「まさか、その少女が夜叉(やしゃ)?」


 おそるおそるという口調で、葛葉(くずは)が尋ねると夜叉(やしゃ)が声をだして笑う。


「そんなに簡単な話じゃないけど。まぁ、それでいいよ。複雑な想念のわだかまる場所に、さらに生贄の恨みだよ。人々の思惑とは反対に、さらに最悪な土地になった」


「でも、わたしとおばあちゃんが住んでいたところは、とても穏やかな場所だった」


 とうてい信じられないと葛葉(くずは)が口を挟む。夜叉(やしゃ)は優しい眼をして頷く。


「うん。はじめは生贄となった少女の祟りを鎮めるためだったかな。小さな祠をたてて、人々はたえまなく供物を添えた。でも、なんていうのかな、悪い心持ちを拭うのは、良い心持ちなんだ」


 葛葉(くずは)より幼い容貌をしていても、夜叉(やしゃ)の内面には計り知れない(とき)がある。妖を生み出す人の想念。長い月日を経て培われ、彼は土地を守る鬼になった。


「人々は祠に祈る。はじめは怒りを鎮めるためにひたすらに詫びた。でも、生贄への懺悔は、すこしずつ土地の豊穣や、人々の幸せを願うものに変わっていった。こういう変化は悪鬼を鬼神にする力がある」


「え?」


「幸福への願いは、恨みや怨念とは反対の心持ちだ。それがぼくをつくった。もう祠も失われてしまって久しいけど、今はあの広大なススキ野原がぼく自身だ」


 思いがけない夜叉(やしゃ)の素性に、葛葉(くずは)は完全に言葉を失っている。そんな様子を見て、夜叉(やしゃ)がふたたび笑った。


葛葉(くずは)はさ、ほら、これに見覚えがない?」


 くりくりと癖のある金髪を指ですいて、夜叉(やしゃ)が示す。


「黄金色に輝くススキの穂。葛葉(くずは)がいつも綺麗だって言ってくれたから、ぼくはこの姿にしたんだ」


 得意げに夜叉(やしゃ)は眼を輝かせている。葛葉(くずは)はまだ状況の整理が追いついていないのか、戸惑いを隠しきれない。


夜叉(やしゃ)が、あのススキ野原……」


 それでも葛葉(くずは)はなんとか状況を咀嚼しようとしているらしい。夜叉(やしゃ)がすこし拗ねたように、葛葉(くずは)を睨んだ。


「ぼくはいつか気づいてくれるんじゃないかと思っていたのに、全然きづいてくれなかった」


「そ、それは、ごめんなさい」


 ぶつぶつと不平を唱えそうになっている夜叉(やしゃ)を見かねて、可畏(かい)が口を挟む。


「無理もないだろう。おまえがススキ野原だなんて、ふつうは気づけない」


「でも、可畏(かい)は気づいてた」


「そんな予感がしていただけだ。確信はなかった。今も半信半疑だ」


「え!? 御門(みかど)様は気付いておられたのですか?」


「なんとなくだ。私も土地が本性の鬼が人に憑くなど、見たことがない」


 夜叉(やしゃ)がぶすっと膨れっ面になる。


葛葉(くずは)はぼくのことより、いつも可畏(かい)のことばっかり考えてるもんね」


「そ、そんなことは」


 図星という狼狽ぐあいで、葛葉(くずは)がしどろもどろと説明する。


「ない……とは言えませんが。それは、その、事件や任務のことがありますし、当然というか」


 おろおろと可畏(かい)を見る葛葉(くずは)は、異形も顔負けの挙動不審な様子になっている。


御門(みかど)様は尊敬しているお方なので」


 花嫁からの突然の賞賛は、可畏(かい)にとっては完全に不意打ちである。


「それは……、光栄なことだな」


「ぼくも葛葉(くずは)に尊敬されたい」


夜叉(やしゃ)のよく食べるところは、すごいなって思っているよ」


 可畏(かい)は吹き出しそうになったが、葛葉(くずは)の素直すぎる褒め言葉で夜叉(やしゃ)はさらにいじける。


「一番ひどいのは玉藻(たまも)だよ。ぼくが葛葉(くずは)に憑いたことを大笑いしてたもん」


 帝の御前での玉藻(たまも)の奔放さは、たしかに酷かった。可畏(かい)も思い出すと渋面になってしまう。


 不穏な顔をする可畏(かい)夜叉(やしゃ)の様子に、葛葉(くずは)が不思議そうに首を傾けた。


「あれは、わたしのことを笑っていたのでは?」


「それもあるが……」


 玉藻(たまも)夜叉(やしゃ)葛葉(くずは)に憑いたことに対して、彼女の幼さを莫迦にしていた。そして同時に可畏(かい)のことをからかい、夜叉(やしゃ)のことも笑っていたのだろう。思い返せば、まさに妖らしい性根の悪さが滲み出ている。


夜叉(やしゃ)の事情を見抜いていたのなら、葛葉(くずは)のことだけをからかっていたわけではないだろうな」


 尾崎(おさき)につづき夜叉(やしゃ)の思いがけない素性を知って、葛葉(くずは)の心境が戸惑いに上書きされている。彼女を蝕んでいた深刻さが、いくぶん希薄になっていた。


 逼迫した呵責や嘆きが紛れているのなら、可畏(かい)にとっても救いだった。


「それで? 夜叉(やしゃ)、おまえの知っていることとは?」


「うん。まず、葛葉(くずは)尾崎(おさき)が住んでいた家に火を放ったのは、葛葉(くずは)じゃない」


「わたしじゃない?」


 葛葉(くずは)が食い入るように夜叉(やしゃ)を見つめている。思い出したと言っても、幼少の記憶は朧げものだ。過去の事故を一括りに自分のせいだと錯覚していることも考えられる。


「だって葛葉(くずは)の放つ火も、可畏(かい)と同じ異能の火だよ。家屋を焼くことなんてできないよ」


「でもわたしの異能は――」


「あのとき火を放ったのは、あいつだ」


 夜叉(やしゃ)葛葉(くずは)の声を遮る勢いで断定するが、誰のことを指しているのかわからない。


「あいつとは誰のことだ?」


「さっき千夜って名乗ってたやつだよ」


 意外な矛先だった。


「千代ちゃん?」


 葛葉(くずは)がすぐに反応した。


「そういえば、あの親子はどうなったんですか?」


「千代の母親を騙った女は異形だった。すでに討伐が完了している。千代は捜索中だ」


「異形? そんな……、本当ですか?」


 女が異形となる前に気を失ったなら、葛葉(くずは)が驚くのも無理はない。可畏(かい)は頷くだけである。


「千代ちゃんが捜索中ということは、行方不明なんですか?」


「千代はおそらくふつうの子どもではない。一連の事件に加担している可能性が高い」


「でも、彼女は(たえ)さんと……」


「おまえにはそこから説明する必要があるが、千代の語った(たえ)は作り話だ。私たちが見た(たえ)は、この一帯を騒がせている鬼火の元凶だった」


 次々と明かされる事実に、葛葉(くずは)が混乱しているのがわかる。可畏(かい)はふたたび夜叉(やしゃ)を見た。


葛葉(くずは)の住んでいた家に火を放った者が千代というのは、どういうことだ?」


 過去と現在。同じものが存在できるはずもない。夜叉(やしゃ)の話を紐解く必要がある。


「どうもこうも、そのままだよ。あいつは昔から何度も葛葉(くずは)の前に現れた」


「何度も?」


「そう。今日と同じように。いつも幼い子どもだった。現れるたびに姿や顔貌は違うけど、目を見ればわかる」


「では、千代は妖なのか?」


 夜叉(やしゃ)は首をふる。


葛葉(くずは)を狙う妖はたくさんいたよ。でも、妖や異形なら、ススキ野原(ぼく)を超えて葛葉(くずは)の元にやってくることはできない。でもあいつが人かと言われると、どうなんだろう」


 帝は守りを固めるために、葛葉(くずは)尾崎(おさき)の住まいとして、夜叉の本性である広大なススキ野原を選んだ。羅刹の花嫁を守るには絶好の土地である。


 夜叉(やしゃ)尾崎(おさき)。強力な妖による二重の守り。それを犯してやってきた何か。

 ずっと同一の何かなら、人ではありえない。けれど、たしかに千代には異能の火が効かなかった。


葛葉(くずは)が帝の数珠を身につけてからは、あいつの姿を見なくなった。でも、尾崎(おさき)を見失ったあの火事の日にも、あいつがいた」

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