激闘の結果!?
遂に決着か?
どちらに軍配が?
9ラウンド……
リング中央で右拳を軽く当てる2人、そのまますぐに2人は動き出す。
将士は頭を振って前に出る。先に先に、自分から手を出していく。将士はここに来てもしっかりと動けている。充分に練習が出来ており、しっかりと血肉になっている証拠である。
対する哲男だが、こちらの足もしっかりと動いている。将士と距離を取り、しっかりとアウトボクシングをしている。こちらも、これまでの事が今の状況から見て取れる。
追う将士と距離を取る哲男、構図は今までと変わりないがここまでの事を考慮すると、お互いに決定打が無い。
将士は、スマッシュを防がれただけでなく哲男からもスマッシュを打たれている。将士から見れば、哲男はスマッシュ対策をしっかり出来ていると思っているだろう。
哲男の方だが、こちらも攻める手立てが無い。スマッシュからオーバーハンドブローと繋げたが、将士はこれを初見で防いでいる。この試合でクリーンヒットするとは思っていないだろう。
詰まる所、2人のこれまでが勝負を分ける事になるという事である。
このラウンドは、一進一退の攻防が続く。将士は哲男のパンチを貰いながらも、全く引かずに攻めていく。その姿勢は今までよりも強固であり、そこに将士の強さが見えている。
対する哲男だが、将士のパンチが当たっても冷静に対処し、無理に打ち合いをしない。時に打ち合いは有るのだが、タイミング良くパンチを当てるとすぐに距離を置く。哲男の強さも垣間見られる。
残り2ラウンド、ここでのポイントが大切だと2人共によく分かっている。
将士が哲男の左ジャブを掻い潜り、すぐに哲男は将士に向かって右フックを返す。そのフックを将士は更に掻い潜った所でラウンド終了のゴングが鳴った。
赤コーナー……
「何か狙ってたな?」
「確かに……まぁ、出たとこ勝負っすよ!」
哲男の目が鋭く光る。どうやら、最終ラウンドに備え、更に気合いを入れた様である。
青コーナー……
「もう一歩だね?」
「まぁ……チャンスは必ず来ます!決めてやりますよ!」
「その粋だね」
「……俺達の出番は無いな……」
「篠原さん、優秀だよな?」
喜多と手塚は篠原会長を改めて見直していた。将士は哲男を真っ直ぐに見て、もう1度気合いを入れ直していた。
10ラウンド……
開始のゴングと同時に、2人はリング中央に歩み寄り、お互いの右拳を強めにぶつけた。
(将士、改めて尊敬する。最後は俺が勝つけどな!)
(哲男君、流石だよ。でも、超える!)
2人は胸に強く思いを描き、最終ラウンド開始となる。
将士も哲男も変わらない。自分のボクシングを貫き、自分のスタイルで戦っている。前に出る将士、かわしながら攻撃を仕掛ける哲男、最後までこの構図の様である。
かなり激しい試合なのだが、壮絶には見えない。何処か、仲の良い親友同士が力の限り遊んでいる。そんな遠い昔の記憶に通じる様な、そんな雰囲気の有る試合となっている。観客は、どちらを応援するという事をしなくなり、じっと試合を見ていた。
1分が過ぎた頃、哲男が足を滑らせた。ほんの一瞬の出来事だが、これを将士は見逃さなかった。すぐに距離を詰めてラッシュを掛けていく。このタイミングでのラッシュ、将士の準備はしっかりしていたと再確認出来る。
哲男はしっかりとガードするのだが、将士の連打が終わらないと確認すると、将士に応戦する様に手を出し始める。ここに来てのポイントを失う怖さを分かっている様である。
しかし、ここはインファイトである。少しずつだが、将士が前に出て来た。そのままコーナーに将士が力尽くで押し込んでいくのだが、ここで将士がバランスを崩す。今度は将士が足を滑らせたのだ。
刹那、哲男は左フックを将士に引っ掛け、身体を入れ替えた。将士がコーナーを背負う形となる。そのまま、哲男は将士に攻撃を仕掛けていく。
将士は身体を入れ替えられた時、反応が僅かに遅れた。その分だけ反撃が遅れ、哲男の最初のパンチをクリーンヒットされてしまう。
手応えの有った哲男、そのまま攻撃が加速していく。
一方の将士だが、頭を振ってパンチを返していく。将士もまだまだ諦めていない。
お互いのパンチが交錯していくなか、哲男が左アッパーを出した。哲男は余りアッパーを使わないボクサーであり、だからこそスマッシュに将士の反応が遅れたのである。それをこの接近戦で出した。当然、将士は反応しきれていない。将士の頭が縦に揺れ、腰が少し落ちた。
哲男はここぞと一気に攻め様とした。
「行くな!!」
石谷トレーナーの大声が響き渡る。
この時、観客が試合に見惚れて静かだった事、哲男のセコンドが石谷トレーナーであった事、何より手塚が近くに居た事等の幾つかの要因が挙げられはするのだが、ここは戦っている本人達を素直に褒めるべきだろう。
石谷トレーナーの声が聞こえた哲男は一瞬冷静になった。その時に将士と視線が合う。将士の目が確かに生きているのを確認し哲男がやばいと思った瞬間、将士はその少し沈んだ体勢から伸び切る様に左フックを出した。手塚の必殺ブローのガゼルパンチである。
将士の攻撃を悟った哲男、両腕をしっかりと上げてガードを固める。本来なら、スマッシュを警戒しているのかもしれない。しかし、哲男は将士との付き合いが長く、その上で手塚とも信仰がある。咄嗟に守ったのは、縦のパンチではなく横のパンチである。それは、哲男の本能だったのかもしれない。
ガード越しとはいえ、ガゼルパンチは哲男に当たる。哲男は後方に2・3m飛ばされた。このまま将士は前に出ようとするが、少し足がもつれる。ダメージが蓄積されているのである。
対する哲男だが、こちらも応戦しようとするが動きが鈍い。こちらにもダメージは残っている。
それでも2人は距離を詰め、最後の力で攻撃を仕掛ける。2人の右フックが相打ちになった時にゴングが鳴った。試合終了である。
ゴングが鳴ると、2人は軽く左手をぶつけて各コーナーに戻って行く。グローブを外した2人はリング中央に歩いて来る。レフェリーを間に挟み、2人は並んで立つ。すぐにアナウンスが入る。
[集計結果を発表します。ジャッジ河本、96-94赤菅原。ジャッジ八嶋、96-94青中台。ジャッジ若松、95-95ドロー。以上を持ちまして、1-1のドロー]
アナウンスが流れると、客席からは割れんばかりの拍手が送られた。リング上では、レフェリーは2人の手を挙げていた。
(よくやったよ、2人共)
将士と哲男はキョロキョロと周りを見回している。その視線がぶつかる。
「……聞こえたか?」
「うん。どうやら、僕達だけに聞こえたみたいだね?」
「その様だ……将士、またリングで会おうな?」
「勿論!今度は僕がKOするからね!」
「ぬかせ!俺のKOだ!」
将士と哲男はしっかりと握手をした。終わると、哲男の腰には日本チャンピオンのベルトが巻かれた。それを見た将士、そのままリングを降りて行った。
将士がリングを降りるのを確認した哲男、すぐにリングを降りて行ってしまった。本日のインタビューは無しである。
それでも観客は満足した様であり、みんながとても良い表情で会場から出て行く。それだけ、本日の試合は素晴らしかったという事である。
2人の対戦は、今の所引き分けの様である。
ここまでは引き分け。
ここから、どんな成長を見せてくれるのか?
……私の仕事は、どうなるのか?……今の所、部署を飛ばされる事だけ分かってます……いや〜な世の中になったな〜……




