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13:帝の御座所

 帝の結界の先へ進むと、同じような回廊が続いている。何かが変わったようには見えないが、唐衣(からぎぬ)をまとう女の背中が別次元であることを示していた。


「さっきの女性が!」


 葛葉(くずは)もふたたび彼女を見つけて、ぎょっとした声をあげている。京から遷都しても、帝の真の御座所(ござしょ)には変化がない。御所に参内しても、帝の使者の案内がなければ、可畏(かい)にも正確な位置は測りきれないのだ。


 先導する女の背を追うように、可畏(かい)は葛葉の手をひいて後につづく。廊は重なり、まるで騙し絵のように不可思議な道のりを示す。


「大丈夫か? 葛葉」


 目の錯覚かと思うような殿舎の光景である。繋いでいる彼女の手が汗に滲みはじめたのを感じて、可畏(かい)が目を向ける。葛葉が何かをいうより先に、前を歩いていた女が口元を袖でおさえ、ふふっと可笑しそうに笑った。


「そなたがそのように細やかに気を向けるとはな。やはり花嫁は特別であったか?」


 女の声には、興味とからかいの色が出ている。可畏(かい)の心境の変化を的確によんでいるのだ。指摘されるまでもなく自覚があったが、可畏(かい)は女に対して素直になれない。


 何も答えずにいると、女がふわりと見返った。唐衣に焚きしめた香の匂いが漂う。


「じゃが、花嫁を連れてあのような得体の知れぬ俥夫の人力車(くるま)に乗るなど、正気の沙汰とは思えぬな」


 やはりすべて見抜かれているらしい。可畏(かい)があらためて帝の千里眼を脅威に感じていると、葛葉が驚いたように可畏(かい)を仰ぐ。


御門(みかど)様、俥夫(しゃふ)って。あの異形の?」


「そうだ」


「では、あの俥夫は御門家のお抱えの方ではなかったのですか?」


 信じられないと言いたげに目を丸くしている葛葉に、女は先へと進みながら声をかけた。


「あれは、弱き異形(もの)の常套手段じゃ。ああやって人を誘う」


「そうだったのですか」


「それで可畏(かい)よ。どうであった?」


 わかりきった問いに、可畏(かい)は嘆息する。


「どうせ視えていたのでしょう?」


「夢見は完璧ではないからな。確かめておるのじゃ。羅刹(らせつ)は出たか」


「はい」


「痛ましいことじゃ」


 言葉とは裏腹に女の声は飄々としている。説明を求めるように可畏(かい)を見つめている葛葉に気づいて、女が名乗る。


「花嫁、(わらわ)玉藻(たまも)じゃ。可畏(かい)の……」


「玉藻」


 可畏(かい)は言葉を遮るように、わざと彼女の名をよんだ。


「無駄話はそのくらいにして、いい加減に帝の元へ通してください」


「無理を言うな。花嫁は初めてなのだぞ。この廊の長さは花嫁の戸惑いそのもの。心配せずとも、次からはそなたと同じ脈歩(みち)を使えるようになる」


「私はあなたの悪戯(いたずら)かと思っておりましたが」


「なんと、それはひどい濡れ衣じゃな」


「あなたの日頃の行いのせいです」


「はて? (わらわ)はまったく身に覚えがないぞ」


「物覚えが悪いだけでしょう」


「そなたは、相変わらず憎たらしいの」


 玉藻は気分を害することもなく、おかしそうに笑う。辺りに彼女の笑い声が響くと、入り組んだ騙し絵のような回廊が姿を消した。現れたのは絢爛たる帝の御座所である。


 開国前は座敷であったが、今は洋館の内装へと変貌していた。広い室内の奥には壇上があり、金色に縁取られた一脚の椅子が王座を形作っている。


「おや? 妾たちのやりとりで、花嫁の警戒心がゆるんだようじゃ」


 玉藻が葛葉に目を向けると、可畏(かい)の手を握る葛葉の小さな手にぎゅっと力がこもった。


「いえ、わたしは決して警戒していたわけではなく……。その、お二人が親しそうにお話をされていたので、すこし緊張がとけました」


 手に滲む汗はそのままに、葛葉が力強く自分の手をにぎりしめている。どうやらこの場では頼りにされているらしい。それだけで、可畏(かい)はふっと心が綻ぶのを感じた。


「花嫁は緊張しておったのか。無理もないな」


 玉藻は葛葉に美しく微笑んでから、ちらりと可畏(かい)を見る。


「では、可畏(かい)の戯言は花嫁への思いやりであったか?」


「そう思いたければ、どうぞご勝手に」


 言い当てられるのは癪にさわる。可畏(かい)が投げやりに応えると、玉藻は意味ありげに笑って玉座へ向かって袖を振った。


「陛下、花嫁が参ったぞ。可畏(かい)はすでに骨抜きにされておる」


 ひらりと唐衣をひらめかせ、玉藻がふわりと空中へ身を踊らせた。可畏(かい)が瞬きをするまもなく、彼女ははじめからそこに在ったかのように帝の傍らに控えている。


 玉藻の奔放さにため息をつきたくなったが、可畏(かい)は気を取り直して葛葉に目を向けた。


「葛葉、ようやく帝の御前だ」


「は、はい!」


 彼女の緊張を感じながら、手を引いてゆっくりと玉座のある壇上へと歩み寄る。


 肩章や徽章(きしょう)の華やかな黒い軍装をまとった壮年の紳士がこちらを見下ろしていた。可畏(かい)にとっては馴染みのある顔である。目が合う距離まで進むと、その場で敬礼した。


「陛下。特務部大将の御門(みかど)可畏(かい)、参りました。そして、彼女が婚約者の倉橋(くらはし)葛葉(くずは)です」


 可畏(かい)が紹介すると、葛葉があたふたと頭を下げる。


「天子様、倉橋葛葉と申します。この度は拝謁を賜り、ありがとうございます」


「二人とも、そう(かしこ)まるな。可畏(かい)、葛葉、急な呼び出しであったのに、よく参ったな」


 結界内で帝が許すのなら、何かを憚ることもない。可畏(かい)は敬礼をといて率直な感想を述べる。


「この島国で、陛下からの勅命を無視できる者はおりませんよ」


 皮肉げな言葉の響きに驚いたのか、葛葉が隣で「ひっ」と息を呑んでいる。


「なんだ? 葛葉」


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