33:断罪を求める花嫁
千代の行方を追うか、長屋に出た鬼火を追うか。
どちらを優先すべきか模索しながら、可畏が屋敷の玄関から式台へ出ると、じゃりっと玉砂利を踏みしめる音がした。
突然の気配に身構えたが、屋敷へ戻ってきたのは夜叉だった。
「やはり外へ出ていたのか」
可畏が吐息をつくと、夜叉は暗い顔で屋敷の奥を示す。
「葛葉が泣いてる」
「なんだって?」
「もう少しで捕まえられたけど、葛葉が泣いてるから戻ってきた」
じゃりじゃりと、夜叉は玄関先の敷石をふまず、玉砂利を鳴らしながら可畏の前まで歩いてきた。
「たぶん嫌なことを思い出したんだ」
「さっきから何を言っているんだ?」
「葛葉は、さらに自分で自分の力を封じてしまった。このままじゃ、羅刹の封印も果たせない」
「おまえ……」
「なんとかしないと」
夜叉の説明は要領を得ない。それでも、事態がよからぬ方向へ動いていることが伝わってくる。問いただそうとすると、背後から四方の声がした。
「御門閣下! 葛葉殿の意識が……」
可畏が振り返ると、四方の背後から小柄な人影が駆け出してくる。
「あ! 葛葉殿!」
引き留めようとする四方の手をかいくぐって、葛葉が履物もないまま玄関へとびだしてくる。そのまま敷石の上を駆けて、可畏の目の前で平伏した。
「申し訳ありません! 御門様!」
「葛葉? どうしたんだ?」
「今すぐに私を警察へ引き渡してください!」
唐突な主張だった。明らかに取り乱している。可畏が横目で夜叉をみると、幼い顔が痛ましいものを見るように歪んでいる。葛葉を見る赤い目には、少年のような童顔に不似合いな憂慮があった。
「わたしは人殺しです! たくさんの人を殺めてきました! 申し訳、……ありません」
ひきつる悲鳴のような甲高い告白は、すぐにしゃくりあげる泣き声にかわった。尋常ではない様子に、冗談だと笑い飛ばすこともできない。
可畏はその場に膝をついて、敷石の上についた葛葉の手をとった。
「葛葉、やめろ。おまえの言い分はきちんと聞く。だから、まず立て」
声をかけても、葛葉は顔を伏せたまま動かない。敷石の上にぱたぱたと涙が落ちて染みをつくっている。
「葛葉」
「わたしは、……お役に立てません」
嗚咽をのみこんだ震える声で、葛葉が「申し訳ありません」と繰り返す。可畏が声をかけても、詫びるだけで顔をあげようとしない。あまりの頑なさに、可畏はこのままでは埒があかないと葛葉を荷物のように抱え上げて肩にかついだ。
「み、御門様!?」
「泣いて詫びるだけではわからない。冷静になれ、筋を通して説明しろ」
屋敷の中へ向かって歩き出しながら、可畏は隣で剣呑な顔をしている夜叉を促す。
「夜叉、おまえもだ。知っていることがあるなら、全て私に話せ」
二人を一喝すると、夜叉がムッと睨み返してくる。
「もちろん、そのつもりだよ」
葛葉を担いだまま、可畏は寝床として使用している上段の間へ戻った。不服そうに後ろをついてきた夜叉が「腹が減った」と騒ぎはじめたので、四方がすぐさまその場に卓をおいて食事の手配をする。
隊員が大きな鍋に入ったカレーと、大釜で炊かれた飯を運んできた。
「配膳は私がする。隊員は持ち場に戻れ」
可畏が人払いをすると、四方が一礼をして隊員とともに部屋を出ていく。室内には夜叉と葛葉だけが残った。
「良い匂い!」
夜叉はさっきまでの深刻さが嘘のように、目の前の鍋に目を輝かせている。器へ盛る前に、鍋ごと平らげそうな勢いだった。
「夜叉、私もついでに食事をすませたい。まだ鍋に顔を突っ込むなよ」
「えー?」
分け前が減ってしまうと言いたげな、恨めしげな上目遣いで夜叉が可畏を見た。構うことなく器を手にすると、横から葛葉が手を伸ばしてくる。
「配膳は私がいたします!」
有無を言わせぬ勢いで可畏から器を取りあげると、葛葉がてきぱきと飯とカレーを盛って卓へ置いた。
「どうぞ、御門様」
玄関先でいきなり平伏した時のような狼狽えた様子はなくなっていたが、葛葉が泣き腫らした目をしているのは明らかだった。顔色も蒼い。
「それ、盛りすぎだよ! 可畏はそんなに食べないよ!」
茶碗よりも一回りも二回りも大きな皿に、飯が山のようにこんもりと膨らみを見せている。そこに器から溢れそうなほどカレーが注がれていた。可畏も目を瞠ったが、葛葉は大真面目な顔をしている。
「御門様にはしっかりと食べて備えていただかなくては」
「おまえは食事をとったのか?」
「はい。いただきました」
可畏はカレーの山をスプーンで崩しながら話を元に戻す。
「では、さっきの話について、どういうことか説明しろ。食べながら聞く」
向かいでは、夜叉がすでに鍋に大釜の飯をぶちまけて犬食いしていた。
「夜叉、おまえもだ。説明しろ」
「ぼくは葛葉のあとで話すよ」
食べることより優先度が低いのか、がつがつと鍋のカレーに食いつきながら夜叉が葛葉を指さした。
「あの、御門様。さきほどは取り乱してしまい、申し訳ございませんでした」
葛葉は小さく頭をさげると、躊躇うことなく口を開いた。
「わたしは昔のことを思い出しました」




