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羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第一章:当主と花嫁の出会い
3/72

3:夢と現実

(大丈夫だよ、葛葉(くずは)


 泣きじゃくる葛葉の頭をなでて、優しげにさとす声。


(――おまえは羅刹(らせつ)の花嫁だから、特別なんだよ)


 懐かしい祖母の声。葛葉は夢を見ているのだと自覚する。


 人里はなれた古い家屋。囲炉裏には火が入っていない。土間からぐつぐつと何かを煮炊きしている音が聞こえる。戸外からは、ひっきりなしに虫の鳴き声がしていた。


(おばあちゃん、ラセツって、なに?)


 幼い自分がひくひくとしゃくりあげながら、声を震わせている。


(羅刹は……、そうだね。神様だよ)


(神様? じゃあ、神隠しにあったお友だちは、神様に連れて行かれたっていうこと?)


 祖母は困ったようにほほ笑む。ゆっくりと首をふるだけだった。


(葛葉、これをやろう。この(じゅず)が悪いものからおまえを守ってくれる)


 差し出された数珠の美しさに目を奪われ、葛葉の涙がとまる。


(……きれい)


 子どもは残酷だ。目の前の刺激にすぐに心がかたむく。

 美しい石への興味に満たされ、葛葉はさっきまでの悲しみを見失う。


(ありがとう、おばあちゃん)


 光を乱反射してかがやく石が、あまりにも美しくて。

 神隠しにあっていなくなってしまった友達のことから、葛葉の意識はそらされてしまった。


 懐かしい情景が、遠ざかる。

 そして。


(あ……)


 ごうっと、目の前に赤い炎が広がった。舐めるように家屋の柱を包んだ紅蓮の炎。

 葛葉は咄嗟に「おばあちゃん!」と叫んだ。その自分の叫びで、目がさめた。






 ハッと目を見開くと、視界に見慣れない白髪がよぎる。


「目が覚めたか?」


 寝起きの頭にひびく、艶やかな低い声。


「起きられるか?」


(良い声だな)


 聞いたことがあるような、ないような。

 ぼんやりとした心地で、葛葉はふにゃりと挨拶をする。


「はい、おはようございます」


 でも、自分の寝床で男性の声を聞くはずがない。


 葛葉はまだ夢のつづきなのかと呑気な気持ちで、布団をかぶりなおした。懐かしい夢をみていた気がする。目を閉じれば、また夢が見られそうだと寝返りを打つと、再び艶やかな声がひびく。


「おまえ! 寝直すな。起きろ」


 良い声だとうっとりしているわけにもいかない怒声だった。葛葉がびくっと体を震わせると、ばさりと投げ飛ばしそうな勢いで掛け布団が捲りあげられた。


「ひょ!」


 驚きすぎて変な声がでる。自分を覗き込むように見下ろしている眉目秀麗な顔と、印象的な赤眼。


(あ……)


 御門家の当主、可畏(かい)が仁王立ちしている。

 ことの成り行きを思い出して、葛葉は「ひぇっ」っとふたたび小さな悲鳴をあげる。


「も、申し訳ございません!」


 飛び起きた勢いのまま、その場に平伏しようとしてがくりと重心を崩す。下についたはずの手を支えるものがない。


「あ!」


 室内が畳敷ではない。欧化の影響をうけた洋室である。葛葉が寝床に高さがあることに気づいた時には、遅かった。

 見事に寝台からおちて、派手に顔面を打ちつける。


「う、イタ……」


 顔をあげようとすると、つっと鼻を伝うものがあった。ぼたぼたと鼻血が流れでて、着ている特務科の制服を汚す。洋室に敷き詰められた鮮やかな絨毯にも落ちて、じわりと染みをつくった。


「わっ! 絨毯が! 申し訳ございませ……」


 鼻をおさえてさらに慌てふためいていると、すっと目の前に白い布が差しだされた。手ぬぐいとは違う、真っ白なハンカチーフ。


「これをつかえ」


「そんな恐れ多い! 血で汚してしまいます!」


「かまわない。すこし落ち着け。べつに取って食ったりはしない」


 声に苛立ちを感じない。穏やかな調子だった。ふたたび怒声がとんでくることを予想していた緊張が、すこし緩む。


「ありがとうございます」


 そっと差しだされたハンカチに手を伸ばす。それでも可畏(かい)の顔を見ることはできない。

 身に染み付いた、知らない人と目を合わせてはいけないという教訓。同時に、ひたすら自分の失態が恥ずかしい。


 ぐいぐいと鼻血を拭いながら、とてつもなく居たたまれない気持ちになる。

 自分は昔からこんな調子なのだ。要領が悪い。お世辞にも器量が良いとは、口が裂けても言えない。


 祖母が失踪してからは、天涯孤独の身だ。そんな自分が筆頭華族に嫁ぐなどあり得ない。

 あまりにも身の上が不釣り合いだ。


 そして。


 何よりも、葛葉はときおり関わった人をひどく不幸にすることがある。

 偶々(たまたま)だったと片付けることが不自然なくらい繰り返してきた。


 神隠し。失踪。

 親しかった人たちが、ある日突然いなくなる。

 

 葛葉自身、これまでの巡り合わせや体験を、偶然だとはとうてい思えない。


「あの、このハンカチは綺麗にしてから、必ずお返しいたします。この度は色々とご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」


 ようやく鼻血が止まってその場に平伏する。

 深く頭をさげた瞬間。


――ぐるぐるぐる、きゅう、ぎゅぎゅぎゅ。


 葛葉の殊勝な気持ちをあざ笑うように、まったく空気をよまない腹の虫が、盛大に空腹を訴えた。

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