表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第四章:心がまえ
20/77

20:子守唄のかわりに

 本陣跡の屋敷で寝床について散々もめていたが、結局|藩主や要人などが使用していた上段じょうだん()に、そのまま二組の寝具が用意された。


 可畏(かい)葛葉(くずは)と横並びに寝むはめになる。


 板の間で雑魚寝(ざこね)をするのは自分だと、葛葉が一歩もひかなかったのだ。


 (らち)があかないと渋面をつくる可畏(かい)に配慮したのか、四方(しかた)が玄関にあった衝立障子(ついてたしょうじ)をもってきて、二組の蒲団のあいだをさえぎる。


「こうすれば良いのではありませんか?」


「ありがとうございます! 四方少将!」


 葛葉は律儀に彼に会釈した。可畏(かい)には四方が面白がっているのがわかる。


 問題が解決したと言いたげに、葛葉の表情がぱっとあかるくなった。


「おまえはこれで平気なのか?」


「もちろんです」


 一片の迷いもない返答である。

 複雑な気持ちになったが、可畏(かい)はなぜ葛葉の勢いに押し切られているのか、自分がよくわからない。


(まさか、これも花嫁の力か?)


 変な女だと強くおもう反面、彼女の様子をみていると調子がくるう。


 萎縮しながらも、自分を曲げない威勢の良さがあった。けれど、強情かと思えば素直で、何事にも懸命なのだ。多少のおかしさも愛嬌だと受けとめたくなる。


 特務部の第五隊には女子だけの隊があるが、特務華族の子女に見られるような自尊心や傲慢さが、葛葉には感じられない。


 孤児であるという貧しい生い立ちのせいかもしれないが、可畏(かい)には新鮮にうつった。


(いや、どう考えても変な女だ)


 四方が退室して二人きりなると、可畏(かい)は衝立障子の向こう側で、ごそごそと落ち着きなく身動きする気配をかんじた。


 やはり自分と二人では落ちつかないのだろう。可畏(かい)は吐息をついてから声をかける。


「葛葉」


「は、はい!」


「こんな宵前から寝めと言われても、どうせ眠れないだろ」


「……はい」


「ここで起きていることについて話してやる。横になったまま聞いていろ」


「はい!」


 あきらかに彼女の意気込みが跳ねあがった。横にならずに正座している気配をかんじる。

 やる気だけは人一倍のようだ。


「まず横になれ。私の話を子守唄にして眠れるならそれもいい。仮眠も特務部には重要な任務だ。休むべき時に休めないのは褒められたことじゃない」


「はい」


 即座にばさりと蒲団をかぶって横になる気配があった。やはりどこまでも素直である。


「この旧街道周辺には、鬼火がでるという噂がある」


 鬼火の伝承や目撃情報は各地にある。人を土葬によって弔ったばあい、屍の腐敗と気候条件によって発光現象がおきる。

 墓地で火の玉をみた、鬼火がでたという話は自然現象なのだ。


 けれど、可畏(かい)のいう鬼火はそれらとは一線を画す。

 特務部が追うべき妖の証であり、鬼の痕跡や所在をしめすものだった。


「では、周辺に鬼がいるということですか?」


 葛葉からすぐに問いかけがあった。彼女も特務部のさす鬼火の意味は理解している。可畏(かい)は子守唄がわりに一方的に語るつもりだったが、やる気をみなぎらせている葛葉が黙って聞いているはずもない。


 仮眠をとらせることは諦めたほうがよいのかもしれないと、なかば諦めながら答える。


「潜伏していると踏んで、第三隊が周辺を調査しているが、なかなか手がかりがつかめない」


御門(みかど)様が呼ばれるということは、その鬼は今朝うかがった羅刹につながるのでしょうか」


「残念ながら、まだわからない」


「でも、第三隊には少将もいらっしゃいますし、餓鬼のような調伏がたやすい鬼ではないのでは?」


「この件でやっかいなのは、関わっている鬼がどの程度なのかもつかめないところだ。鬼火も噂だけが独り歩きをしていて、実際には誰も見たことがない。だが、その噂の延長に事件が起きている節がある」


「事件?」


「そうだ。鬼火を見たという者が、数日以内に亡くなっている。はじめは作り話かただの偶然だと思われていたようだが、頻繁に犠牲者が出て特務部も看過(かんか)できなくなった。今日も三人が亡くなったようだ」


 伝令で可畏(かい)の元に届いたのは、その報せだった。


「三人もですか? でも、それが鬼火と関係があるという確証はどこで? 遺体に何か特徴が?」


 葛葉の問いは的を得ていた。どうやら可畏(かい)が思っていたより根は聡明なようだ。


 鬼や(あやかし)が直接人に手をくだすことは(まれ)である。もし犠牲がでる場合、鬼や妖に憑かれた人間の憎悪による殺人か、憑かれた本人の自殺という形で現れる。


 死因はすぐに特定されるが、そこに妖の影があるかどうかはわかりにくい。


「この一連の事件がさらに複雑なのは、異形の気配があることだ」


「え?」


「遺体の損壊は人為的なものとは思えない。野犬や害獣の線も当たっているが、どうやら違うらしい。人を食い散らかす何かが在る」


「でも鬼火は妖を示すものですし、異形には人や妖のような知能はないと習いました」


「私のこれまでの経験でもそうだった」


「本当に異形を見た人はいないのですか?」


「そういう報告になっている」


 しんと室内に沈黙が満ちる。


「恐ろしいか?」


「いいえ! ただ、もしそれが事実なら、人の目をしのぶ異形がいるということになります」


「そうだな。討伐が困難になる」


 にわか隊員の彼女には難易度のたかい任務だが、彼女の能力をより顕現させるには本番あるのみなのだ。異能の発現とともに完全に力が開花するものは多いが、ときおり身の危険によってつよく発現する者があった。葛葉の場合はおろらく後者なのだろう。


「異形は昼夜を問わないが、妖は夜に動くものが多い。私たちは鬼火を追うために、夜にでる。だから、今は仮眠が重要だが……」


「そんなお話を聞いては、余計に眠れません」


 素直な反応だった。


「とにかく、いまは子守唄でも唱えて休め」


 日没からすでに半刻はすぎている。うとうとした頃には、鬼火を求めて動かねばならない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▶︎▶︎▶︎小説家になろうに登録していない場合でも下記からメッセージやスタンプを送れます。
執筆の励みになるので気軽にご利用ください!
▶︎Waveboxから応援する
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ