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14:夜叉が憑く意味

「あ、いえ、あの、いくら御門(みかど)様といえど、天子様にそのような物言いは失礼なのではないかと……」


 ひそひそとした葛葉(くずは)の声が届いたのか、帝が笑いだす。


「案ずるな、花嫁。本来であれば、私の方が彼に(かしず)かねばならないのだ」


「陛下。今はそのような説明よりも、何かお話があるのでは?」


 可畏(かい)は帝が余計なことを言い出さないように、すぐに話題をそらす。ただでさえ葛葉は気遅れしているのだ。ここで自分の正体を明かすのは得策ではないだろう。


「そう急くな。おまえの花嫁には、色々と理解しておいてもらった方がいいだろう?」


「何事にも時期というものがあります」


 帝が肩透かしをくらったように片眉をあげる。遠回しに余計なことを言うなと示したのが伝わったようだった。


「ふむ。なるほど。おまえの魂胆はだいたい視えているが……」


「まず花嫁のことを教えてやるべきじゃな」


 帝の傍らから、玉藻(たまも)が耳打ちをしている。


可畏(かい)は花嫁が隠されていたことに憤慨しておるはずじゃ。花嫁も状況がまったくわかっておらぬ」


 どうやら婚約披露での一部始終が、彼らの耳にも入っているらしい。そうであれば、可畏(かい)があの場で強引に成したことへの答え合わせは済んでいるはずである。


「陛下、玉藻の言うことは正しいです。もし一連の成り行きに陛下が関わっていらっしゃるのであれば、どういうことなのかご教授いただければ幸いです」


「それは、もちろん説明するつもりだ。その前に、彼女に憑いているのは……」


「ああ。陛下はご存知ですか」


 可畏(かい)はふたたび葛葉に憑いている鬼を異能の炎であぶりだした。


「あっち!」


 ごろりと転げ出た少年が、キッと可畏(かい)を睨む。


「だから、熱いんだってば!」


「あぶりだしているのだから当然だ」


「この鬼! 人でなし!」


 金髪に赤い目をした少年――夜叉(やしゃ)は、葛葉の背後に身を隠すようにして、子犬が吠えるように悪態をついている。


「そもそも(くずは)に僕のことを餓鬼って紹介したでしょ! いくらなんでも餓鬼はないよ! ひどすぎるよ!」


「結果的には同じようなことになるのだから、餓鬼の方がわかりやすい」


「はぁ!?」


 目を剥く夜叉を見ていた玉藻が、堪えきれないと言いたげに笑う。


「まさか花嫁に憑いた鬼が夜叉とは……」


 くくくっと袖で口元をおさえて、玉藻が肩を震わせている。まるで背後に夜叉をかくまうような状態になっている葛葉は、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。


 何が起きているのか、さっぱり状況が読めないのだろう。


女子(おなご)なら、普通は般若(はんにゃ)真蛇(しんじゃ)が憑きそうなものじゃが、まさか夜叉とは……」


 玉藻にはよほどおかしかったのか、込み上げる笑いを収められないらしい。彼女があまりにも笑っているので、葛葉も怪訝に思ったのか口を開く。


「あの、そんなに変なのでしょうか?……あっ! 鬼が憑くこと自体が普通ではありませんが、その、あまりにも笑っておられるので」


 玉藻はひーひーと腹を抱えていたが、ようやくひとしきりの波が去ったのか葛葉を見た。


「いや、花嫁。夜叉が憑いたことは、可畏(かい)にとっては喜ぶべきことかもしれぬ」


 可畏(かい)にも玉藻の意図がはかれない。花嫁に鬼が憑くことを喜ぶはずなどないのだ。玉藻は含みのある眼差しで可畏(かい)を見る。


「夜叉が憑いたということは、花嫁はまだ女心を知らぬのじゃ。嫉妬に身を焦がすような想いも憎しみも、恋に患う気持ちも知らぬ。そうであろう? 花嫁」


「え? あ、はい」


「そなたは、まだ人を愛したことがない」


 玉藻の声に、葛葉は気圧されたように頷いた。


「はい、ありません」


 可畏(かい)は含みのある玉藻の視線の意味を理解する。彼女は楽しげに袖を振って勝ち誇ったように宣言した。


「良かったのぅ、可畏(かい)。花嫁には他に好いたモノはおらんようじゃ」


 どこまでも可畏(かい)の神経を逆撫でする声だった。帝も面白そうに可畏(かい)を見て微笑んでいる。

 じりじりと可畏(かい)の胸の底で焦げ付く苛立ちがあった。何もかもが癇に障る。


「玉藻、誤解されているようなのではっきりと言っておくが、私は花嫁に愛されようとは微塵も考えていない」


 羅刹の花嫁が特別であることは認める。

 けれど、決して流されることはない。


「私と花嫁の婚姻は、羅刹(らせつ)のための政略的なものであり、それ以上の意味はない」


 視界の端に葛葉の戸惑った顔がうつったが、可畏(かい)は込み上げた感情を即座に呑み込んだ。


「陛下、話の続きを」


「……わかった。続けよう」

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