表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第七章:花嫁の記憶と夜叉

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/77

34:異能の大前提

 当初の混乱からは立ち直ったのか、葛葉(くずは)は思いのほか気丈に事情を語る。彼女は何かを隠したり、取り繕うような狡賢(ずるがしこ)さを持ち合わせていない。どんな悪事や汚点であっても、全てを告白する覚悟が決まっているのだ。


 ひととり葛葉(くずは)がつまびらかにした内容を聞いてから、可畏(かい)は端的に思ったことを伝えた。


「おまえの話では、異能の大前提が崩れてしまう。異能は人を焼かない」


「でも、わたしの放った火は人を焼きました」


 力強く訴えてから、葛葉(くずは)がぐっと奥歯を噛み締めているのがわかる。どのような理由をつけても、彼女にとっては殺人の記憶なのだ。可畏(かい)には異能が人を焼くとは思えない。彼女の中に蘇った情景が殺人だとは受け入れがたいが、葛葉(くずは)にとっては異能の大前提を信じることが難しいようだった。


「わたしは人殺しです。罰を受ける必要があります。」


 殺人者という烙印が耐え難いのか、みるみる葛葉(くずは)の瞳が潤む。隠すように俯いても、ぱたりとこぼれ落ちる涙が光った。


「だから、わたしは羅刹(らせつ)の花嫁ではありません。何かの間違いです。せっかく引き立てていただいたのに、お役に立てず申し訳ありません」


 震える声で、葛葉(くずは)が一息に詫びる。可畏(かい)は繰り返した。


「異能が人を焼くことはない。おそらくそれは異形だ」


 葛葉(くずは)は首を横にふる。


「人でなければ、後に残った遺骨の説明がつきません。異能で焼かれた異形がどうなるのか。御門(みかど)様が一番ご存知のはずです」


 たしかに異形であるなら、異能に焼かれて残るのは黒い骸である。多くの異形を討伐してきた可畏(かい)ですら、白骨のような遺骨になるのは見たことがなかった。葛葉(くずは)が炎を放ってきた者が異形であったと断じるには、辻褄があわない。


「それに、いつも友だちが傍にいました。わたしを見て恐れる目を覚えています」


 嗚咽をこらえて気丈に震える声をおさえているが、彼女の俯いた顔からたえまなく涙が落ちている。


葛葉(くずは)……」


 痛々しい様子を見ているのはやるせない。なんとか彼女の抱えた重荷を軽くしてやりたいが、彼女の体験と異形の討伐では、埋めることのできない齟齬があるのも、また事実だった。


 人真似をする異形とは、意志の疎通ができない。異形であったなら、傍に慕っていた子どもがいたことも不自然なのだ。彼女の体験のすべてを異形の仕業だったと裏付けるのは難しい。


 それでも、可畏(かい)は彼女の罪に塞がれた道へ逃げ道を作ってやりたかった。

 彼女の祖母の素性について、明かさずにいられれば良いと考えていたが、今はその札を切るしかないだろう。


「おまえが火を放った者が、人なのか異形なのかは、その記憶だけでは判断がつかない。だが、火災で祖母を失うまで、帝はずっとおまえの所在を掴んでいた。帝の手の内にありながら、殺人が容認されることはない」


「それは天子様もご存知なかっただけで……」


「考えにくいな。おまえの祖母は帝が使役していたのだから」


「え?」


 葛葉(くずは)が涙に濡れた顔をあげた。まるで翻訳できない異国の言語を聞いたように、表情に戸惑いが浮かんでいる。


「話さずにすむならそうしたかったが……。おまえの祖母は、玉藻(たまも)と同じように帝が使役している妖だ。おまえを守るように帝の命を受けていた」


「そんな……」


 彼女の中で、さっきまでの苦悩とは別の葛藤が芽生えたのだとわかる。殺人への呵責と肉親の正体。どちらも受け止めることが負担であることは変わらない。それを天秤にかける残酷さを思いながらも、可畏(かい)には他に彼女の錘を軽くする(すべ)がなかった。


「おまえの記憶によると、祖母が犠牲になった者の遺骨を寺院へ収めていた」


「……はい」


「つまり、おまえの犯した罪を知っていた」


「はい」


「そうであれば、使役している帝も知っていたはずだ」


「でも……」


 明かされた事実にまだ心が追いついていないが、彼女の涙は止まっていた。


「でも御門(みかど)様。それが本当なら、いま祖母はどこに? どうしてわたしの前から姿を消したんですか?」


「わからない。あの火災から帝も尾崎(おさき)……おまえの祖母の行方を見失っている」


 葛葉(くずは)がふたたび泣き出しそうな目で、可畏(かい)を睨んだ。


御門(みかど)様、本当のことを話してください」


「私は何も嘘をついていない」


「でも、御門(みかど)様の話は都合がよすぎます。あの火災も、わたしの放った火が家へうつった。もしかするとおばあちゃんもわたしの火で……」


「それは違うよ」


 可畏(かい)が遮るより早く、夜叉の声があっさりと葛葉(くずは)の抱いた憶測を否定した。いつのまにかカレー鍋は綺麗に空になっている。大釜にも米粒ひとつ残っていない。


可畏(かい)尾崎(おさき)のことを明かしたのなら、ぼくからも葛葉(くずは)に伝えられることがある」


 夜叉が口周りの汚れをぺろりと舐めとると、可畏(かい)を見て笑う。


「知っていることは話せと言ったよね」


 可畏(かい)が頷くと、夜叉は「よし」と張り切った声をだした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▶︎▶︎▶︎小説家になろうに登録していない場合でも下記からメッセージやスタンプを送れます。
執筆の励みになるので気軽にご利用ください!
▶︎Waveboxから応援する
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ