強くなれ!
さて、物語はまだまだ続きます。
将士と哲男の試合が終わり、その後のボクシング界は大きく動き出す。
隆明はバンダム級に階級を上げ、すぐに日本ランクに入った。隆明と哲男の試合が近々組まれるのかとも思ったのだが、哲男はすぐに日本タイトルを返上する。更に上を虎視眈々と狙っている様である。
もう1人、昇龍の事を忘れてはならない。しっかりと勝ち星を重ね、こちらもバンダム級の日本ランクに入った。なかなか、熱い階級となっている。
将士はというと、遅れを取る訳がない。しっかりと実績を積み、こちらも順調である。ただし、他のボクサーと違う事といえば、タイトルマッチに拘っていない。哲男が日本タイトルを返上した事に当たり、将士はそのまま東洋太平洋を哲男と共に狙う形となった。
そんな熱を帯びたボクシング界を更に熱くさせる事が起きた。その張本人は甲斐拳人である。甲斐はオリンピックで金メダルを獲得し、そのままプロボクシングの世界に戻って来た。その功績から異例とも言える復帰第1戦目がライト級の世界タイトルマッチといえば、その熱さが分かるのではないだろうか。
そのタイトルマッチだが、これを甲斐は4ラウンドKOという素晴らしい答えで解答した。今や、甲斐は世界で最も優れたボクサーの1人と言える。
熱い時期の拳王ジム、本日も例に漏れず、厳しい練習をしていた。
「おら将士、それで終わりかよ?」
「弱い弱い弱い!負ける試合するのか?」
手塚と喜多の激しい激が飛ぶ。
その言葉に反応する様に、将士は強いパンチを繰り出していく。将士もしっかりとボクサーらしくなっている。
「チワ~ッス、三河屋です!」
「……そんなゴツい三河屋、怖いよね」
篠原会長に冷静に突っ込まれたのは、池本である。どうやら、アメリカから日本に来ている様である。
「どうしたの?仕事失くした?」
「篠原さん、それは無いっすよ!俺、そこの2人と違って優秀ですから」
「「ちょっと、池本さん?」」
「いやいや、2人も頑張ってるよ」
「頑張ってもね~、元が西田と変わらないでしょ?」
「酷ぇっすよ!」
「あの馬鹿とは絶対違いますからね!あれは、地球上の生物じゃない!」
「一理有るね……西田君、馬鹿が増してるもんね」
「か~、篠原さんにまでダメ出しされてんのかよ~……ラリオスも、西田については馬鹿って言ってたしな~……」
「万国共通!」
「あの会長は馬鹿なんすよ!」
「うんうん、納得」
西田会長については、みんな馬鹿で納得らしい。
「あの~池本さん、聞いてもいいですか?」
「何だね達也?」
「……久しぶりにそのボケ聞きましたね……何時まで言うんですか?」
「喜多と手塚が利口になるまでかな?」
「しゃあ……一生無理ですね」
「「将士!」」
「あちゃ~、教え子にもバレてんのか~」
「バレてねぇっすよ!」
「そう!馬鹿は手塚だけ!」
「お前だけだろ、へなちょこ猛!」
「顔面凶器勝也うるせぇ!」
「やんのかコラ?」
「潰してやるよ!」
「……池本君と将士君が馬鹿って言うだけあるね~……成長しなさい……時に、将士君の聞きたい事とは?」
「それなんですけど……どうすれば、周りは静かになりますか?」
「周りが静か?」
「はい……色々うるさくて……特に、記者達が……」
「言わせとけはいいじゃん」
「いや、それでも気になるし……意外に的を得てる時も有るっていうか……」
「……強くなれはいいのさ。強くなって、しっかり結果を出す。周りは何も言えやしねぇ」
「……出来ますかね?」
「出来るかどうかじゃねぇな、やるかやらないかだよ。この世界で生き残るなら、やるしか道はねぇ。いいか、やらなきゃ生き残れねぇんだよ。それだけ、ただそれだけだ」
「やるかやらないかか……よし、ならやるしかないか!」
「そうだ、その粋だ。中台、強くなれ!誰もが何も言えないくらい、ただただ強くなれ!いいな?」
「はい、約束します!」
「いいか、出した言葉は飲み込めねぇんだ?大丈夫か?」
「池本さん年ですか?飲み込むつもりはありませんよ!」
将士は池本を真っ直ぐ見る。
「いい返事だ。それでいい。それを忘れるなよ?」
「はい!」
「そこのトレーナーもどきも忘れなかったんだからな」
「はい!」
「よし……さて、俺は失礼しますかね」
「池本君、用事は何?」
「特には……まぁ、篠原さんの楽しみを少し手伝いたくなって……かな?まぁ、少しお節介がしたかったんすよ」
池本は笑顔で、拳王ジムを出て行った。
「いい所をいつも持ってくんだよな~……」
「しかし、言葉の重みが違う……認めるしかねぇんだよな~……」
「2人共、ぼやかないぼやかない。さぁ、練習の続き」
「「は~い」」
「あの、篠原会長」
「何?」
「池本さんは、周りはうるさくなかったんですか?」
「うるさかったよ。あのスタイルじゃ、世界は無理!ってね?」
「本当ですか?」
「本当さ。池本君は、それを自分の拳で黙らせて来た。元々、ボクシングをやった事も無かったしね。そんな池本君だから、将士君の事が気になったんじゃないかな?」
「……しっかりと黙らせます」
「そうだね、それがいい」
将士は池本より、大切な事を教わった様である。
熱い日が流れるなか、事件は起きた。詳しくはそのうち書く事になると思うが、池本が刺されたのである。時は甲斐の世界タイトルマッチの後、その会場で1人の男に刺され、帰らぬ人となった。
池本が亡くなり甲斐はその責任を感じて、暫くして引退してしまった。将士の頭の中には、
「強くなれ!」
と言っていた池本の言葉が、何度も巡っていた。
思わぬ事は、起きてしまう物……




