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羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第四章:心がまえ
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19:本陣だった屋敷

 葛葉(くずは)が伝令を受けた可畏(かい)(おもむ)いたのは、帝都から離れた神奈川だった。特務部の軍用馬車を乗りついで到着した頃には、街道が夕闇に染まっていた。


 山の端にわずかに日没の光がみえる。


 土のならされた路面は馬車が行き交うだけの道幅があるが、すでに人の気配もまばらで、帝都の中心街とは趣が異なっていた。


 すこし寂れた光景は、祖母と暮らしていた頃の記憶にかさなる。


 葛葉が馬車の窓から外を眺めている間も、可畏(かい)の元にはひっきりなしに鴉アゲハによる伝令が届いている。彼はそれに指示を返しているようだった。


「なにか珍しいものでも見えるのか?」


 ふいに背後から声をかけられて、葛葉はすぐに可畏(かい)を振りかえって姿勢をただす。


「祖母と住んでいた家を思いだしていただけです」


「ここから近いのか?」


「いいえ。私がいたのはもっと山奥でした」


 答えていると、街道の両脇にひしめくように並ぶ家屋の影が見えはじめた。ひっそりとした様子に見えるが、障子越しに灯りがみえる。

 外にでる者は少ないが、建ち並ぶ家の中には人の気配があった。


「着いたな」


 可畏(かい)が呟くと、ほどなくして馬車が停止する。彼に続いて車外へでると、瓦屋根のある立派な門をかまえた広い屋敷の前だった。


「ここは、いわゆる本陣だった屋敷だ」


「本陣?」


大旅籠(おおはたご)といった方がわかりやすいか? 大名や旗本などが江戸に向かうまでに利用する宿泊施設だった。今は廃止されて軍が買いとり、特務部の臨時施設として利用している」


「立派ですが、古いお屋敷ですね」


「そのうち洋館にでも建て替えられるかもな」


 二人で表門へすすむと、中から特務部の隊服をまとった者が現れて敬礼する。

 可畏(かい)と同じか少し年上くらいの、精悍な男性だった。


閣下(かっか)、遠路お疲れ様でした」


四方(しかた)か、ご苦労」


 答礼しながら、可畏(かい)が葛葉をうながして表門を入る。玉砂利の敷きつめられた敷地の真ん中に石畳の道があり、まっすぐに式台のある広い玄関へ続いている。


 可畏(かい)は玄関へ進みながら、四方という男性を振りかえった。


「現況について、だいたいのことは伝令で届いている。そして、伝えていたとおり、彼女が例の花嫁だ。基本的には私が警護について教育する。彼女の力を測る必要があるからな」


「承っております」


 四方という男性と目が合い、葛葉はこれまでの習慣で思わず目を逸らしそうになる。いけないと思い直して背筋を伸ばして敬礼すると、可畏(かい)が男性を紹介してくれた。


「葛葉、彼はこの周辺を調査している特務第三隊の四方少将だ」


「はい。四方少将、私は倉橋葛葉と申します。雑用でもなんでもやります。どうかご教授願います」


 少将であれば、相当な異能の使い手である。意気込んで自己紹介すると、四方は戸惑った顔をして可畏(かい)を見た。


「まさか、閣下の婚約者に雑用なんて……」


「彼女は深窓の令嬢ではないぞ。特務科で学んでいる私たちの後輩だ。どうやら早く隊員として一人前になりたいらしい。だから、過度な特別待遇は必要ない」


「了解しました」


 困惑した様子で、再び四方の視線が葛葉に戻ってくる。葛葉は深く頭をさげた。


「よろしくお願いします!」


 威勢よく声をはると、隣でふっと可畏(かい)が笑っている気配がした。






 本陣であった屋敷の中へ入ると、広い和室がつづいていた。本来であれば(ふすま)で細かく部屋割りができる造りのようだが、今は襖がとり外されて、広間のようになっている。


 椅子こそないが、大きな卓が陣どっていた。

 四方はいくつかの広間をぬけて、奥へと案内する。


「閣下と葛葉殿は、こちらでお休みください」


 他の部屋より一段高くなっている座敷は、開かれた(ふすま)御簾(みす)が取りつけてあった。左手には採光のとれる付書院があり、奥の床の間には掛け軸までかかっている。


 葛葉の目にも、いかにもお殿様が宿泊しますという雰囲気の部屋だった。


「なんだ、この部屋は」


 座敷を一瞥すると、可畏(かい)は呆れた目をして四方をみた。


「閣下がおいでになるということで、すこし整えてみました」


 四方は満足げだが、可畏(かい)は深くため息をつく。


「私に官僚のような接待をするなと、いつも言っているだろう」


「はい。ですが、今回は婚約者を同行されるというお話でしたので」


 四方と可畏(かい)の視線が葛葉に向けられる。


「え!? わたしと御門様は一緒のお部屋で(やす)むのですか?」


 御門家に嫁ぐと言っても、自分は異能をかわれただけの仮初の花嫁である。夫婦としての役割など微塵も考えていなかったのだ。


 突然の同衾(どうきん)など、葛葉には急展開すぎる。あたふたしていると、可畏(かい)が「心配するな」と座敷に背を向けた。


「私は板の間に雑魚寝(ざこね)でもかまわない。この部屋はおまえが使うといい」


「そんな! 大将をさしおいて一兵卒にもなりきれないわたしがこんなところで(やす)めません。わたしこそ雑魚寝いたします!」


「男ばかりの屋敷でか? 第三隊は女子隊ではないんだぞ。たしかにおまえはにわか隊員だが、同時に私の婚約者だ。ここでの寝室については特別扱いさせてもらう」


「でも……」


「私を海軍や陸軍の大将と一緒にするな。特務部は特殊な組織だ。大将が常に最前線にいるんだからな。特務科で習っただろう」


「はい」


 特務部の階級は率いる隊の大きさに比例せず、異能の強さに比例する。陸軍ならば中尉が率いる小隊ていどの規模であっても、少将や中将がついていた。


 異能が強いほど戦績もついてくるのだ。異形や妖という特殊な敵が相手では、軍の編成も通常とは異なる。


「でも、わたしなどに、こんな立派なお部屋はもったいな――」


「では私と一緒なら文句はないのか?」


「そ、そういう意味ではなく、もっと質素なお部屋があれば……」


「あたらしく部屋を見繕(みつくろ)うほうが面倒だ。あきらめろ」


「あ、では、御門様と同衾せず、横並びに二組の布団を敷いて寝むのはいかがでしょうか?」


 我ながら名案だと思ったが、目の前の二人は驚いたように葛葉を凝視している。


「――おまえ、まさか私と同衾すると考えていたのか?」


「え?」


 聞き返されて、ようやく葛葉はとんでもない誤解をしていたことに気づく。どうやらあらぬ連想を募らせていたのは、自分だけだったようだ。


「あ、わ、あ、わ、わたしは、その……」


 みるみる顔面が熱く茹で上がっていく。穴があったら、本気で隠れたい。


「み、御門様を相手にとんだ失礼を申し上げました! 婚約者という建前に、いったいどのようなことが含まれるのか理解しておらず、あ、いえ、御門様のような男性が、わたしのようなものに興味があるわけがないのは百も承知なのですが、わたしには上流階級のみなさまが当たり前にご存知な常識がないので、もしかしたらと勝手に考えてしまい、だから、そのまったく深い意味などはなく――」


 葛葉は怖くて可畏(かい)の顔が見られない。床に視線を泳がせながら、必死に弁明をこころみていると、可畏(かい)の隣にいる四方がぶはっと吹きだした。


「し、失礼しました。閣下、しかし……」


 詫びながらも彼は笑いを堪えきれないらしい。くくっと笑いがにじみだしている。


「閣下のそのようなお顔は、はじめて拝見しました」


 震える声で、四方が爆発しそうな笑いをがまんしているのが伝わってくる。自分が笑われていると思っていた葛葉は「え?」と床から可畏(かい)に視線をむけた。


「!?」


 あまりにも予想外の様子がとびこんできて、葛葉は目をむきそうになる。


「……おまえ」


 可畏(かい)は紅潮した顔を隠すように右手で口元をおおうと、視線をそらした。


「間抜けなことを言うな。私まで恥ずかしくなる」


「も、申し訳ございません」


 葛葉は謝ってみたものの、可畏(かい)の意外な様子に意識が釘付けになる。おこられて恐縮するどころか、きゅんとした場違いな気持ちがわきあがる。


「四方」


 彼は傍らで笑っている部下をみて「おまえもいい加減にしろ」と睨みをきかせているが、照れた様子ではまったく迫力がない。


(御門様って、じつはまったく恐ろしい人ではないのでは?)


 笑いをこらえて肩が震えている四方と同様に、葛葉はにやつきそうになる顔面を必死にひきしめて、塗りかえられていく可畏(かい)の人となりを思った。


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