甲斐拳人と池本純也……其の3
甲斐はどうなるのか……まだまだ先は有ります……
池本が亡くなった後、それぞれのジムは大変であった。川上ボクシングジムは池本の在籍していたジムであり、池本が現役として最後まで戦い抜いたジムである。当然、石谷トレーナーや川上会長の落胆ぶりは用意に想像出来る。
SKT拳王ボクシングジムも似たり寄ったりである。篠原会長は川上ジムでトレーナーとして、色々と池本と絡んで来た。喜多や手塚は池本に憧れ、その背中を目指して一緒にボクシングに没頭していた。どちらも落ち込む様に静かになるのは仕方のない事である。
しかし、この2つのジムにはそれぞれ、将士と哲男が居た。この2人にも池本は影響を与えていた様であるが、だからこそ、この2人は今の状況が納得いかない。場所こそ違え、2人はそれぞれのジムで大声を張り上げた。
「「池本さんの意思を引き継ぐ事が大切でしょう?今の状況、池本さんに胸張って語れますか?」」
池本との付き合いが1番短い2人に言われ、それぞれのジムには熱気が戻っていった。
問題なのは西田拳闘会である。
西田会長は池本の進めと池本の援助があり会長としてやっている。徳井は喜多と手塚と同じ様に池本に憧れその背中を追って来たのだが、その拘りは喜多と手塚の比じゃない。引退試合を川上ジムで非公式で池本とやったと言えば、何となく想像は付くのではないだろうか。
そして、1番の問題の甲斐拳人である。池本の最後の姿を誰よりも近くで見、その責任を誰よりも感じていた。だからなのか、西田拳闘会は暫く静かではあった。
「……どうしてこんなになってんだ?これでいいのか?」
言葉を発したのは西田会長である。
「徳井、これでいいのか?」
「……あんたには分かんねぇよ」
「馬鹿なのか?お前、本当に俺より馬鹿なのか?」
「うるせぇな、黙れよ!」
「黙れるか、この大馬鹿野郎!お前は池本の拳を引き継いで、今度はその拳を甲斐に渡すのが役目だろ?何でそんなに無責任なんだよ!池本が命を賭けて守った男を、どうしてお前が強くしようとしない?お前にとって、池本はその程度の男だったのか?」
「……黙れ!クソ馬鹿!」
「クソで結構、馬鹿で結構。池本の意思を引き継げない腰抜けよりは、俺は大分マシだ!」
「……分かってるよ!俺はやる為に、今は精神統一してるだけなんだよ!馬鹿のお前に言われなくたって、俺が池本さんが後悔するくらいに強いボクサーを作って行く!甲斐にもしっかりと拳を引き継がせる!」
「言ったな?その言葉、飲み込むなよ?」
「飲み込まねぇよ、俺は池本さんの拳を引き継いだ男だ!」
どうやら、西田会長はなかなかしっかりしていた様である。
「……これで、俺はまた、馬鹿が出来るって物だ」
……前言撤回である。
西田拳闘会の雰囲気は元に戻る。落ち込んでいた佐伯も、少しずつ回復傾向にはある。
しかし、甲斐がいつもと違う。
確かに、甲斐は練習にはストイックである。それこそ、ボクシング修行僧といった言葉が似合うくらいである。それでも、何処か人間臭い所が有り佐伯や徳井とのやり取りは笑える事が有ったのだが、今は全く違う。誰もが話し掛ける事が出来ないくらい、切羽詰まった様な異様な空気を出している。
「おい、拳人」
「話し掛けるな。俺は強くなる事で手一杯だ」
佐伯の言葉にも、返答する事は無くなっていた。
そんな毎日ではあるが、甲斐の戦績は揺るぎない物となっていた。試合の間隔を狭め年に5試合を行ったのだが、どれもが3ラウンド以内の決着となっている。中でも、ライト級の4団体統一タイトルマッチでは、WBC·WBOの統一チャンピオンを僅か1分12秒でKOするという離れ業をやってのけた。その強さは最早無双、そんな事さえ感じる。ただ、甲斐は休む事をしない。試合の次の日でさえ、当たり前の様にジムワークをする。いいのか悪いのか、判断に苦しむ所である。
そんな甲斐がいつも通り、ロードワークに出て行った。会長室から西田会長が表れる。
「参ったな~……徳井、どうする?」
「どうしたんすか?」
「甲斐の対戦相手、誰も居ねぇのよ……」
「あれだけ圧倒的ならな~……」
「どうしたんすか、2人共?」
「佐伯……甲斐の対戦相手が居ないんだよ」
「流石に、このうすら馬鹿もお手上げみたいでな」
佐伯は大きく深呼吸をした。
「1つ質問ですけど、今の拳人はどう思いますか?」
「……楽しそうではないよな」
「西田さんが感じるなら、誰もが思ってますね。少なくとも、池本さんが教えてくれたボクシングじゃない」
「……ですよね……池本さんとの約束、守る時かな」
「池本との約束?」
「どういう事だ?」
「大分前に、池本さんに言われたんです。拳人を止めるなら俺だってね……そして、拳人に何か有るとすれば、原因は池本さん自身だともね」
「……どうやって止める?」
「あいつの土俵でやってやりますよ!」
「……お前が壊れるかもだぞ?」
「覚悟の上ですよ」
「待て!徳井、佐伯は現役引退してるんだ。間違いが起こるぞ」
「珍しく、正しい意見だ。どうする、佐伯?」
「俺は止まりませんよ。全身全霊を賭けて、俺のするべき事をする!俺もこれでも、池本さんの弟子ですからね!」
「……しょうがねぇ、付き合ってやるよ!」
「……危なくなったら、俺が止めるからな!」
そんな話をしていると、甲斐がロードワークから帰って来た。
「拳人、試合する奴が居ねぇんだってさ?」
「……腰抜け揃いだな」
「そうだよな~、こんな弱い奴にな?」
「……死にたいのか?」
「出来ねぇよ、お前じゃな」
「試してやろうか?」
「無理するなよ、弱虫君!」
「……上がれ、すぐに分からせてやる」
「いや、やるのは3カ月後だ!そこで、お前に分からせてやるよ」
「フン、逃げるなよ」
「お前がな」
「……悪いな、俺は佐伯に付き合うよ」
「どうぞ。俺は1人で充分なんで」
どうやら、佐伯と甲斐が戦う事となった様である。とはいえ、佐伯は引退しているので非公式という事にはなる。徳井は佐伯に付き合う事となったのだが、現役を引退して数年が経っている佐伯に今の甲斐はかなり厳しい。それでも佐伯は、甲斐の前に全身全霊で立ちはだかる。この佐伯の想い、甲斐には伝わるのだろうか。
佐伯、決死の戦い……どうなる?