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羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第五章:旧街道の鬼火

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24:弾き語りの女 1

「ひっ!」となって目覚めると、夜叉(やしゃ)が小さな手でがくがくと葛葉(くずは)の肩を揺さぶっている。


葛葉(くずは)! 飯だって、飯!」


 夜叉の嬉々とした声で、夢から現実に頭がきりかわる。葛葉(くずは)が身を起こすと、夜叉はすぐに用意されたらしい握り飯を両手につかんで頬ばりはじめた。


 以前のカステラと同じで、握り飯も二人に振るまうには度をすぎた数である。

 寝起きで呆然とする葛葉(くずは)に、すでにいくつかを腹におさめた夜叉が握り飯をさしだした。


「はい!」


 手にのせられた握り飯は、まだあたたかい。

 葛葉(くずは)はぼんやりしている場合ではないと、夜叉にならってかぶりつく。


 腹が減っては戦ができぬと言わんばかりに、さっさと腹を満たして身支度を整えた。意気込んで部屋をでようとすると、くいっと袴の裾が何かにひっかかる。


「わ!」


 突然のことで、葛葉(くずは)はばたっと前のめりに倒れこんだ。

 夜叉が袴の裾をつかんでいる。


「もう! 夜叉!」


 したたかに身を打ちつけて痛い。不平をとなえて彼を睨むと、握り飯をほおばったままもごもごと何かを言っている。


「ん? なに?」


 ほおばったものをごくりと飲みこんで、夜叉が「食べたらここで待て、だって」という。


「ここで待て? 待機しろということ?」


「知らない。可畏(かい)がそう伝えてくれって」


「え!? 御門(みかど)様が? 戻ってきていたの?」


「うん」


 なんでもないことのようにうなずいて、夜叉はふたたび握り飯にかぶりつく。


御門(みかど)様が戻ってきても、ぐっすり眠っていたなんて!)


 待機を命じられたのなら従うしかないが、葛葉(くずは)はその場を走りまわりたい衝動に駆られていた。

 疲れていないと大きな口をたたいていただけに、恥ずかしい。

 ひとしきり自分の失態について心の中で悶えてから、葛葉(くずは)は意識を逸らそうと別のことをかんがえる。


(そういえば、あの夢)


 目覚めるまで見ていた、なつかしい夢。


 あのあとのことも覚えている。覚えているというか、思いだしたのだ。

 ちょうど祖母が戻ってきて、声に向かって歩きはじめた葛葉(くずは)の手をとった。


 祖母が追いはらうと、彼らはどこかへ退散した。

 ススキ野原を超えてくることはできない何か。


 悪いものではないが、野原の外に葛葉(くずは)をさそうので、かまってはいけないと祖母が教えてくれた。

 彼らは逢う魔が時になると、ススキ野原の果てによく現れた。いつも「こっちにおいで」と誘ってくれる。


 葛葉(くずは)が野原をでることがなければ、声にこたえることに問題はなかった。心細いときは、彼らと話をすることもあったのだ。


 集落の友だちと遊ぶのと何も変わらない。葛葉(くずは)にとっては当たり前の日常だった。だから、今まで忘れていたのだろうか。


(まだ何か、忘れていることがある?)


 穏やかな日々だった。まだ祖母から数珠を授けられる前の光景である。自分はどうして人の目を見てはいけないと思いはじめたのだろう。


 自分が関わると不幸になる。漠然とした意識。

 可畏(かい)と出会ってそれを否定されるまで、心に根付いた危機感が枯れることはなかった。


(でも、あまり覚えていない)


 具体的なできごとに紐づいていないのだ。きっと嫌な思いでの連続なのだろう。葛葉(くずは)にとってその日々があまりにも当たり前だったから、印象に残らなくなったのだろうか。


 幼少時の些細な記憶が失われていくように。

 彼らのことを忘れていたのと同じように。

 忘れているのだろうか。


 人が異形になると思いこんだ奇怪な光景と、祖母に泣きついていた自分、そして火災。

 自分にとって印象的な光景は、それだけだったのだろうか。


(あの頃、じっとわたしを見てくる子がいたような)


 葛葉(くずは)が幼少期の記憶をだどっていると、足音とともに御簾ごしに人の気配があった。


「夜叉、彼女は起きたか?」


 可畏(かい)の声を聞いて、葛葉(くずは)は反射的にぴしっと居住まいをただした。夜叉よりも先に答える。


御門(みかど)様、巡回、お疲れ様です!」


葛葉(くずは)か、入るぞ」


「はい」


 かかげられた御簾を持ちあげるようにして可畏(かい)が姿をみせた。


 和洋折衷なつくりの隊服と軍帽。独特の意匠に、これまでの功績をたたえるように鮮やかな徽章が並んでいた。葛葉(くずは)は彼が雲の上の人だということを改めて心にきざむ。


 可畏(かい)は、握り飯をすべて平らげてお茶をすすっている夜叉を一瞥してから、葛葉(くずは)を見た。


「飯は食ったのか?」


「はい! いただきました!」


「では、一緒にでられるか?」


「はい。でも、御門様は休んでおられないのではありませんか? それに、まだ何も召し上がっていないのでは?」


「私のことは心配しなくてもいい。食事も済ませた」


「はい」


 彼の颯爽としたふるまいから疲れは感じられない。葛葉(くずは)が案じるような余地はなさそうだった。


「いくぞ」


「はい」


 可畏(かい)の後ろをついて屋敷をでながら、夜叉も一緒についてくるのかと背後をみる。

 視界に賑やかな気配はなく、一緒にやってくる感じはしない。留守番だろうか。


「どうした?」


「あの、夜叉はどうしたのかと」


「必要ないので、またきえてもらった」


「え!?」


 言われてみれば、これまでも夜叉はいつのまにかいなくなっていた。どうやら可畏(かい)の一存で出たり消えたりしているようだ。


「隊服でも着せて一緒に巡回すると思っていたのか?」


「そういうわけではありませんが」


「私がそばにいる時は必要ない。一緒にいてもやかましいだけだ」


 容赦のない感想である。またでてくる時は彼の火で(あぶ)られるのだろうか。可畏(かい)のような強力な異能者と出会ったのが運の尽きである。葛葉(くずは)はすこしだけ夜叉に同情したくなる。


 通りにでると、葛葉(くずは)の想像よりもずっと人の流れがあった。

 街並みは明るく、よく晴れた空からの陽光があたたかい。暑くも寒くもない、心地の良い気候だった。


 喧騒に身をつつまれ、日没前や深夜とは異なった賑わいがある。葛葉(くずは)が到着したころ、すでに戸締りをしていた店が、今は華やかな軒先をみせていた。美味しそうな匂いもあちこちから漂ってくる。

 たしかに夜叉が一緒では任務にならないだろう。


「鬼火や異形の噂があるのに、日中は活気がありますね」


「人の流れが変わったといっても、都市へつづく街道だからな」


「今日はどちらへ」


「巡回を続けながら、町屋の外れで話を聞いてまわる。何か気づいたことがあったら報告してくれ」


「了解しました」


 大通りは華やかな店が軒を連ねているが、歩き続けるとすこしずつ店舗がまばらになる。裏通りの長屋では住人の素朴な生活がかんじられた。


 おいでよ おいで 街道を

 おいでよ おいで 灯りのもとへ

 迷子になってはいけないよ


 どこからか三味線の音色とともに歌声がきこえてくる。


「御門様、唄が」

「ああ、聞こえる。行ってみよう」


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