「魔法少女22」
突然ですが、わたし琴谷勇希は魔法少女である。
自分で自分を「魔法」と紹介するのも気が引けるが、生憎それ以外の単語がない。
魔法少女の力を得るために契約した魔獣は、北欧の小さな悪魔として知られるクズリを猫ほどに小さくし、もう少し可愛らしくした感じの生き物で、もちろん人の言葉を話す。
わたしが魔獣のエンハンスと出会い、魔法少女となったのは十歳の時。小学五年生の夏だった。
当時のわたしは当然クズリという生き物を知らず、それ以前に魔獣なんて生命体がこの世に現存しているなど露とも知らなかった。そのために、通学路で倒れているエンハンスを衰弱した猫と勘違いし、家に連れ帰って手当てした。
今思い返せば、純粋さと無知ほど恐ろしいものはない。
純粋無垢だった時代が過ぎ、時間を重ねてやってきた今日という現在。
わたしは目の前で臨戦態勢に入った敵を見て、深々とため息を吐いた。
魔法少女とはいえ、普段から魔法少女をしているわけではない。必要ないときは変身(魔法少女特有のオンオフの仕方)を解き、一般の人となんら変わらない生活を送っていた。
オフの時、魔法少女は契約主である魔獣によって覚醒させられた魔力に蓋をし、厳重に封じている。だから、たとえそういう力を機敏に感じる輩がいたとしても、オフの魔法少女をそれと見破ることはできない。逆に、蓋を開け放った魔法少女は魔力を纏う(変身する)ことでオフの時の姿を隠す。オンとオフにメリハリをつけることで、世の中の魔法少女は身バレを防いでいるわけである。
だが、わたしに限っていえば、例えオフの状態でも見つかってしまうのだった。
「魔法少女? なんですか、それ?」
緑づくめの服、ど派手な装飾に特徴的な角。その姿は昼時のスクランブル交差点ではさぞ目立つことだろう。現に、通りすがりの大勢の視線が目の前の相手に釘付けだった。
相手はしらばっくれるわたしをビシリと指さし、必要ないのに大声を上げる。
「隠しても無駄だ! 我ら『緑の座椅子』はお前が魔法少女であることを突き止めている!」
「いや、困ります。よくわかりません」
周囲の視線が痛い。
できる事なら手柔らかに済ませたいところだけど、公共の場でわたしのことを「魔法少女」と呼んだ罪は大きい。これは相手を抹消しなければ気が済まない。そして、大勢の罪なき一般人の記憶が一部消去されることが、この男のせいで決定された。
もっとも、周囲の人々の記憶の改変は、敵が現れた時点で決まっていたことだけれど。
「ぜんぶ、あんたのせいだから」
「は?」
敵がまともな言葉を返す前に、わたしは指をはじいた。
「さようなら、名もない組織の名もない敵さん」
いわゆる指パッチンだけで敵は四散し、霧状になって空気に溶けて消えた。そのついでにわたしと敵のやり取りを、特に敵の言葉をしっかり聞いた一般人から記憶を抜き取る。
「あー! 君ってばまた変身もせずに魔法を使ってー!」
何事もなかったかのように歩き出し、信号が変わる前に無事横断歩道を渡り終えたわたしの肩に、どこからともなく現れたエンハンスが飛び乗った。
「素の姿で魔法使われちゃ、僕がいる意味が分からないよー」
「うるさい。あんな恥ずかしい格好できるわけないじゃん」
昼食のために溢れ出た社会人の波に乗って歩きつつ、わたしは鞄からスマホを取り出しメッセージアプリを起動させた。少し見ない間に、メッセージが数十件も溜まっている。
「はぁ、めんどくさい。このグループ抜けてもいいかな?」
「でも確か、それ君のサークルのグループだろー?」
一つ一つは短いが、延々と続く大量のやり取りを読む気にはなれず、わたしは速やかにスマホを鞄に戻した。
「もうやめようかなって思ってる」
「もう!? 早すぎやしないかー?」
「別にいいでしょ。エンハンスには関係ない話よ」
「大いに関係あるね。勇希は僕の魔法少女だよー? 君の幸せは僕の幸せさー」
「だったら、さっさと解約してよ」
「ヤダ。君は僕の魔法少女だよー」
わたしは足を止め、肩に絡みつくようにしているエンハンスの首根っこを掴んで引っぺがした。
「あのね、わたしの一体どこが『少女』なの!?」
人の往来など気にせず、わたしは眼前でぶら下げたエンハンスに怒鳴った。エンハンスは鋭い爪が伸びる指を一本立て、何か言いたそうに口を開いたが、彼が言葉を並べる前にさらに低い声で唸る。
「わたしの歳を言おうか? わたし、今年で二十二歳よ? に・じゅ・う・に・さ・い!」
「まだまだピチピチの若人じゃないかー」
「少女の域は脱してるっての!」
道路脇のツツジの茂みにエンハンスを叩きつけ、吠える。
「もう少女じゃないよ! 二十二歳をどうして少女と言えようか! もはやおばさんだよ! 徹夜できなくなったし意味もなく早起きになりつつあるし、健康診断の結果が怖くて健康的な食事を心がけてるし!」
「そ、それは勇希の生活習慣方次第じゃないかなぁー」
「うっさい! あんたがさっさと解約してくれないせいで、成人の魔法少女として名前も顔もバレバレなんだから!」
「でも君ほどの魔法少女なら、一瞬で遠くの山奥へ飛ばせるだろう?」
つい先ほど、緑の座椅子という組織の男に使った魔法を指摘され、わたしは一瞬だけ息を詰まらせた。確かに、並大抵の敵は指一本で追い払える。
「そりゃ、そうだけど!」
「じゃあ、良いじゃないかー。君にとってはどんな相手も、足元にいるアリくらいのものなんだしー」
ツツジの茂みから這い出てきて鞄の中に潜り込んだエンハンスは、爪に引っかかった葉を吹き飛ばし、葉の影から出てきたアリを簡単に潰した。
「それにー、この日本には君以外に魔法少女が三人しかいないんだからー、威嚇のためにもやめてもらっちゃ困るんだよー」
「……いや、新しい『少女』を見つければいいだけでしょ」
大学の講義に遅刻するわけにもいかないので、大学へ向かう足を再び動かし始める。
小学五年生の時から始まったわたしの魔法少女ライフは、今年で十二年目を迎える。わたしが初めてエンハンスに解約を求めたのは十五歳のとき。高校入学を期に魔法少女を卒業しようと思った。というのも、高校生にもなれば、少女の域を脱するだろうと確信していたのだ。だから承諾されることを前提に、エンハンスに解約のことを話すと、すさまじい形相で断られた。それからズルズルと辞める辞めないの攻防が続き、今日まで来たのだった。
歩きながら鞄の中で腹を向けて横たわるエンハンスを睨むが、長年の付き合いもあって、彼はわたしの殺気の籠った睨みも簡単に受け流してしまう。
「大学の横に小学校あるから、今からでも新しい女の子と契約してきなよ」
「君に匹敵する潜在能力をもった女の子がいたら、ねー」
「そればっかり」
「だってそうじゃないかー。勇希ほど強力な魔法少女は存在しないよー。確実に、勇希は魔法少女史上最強の魔法少女なんだからー」
「どんな強者にも引退という言葉が付いて回るものだよ」
そういえば、昨夜のニュースで有名水泳選手が引退を決意したことが伝えられていたな、と頭の片隅で思い出していると、エンハンスがこともなげに爆弾発言をかましてくれた。
「君ほどの魔法少女なら、不老不死も夢じゃないよー。ていうか、君の意思次第で今すぐにでも実現可能さー」
「はぁ?」
「第一、魔法使用者の最大の難所と呼ばれる死者の蘇生だって可能だからねー。もちろん、現代社会において死者の蘇生はタブーなわけだけどー」
そう言うエンハンスの頭を遠慮なく鷲掴み、鞄から引きずり出し路上に捨てた。不老不死! 死者の蘇生! 冗談じゃない!
身をよじり華麗に着地したエンハンスはすかさずわたしの肩に跳び乗ろうと駆けてくるが、わたしは魔獣にも有効なバリアを張ってエンハンスを拒んだ。エンハンスはバリアに気付かずまともに顔面を強打し、ひっくり返って悶絶している。わたしを魔法少女たらしめている魔獣すら欺く魔法は、高い魔力と長年培ってきた技術の賜物だ。
「しばらく近づかないで」
「き、君ねぇー。変身しないで魔法を使わないでって言ってるじゃんー」
しかも力の根源である魔獣に対して! とエンハンスはひっくり返った場所で地団太を踏んで喚いているが、わたしの知ったことではない。
大股でズンズンと道を歩いていくわたしを、エンハンスは追いかけてこなかった。
「頭きた! おこだよ、おこ! 激おこだ!」
これがわたし、哀れな年増の魔法少女、琴谷勇希の日常である。
いざ22歳を過ぎてしまえば、22歳なんてまだまだ若いし少女の域に収まると感じますが、当事者にとって今の年齢が一番年取った自分であるのです。