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羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第五章:旧街道の鬼火
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21:鬼火のでる意味

 おいでよ おいで 街道を

 おいでよ おいで 灯りのもとへ

 迷子になってはいけないよ


 おいでよ おいで 細道を

 おいでよ おいで 井戸ばたに

 つもる話をきかせておくれ


 おいでよ おいで わたしのもとへ

 おいでよ おいで 熾火(しきび)のそばへ

 灯りが消えたら さようなら




 可畏(かい)が屋敷の門をでると、秋の夜風が頬をかすめた。思っていたより冷える。

 隊服の襟を引き寄せながら、彼は隣にたつ葛葉(くずは)をみた。


「寒くないか」


「はい、大丈夫です」


 葛葉(くずは)の目には、夜の闇を恐れるような色はない。相変わらずやる気にあふれている。


 ただ、これまでの習慣なのか、目が合うと一瞬戸惑いがにじむ。

 あからさまに顔をそらせるような素振りはなくなったが、すこしだけ目が泳ぐのだ。


 おそらく彼女なりに後ろむきな習慣と戦っているのだろう。


「こんなに広い通りなのに、耳が痛くなるほど静かです」


 葛葉(くずは)の言うとおり、夜の旧街道は静寂に満ちていた。夜道とはいえ、帝都にくらべると不自然なほどに人気がない。


 この街道沿いは、本陣(ほんじん)をはじめ、旅籠屋(はたごや)がひしめいていた宿場町だった。以前は江戸へむかう大通りとして賑やかだったが、鉄道馬車が開通してからは人の流れが変わった。駅舎につづく通りが整備され、今は駅周辺がどんどん活気づいている。


 いっぽうで旧街道となったこの通りでは、人の往来による華やかな気配が失われていく。


 すこしずつ寂れつつある地域に、さらに鬼火の噂である。


 数日おきに獣に喰われたような犠牲者まででるのだ。住人が固く戸締りをして引きこもるのは当然である。特務部も夜間の外出については控えるように勧告をしていた。


「灯りがありませんね」


 葛葉(くずは)が手にもった小さな石油ランプをすこし左右に動かした。闇夜にのまれている道を、ランプの灯りがすこし先まで照らしだす。


「駅舎周辺なら街灯があるが……」


 帝都の主要なレンガ通りには、ガス灯のあとに電燈の街灯が登場して、煌々と夜道を照らしている。その波は周辺の都市にも少しずつ広がりつつあった。


「ここも昔はもっと勢いがあったはずだが、時代の流れには逆らえない」


「はい」


 旧街道に鬼火がでる意味を考える。


 妖は闇とともにあるのだ。都市部がにぎわうほど、地方に寄りつくものが増えるだろう。


 栄華をきわめた土地がさびれると、その地域にすむ人の心は疲弊する。

 そして、妖を招きやすくなるのだ。この旧街道沿いに鬼火がでるのも、自然な流れなのかもしれない。


「通りは隊の者が見回っている。私たちは寺院へ行こう」


「はい」


「おそらくこの付近で一番(いわ)くのある場所だ」


 かつてこの宿場町は歓楽街としても機能しており、旅籠屋に女を置くところも多かった。帝都の花街をいろどる遊郭のようなものである。


 旅籠屋に置かれる女は、遊女の身の上と同じように決して恵まれているとは言えなかった。奉公といえば聞こえはいいが、貧しい農家の娘が人身売買されていたに等しい。


 奉公中に亡くなれば、遺体は寺へ投げ込まれていた。

 寺院には多くの女が打ち捨てられ、無縁仏として葬られている。


 不遇な女たちの末路。たとえ供養されても、当時は拭えない怨念があったにちがいない。


 石油ランプを片手に、可畏(かい)葛葉(くずは)と寺院へつづく道をたどる。


 本陣であった屋敷からさほど離れていないが、闇はますます深くなる。街灯のない夜道に心もとなさを感じているのか、葛葉(くずは)の足どりもまるで気配を殺すようにひっそりとしていた。


 小さな山を登るように坂道をいくと、山門の影が見えはじめた。境内を照らすように小さな庭火が見える。


「あの火を鬼火と勘違いする人もいるのではないでしょうか?」


「ないとは言えないが、焚き火と鬼火を見まちがうことはないだろう」


 境内に入って火に近づくと、心地の良い熱波が身をつつむ。寺の庭火を見て恐怖を覚えるものは少ない。もっと寒さの厳しい季節になれば、暖をとりに人々が集うこともあるのだ。


 境内を見回しても、本堂も僧房も静かにたたずんでいる。木々の影にも静謐な夜の闇があるだけだった。

 無縁仏の埋葬されている塚も、ひっそりと夜の闇にとけこんでいる。


 神社とは異なり、寺院に妖がでるという情報は少ない。異形はところかまわず出るが、今夜も不審な気配はなさそうだった。


「次は町屋の裏を回ろう」


「はい」


 問屋を営む商家や職人が軒を連ねているが、どの家もしっかりと戸締りをしている。

 秋口であれば、軒先で酒を酌み交わす男たちの姿があっても良いが、どこもしんと静まりかえっていた。


 特務部の勧告もあるが、立て続けに人が亡くなる怪事件は、想像以上に人々を戦慄させているようだ。


「やはり不自然だな」


「何事もないのがですか?」


「毎晩、第三隊が周辺を隈なく巡回している。そして、通りどころか軒先にも人は出ていない。もし異形の仕業だとしたら、どうやって人をおびき寄せて、どこで屠っているのか」


「やはり異形が考えて動いているということでしょうか」


「もしかすると、凶行が行われているのは外ではないのかもしれない」


「え?」


 葛葉(くずは)の表情がぞっとしたと物語っている。顔色が青ざめたような気がして、可畏(かい)は配慮が足りなかったと反省しながらつけ加えた。


「異形について、特務部では一つの仮説がある。実はおまえと出会ってから、それが少し裏付けられた気がしていた」


「わたし!? え、でも、それはいったいどんな仮説でしょうか?」


 滅相もないと言いたげに慌てる葛葉(くずは)に、可畏(かい)は語った。


「おまえは幼少期に、人が異形に変化するところを見たことがあると言った」


「はい」


「だから、あの人力車の俥夫(しゃふ)が異形に変化したと思ったと」


「はい。それが?」


「異形には人間のような知能がないと言われているが、まれに人真似をするものがある。だから、あの俥夫は人真似をしていたのだと思っていた」


「御門様のこれまでの経験の方がたしかです。私の小さな頃の記憶は、どこまでたしかなのかわかりません」


 葛葉(くずは)は戸惑ったように可畏(かい)を仰ぐ。


「もしかしたら異形に出会ったのが怖すぎて、気を失ったあとに夢を見ていたのかもしれませんし。よく考えてみると、人が異形になるなんておかしな話です」


「そうだろうか」


 可畏(かい)は小柄な葛葉(くずは)に自身の仮説をうちあけた。


「異形は元は人間だったのではないか」


「え!?」


「それが今、特務部が抱いている仮説だ」


「で、でも、異形の原因は折られた鬼神の角だと」


「羅刹が関わっているだけでは、腑に落ちないことがある。異形がもし羅刹の生みだしたものなら、異形も妖だ。この世のものであって、この世のものではない。だが、異形は遺体がのこる。この世のものとして。その質量はいったい何から作られたものだ?」


「羅刹の力は、人を異形にするということですか?」


「可能性は否定できない」


 可畏(かい)葛葉(くずは)から視線を逸らした。


「あの時おまえが言ったように、あの俥夫は人真似をしていた異形ではなく、あの瞬間に異形になったのかもしれない」


 街道から吹いてくる風が、軒先にかけられた釣り忍を揺らす。すこし季節外れの趣が、可畏(かい)の視界の端にうつっていた。


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