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羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第七章:花嫁の記憶と夜叉

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33:断罪を求める花嫁

 千代の行方を追うか、長屋に出た鬼火を追うか。


 どちらを優先すべきか模索しながら、可畏(かい)が屋敷の玄関から式台へ出ると、じゃりっと玉砂利を踏みしめる音がした。


 突然の気配に身構えたが、屋敷へ戻ってきたのは夜叉(やしゃ)だった。


「やはり外へ出ていたのか」


 可畏(かい)が吐息をつくと、夜叉(やしゃ)は暗い顔で屋敷の奥を示す。


葛葉(くずは)が泣いてる」


「なんだって?」


「もう少しで捕まえられたけど、葛葉(くずは)が泣いてるから戻ってきた」


 じゃりじゃりと、夜叉(やしゃ)は玄関先の敷石をふまず、玉砂利を鳴らしながら可畏(かい)の前まで歩いてきた。


「たぶん嫌なことを思い出したんだ」


「さっきから何を言っているんだ?」


葛葉(くずは)は、さらに自分で自分の力を封じてしまった。このままじゃ、羅刹(らせつ)の封印も果たせない」


「おまえ……」


「なんとかしないと」


 夜叉(やしゃ)の説明は要領を得ない。それでも、事態がよからぬ方向へ動いていることが伝わってくる。問いただそうとすると、背後から四方(しかた)の声がした。


御門(みかど)閣下! 葛葉(くずは)殿の意識が……」


 可畏(かい)が振り返ると、四方(しかた)の背後から小柄な人影が駆け出してくる。


「あ! 葛葉(くずは)殿!」


 引き留めようとする四方(しかた)の手をかいくぐって、葛葉(くずは)が履物もないまま玄関へとびだしてくる。そのまま敷石の上を駆けて、可畏(かい)の目の前で平伏した。


「申し訳ありません! 御門(みかど)様!」


葛葉(くずは)? どうしたんだ?」


「今すぐに私を警察へ引き渡してください!」


 唐突な主張だった。明らかに取り乱している。可畏(かい)が横目で夜叉(やしゃ)をみると、幼い顔が痛ましいものを見るように歪んでいる。葛葉(くずは)を見る赤い目には、少年のような童顔に不似合いな憂慮があった。


「わたしは人殺しです! たくさんの人を殺めてきました! 申し訳、……ありません」


 ひきつる悲鳴のような甲高い告白は、すぐにしゃくりあげる泣き声にかわった。尋常ではない様子に、冗談だと笑い飛ばすこともできない。

 可畏(かい)はその場に膝をついて、敷石の上についた葛葉(くずは)の手をとった。


葛葉(くずは)、やめろ。おまえの言い分はきちんと聞く。だから、まず立て」


 声をかけても、葛葉(くずは)は顔を伏せたまま動かない。敷石の上にぱたぱたと涙が落ちて染みをつくっている。


葛葉(くずは)


「わたしは、……お役に立てません」


 嗚咽をのみこんだ震える声で、葛葉(くずは)が「申し訳ありません」と繰り返す。可畏(かい)が声をかけても、詫びるだけで顔をあげようとしない。あまりの頑なさに、可畏(かい)はこのままでは埒があかないと葛葉(くずは)を荷物のように抱え上げて肩にかついだ。


「み、御門(みかど)様!?」


「泣いて詫びるだけではわからない。冷静になれ、筋を通して説明しろ」


 屋敷の中へ向かって歩き出しながら、可畏(かい)は隣で剣呑な顔をしている夜叉(やしゃ)を促す。


夜叉(やしゃ)、おまえもだ。知っていることがあるなら、全て私に話せ」


 二人を一喝すると、夜叉(やしゃ)がムッと睨み返してくる。


「もちろん、そのつもりだよ」






 葛葉(くずは)を担いだまま、可畏(かい)は寝床として使用している上段の間へ戻った。不服そうに後ろをついてきた夜叉(やしゃ)が「腹が減った」と騒ぎはじめたので、四方(しかた)がすぐさまその場に卓をおいて食事の手配をする。

 隊員が大きな鍋に入ったカレーと、大釜で炊かれた飯を運んできた。


「配膳は私がする。隊員は持ち場に戻れ」


 可畏(かい)が人払いをすると、四方(しかた)が一礼をして隊員とともに部屋を出ていく。室内には夜叉(やしゃ)葛葉(くずは)だけが残った。


「良い匂い!」


 夜叉(やしゃ)はさっきまでの深刻さが嘘のように、目の前の鍋に目を輝かせている。器へ盛る前に、鍋ごと平らげそうな勢いだった。


夜叉(やしゃ)、私もついでに食事をすませたい。まだ鍋に顔を突っ込むなよ」


「えー?」


 分け前が減ってしまうと言いたげな、恨めしげな上目遣いで夜叉(やしゃ)可畏(かい)を見た。構うことなく器を手にすると、横から葛葉(くずは)が手を伸ばしてくる。


「配膳は私がいたします!」


 有無を言わせぬ勢いで可畏(かい)から器を取りあげると、葛葉(くずは)がてきぱきと飯とカレーを盛って卓へ置いた。


「どうぞ、御門(みかど)様」


 玄関先でいきなり平伏した時のような狼狽えた様子はなくなっていたが、葛葉(くずは)が泣き腫らした目をしているのは明らかだった。顔色も蒼い。


「それ、盛りすぎだよ! 可畏(かい)はそんなに食べないよ!」


 茶碗よりも一回りも二回りも大きな皿に、飯が山のようにこんもりと膨らみを見せている。そこに器から溢れそうなほどカレーが注がれていた。可畏(かい)も目を瞠ったが、葛葉(くずは)は大真面目な顔をしている。


御門(みかど)様にはしっかりと食べて備えていただかなくては」


「おまえは食事をとったのか?」


「はい。いただきました」


 可畏(かい)はカレーの山をスプーンで崩しながら話を元に戻す。


「では、さっきの話について、どういうことか説明しろ。食べながら聞く」


 向かいでは、夜叉(やしゃ)がすでに鍋に大釜の飯をぶちまけて犬食いしていた。


夜叉(やしゃ)、おまえもだ。説明しろ」


「ぼくは葛葉(くずは)のあとで話すよ」


 食べることより優先度が低いのか、がつがつと鍋のカレーに食いつきながら夜叉(やしゃ)葛葉(くずは)を指さした。


「あの、御門(みかど)様。さきほどは取り乱してしまい、申し訳ございませんでした」


 葛葉(くずは)は小さく頭をさげると、躊躇うことなく口を開いた。


「わたしは昔のことを思い出しました」


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