特別読み切り……甲斐拳人と池本純也……其の1
将士と哲男にも影響のある2人の話。
色々と有ります。
1ラウンド1分過ぎ、甲斐の左ストレートがカウンター気味にヒットし、そのまま相手は大の字で倒れた。レフェリーはカウントを数える事もなく、そのまま両腕を何度も交差させる。
1ラウンド1分15秒、甲斐は見事にKOでライト級の世界タイトルを見事に防衛した。
インタビュアーの事を無視する様に、甲斐はリングを降りて控え室に戻る。控え室での甲斐の表情は納得がいっていない様子である。
「完勝だったな?」
控え室に入って声を掛けて来たのは池本である。
「……あれでですか?」
「……佐伯、この不貞腐れ無道はどうしたんだ?」
「池本さ~ん、いつもこうですよ~……たまには、笑顔でいいじゃないっすかね~?」
「納得出来ねぇんだから、しょうがねぇんだよ!」
「まぁ、いつも通りならいいのかもだが……後ろのホクホク顔はどうにかならんのか?」
「俺の事か、池本?」
「お前以外に誰が居る?馬鹿西田」
「馬鹿とは失礼だな~。俺には経営の才能が有る!馬鹿と言った事を後悔するぞ?」
「何故に才能が有ると思ってんだ?」
「甲斐がしっかり防衛すると思って、その後のCMをしっかりと受けてんだ!どうだ、凄いだろ?」
「……言葉が見付からんな……」
「おわ!この馬鹿、賭け事してがる!」
「徳井、勝手に俺の携帯を見るなよ!」
「この馬鹿!ジム生相手に賭け事してんじゃねぇ!」
「……時に西田、賭けは勝ったのか?」
「おうよ!1ラウンドKOで俺の1人勝ち!20万円の儲けだ!」
「……徳井、この馬鹿の財布を没収しとけ。金はジム生に全部返して、残る分で飯に行くぞ」
「それいいっすね!」
「俺も賛成!拳人、行くぞ」
「まぁ、それなら参加しますよ」
「待て!どうして誰も止めない?」
『止める訳ねぇだろ、この馬鹿!』
世界タイトルマッチよりも、困った事の起こる西田拳闘会である。結局、本日は西田会長の奢りで夕飯となる。
夕飯の後、試合後という事で甲斐を送って行った佐伯と池本。その帰り、佐伯は池本と公園のベンチに座っていた。佐伯が自販機でジュースを買い、池本に渡している。
「どうしたんだ?」
「少し、心配な事が有りまして……」
「甲斐の事か?特に何もないだろ?」
「いや……色々と思うんですよ……拳人は強いんですけど、周りが追い付かない。孤高の存在になるというか……」
「いつか、間違った道に進むかもと?」
「はい……ボクシング以外、結構無頓着だし……」
「大丈夫だとは思うが、その時はお前が止めるんだろ?」
「俺ですか?」
「そうだよ。お前が居るから、俺は安心なんだ。甲斐は道を踏み外さない。お前が居る。踏み外したら、お前はきっと全身全霊で戻してくれる。それは言い切れる。だから……俺は安心して、アメリカで楽しくしてるのさ」
「……プレッシャーですよ!」
「慣れてるだろ?甲斐よりも、それはお前の方が慣れてる」
「……俺に止められますか?」
「お前しか、止められねぇよ」
「池本さんは?」
「……道を踏み外すなら、俺の事さ。だから、お前しか居ねぇんだよ」
「……無いとは思いますが、その時は何とかします」
「おう、よろしくな」
何となく不思議な会話である。世界チャンピオンである甲斐が道を踏み外すとは思えないが、それでも未来は不透明である。そんな心配を2人はしている様である。
そんな2人の会話から数年、佐伯も池本もそんな会話が有った事すら忘れている様なある日である。
「甲斐、試合決まったぞ」
「西田会長、弱い奴は嫌ですよ!」
「大丈夫だと思うぞ。IBFのチャンピオンだから……統一戦だ」
「……意外と、まともな試合ですね?」
「いつもまともだ!」
「まぁ、いつも通り頑張りますよ……昴、ロード付き合え!」
甲斐は佐伯を引き連れ、ロードワークに出掛けた。
この試合だが、試合会場が二転三転した。甲斐は世界的にも有名となっており、興行が見込める為に色々な会場が名乗りを上げた。結果として、ラスベガスのMGMが会場となり、そのメインイベントでの試合となった。
「別に、何処でやっても変わりませんよ。俺はただ、しっかりと勝つだけなんでね」
試合会場が決まった時の甲斐の言葉である。特にやる事は変わらない。いつも通り、勝つ事だけに邁進するという強い意思が感じられる。
この試合が決まってから、甲斐の練習が特段変わったという事は無い。ロードワークから始まり、佐伯が付きっきりでスパーリング等をこなす。現役を引退しているとはいえ、佐伯は練習を続ける為にスパーリングパートナーをしっかりとこなしている。
断っておくが、甲斐のスパーリングパートナーは大変である。甲斐はそもそも、上手く手を抜けない。その為にスパーリングパートナーをKOしてしまうという事はざらである。その相手をする佐伯、やはりただ者ではない。池本が認めているだけはある。
そんな毎日を過ごし、減量も乗り越えた甲斐。2週間前にはラスベガスに行き、試合に向けて最後の調整をする。ここでも、用意したスパーリングパートナーをKOしてしまい、結局は佐伯がパートナーを努める事となった。試合前日の計量も甲斐はしっかりとパスし、準備万端という感じである。
本来なら、後は試合をするだけという所である。あくまでも、本来ならではある。しかし、一寸過ぎたら闇である。どんな事が待ち受けているのかは、誰も知るよしがない。
何が待っているのか……




