今の己をぶつけるだけ!
なかなか仕事が収まりません……
うちはブラックだ!
2ラウンド……
将士と哲男はリング中央で拳をぶつけると、すぐに動き出す。
哲男はバックステップをし、左ジャブから1ラウンドよりも速いスピードでサークリングを開始する。ちょっとやそっとじゃ追い着けない、そんなスピードである。
対する将士だが、哲男のバックステップに合わせる様に前に踏み込んでいく。哲男のジャブを掻い潜り、前に前に出て行く。確かに哲男の方がスピードは有るのだが、それでも将士は哲男に喰らいついていく。
このからくりは、実はそんなに難しくない。サークリングで円の動きをする哲男に対し、哲男に向かって一直線に動く将士。そこには確かに、哲男の動きや考えを読み取る事が前提とされるのだが、高校の頃よりいつも一緒の2人である。将士には、どんな事よりも簡単なのかもしれない。
スピードでアドバンテージを取れない哲男だが、それで攻略出来るボクサーなら、きっと川上会長も石谷トレーナーも面倒を見ないだろう。自分の武器が通用しない事は上に行けば当たり前である。それでも哲男を見込んでいる。それが哲男である。
哲男はパンチを振り切らず、細かく打つ様に趣向を変えた。確かに大きなダメージは与えられないかもしれないが、将士の距離で将士に支配はされない。その上で、すぐに距離を取って自分の距離で攻撃を仕掛ける。見事な動きと作戦であり、それをこなす哲男の成長も素晴らしい。
将士は距離が詰まっても哲男を捉える事が出来ない。自分のパンチはガードされ、反撃に細かいパンチを叩き付けられ、返しのパンチを出すと哲男はその場に居ないのである。
本来なら、ここで心が折れるのかもしれない。しかし、将士にはそれがなかった。
将士は元々、虐めを受けていた。いつも我慢し、いつ終わるか分からない苦しみを抱いていた。そんな将士が自分のやりたい事を見付けた。どんな絶望を受けたとしても、虐めを受けていた頃より絶望は無い。寧ろ、確かに反撃は出来ている。将士はボクシングで絶望はしない。それだけタフな人生を歩んで来たのである。
時折り哲男のパンチが決まるのだが、将士は怯まず前に出る。ガードの上からパンチを叩き付け、哲男をしっかりと追い掛ける。哲男もそれが分かっている様で、哲男のガードは下がらずに動きも一切落ちない。2人が2人らしい戦いの最中、ラウンド終了のゴングが鳴った。
赤コーナー……
「止まらんな?」
「止まりませんね」
「どうする?」
「楽しみますよ」
石谷トレーナーの言葉に哲男は返す。その表情は楽しそうである。川上会長は、右手を顎に当ててニヤついている。
青コーナー……
「捕まらないな?」
「速いな〜?」
「そうですね」
「「どうする?」」
「……まぁ、なんとかなるでしょ」
将士も楽しそうな表情である。篠原会長は将士に声を掛け様として辞めた。視線を感じたのである。その視線の先には、川上会長が居た。篠原会長の表情が引き締まった。
3ラウンド……
哲男と将士はリング中央で拳を合わせ、先程のラウンドと同じ様に動き出す。その動きから、日本タイトルでは勿体無い感じもする。それくらい、本日の2人は動きにもパンチにも切れが有る。
膠着するかと思われた1分過ぎ、動きが出る。
哲男のパンチを掻い潜った将士、そのままボディを放つかと思われたのだが、将士がチョイスしたのはスマッシュであった。スリークウォーターから将士の左手が哲男の顎目掛けて放たれる。
哲男は少しだけ反応が遅れたのだが、このパンチをなんとかガードした。右手でしっかりと顎を守ったのである。しかし、それでも哲男は身体が浮いた。2〜3m後方に飛ばされる。将士のパンチの威力を感じ、この1発で流れは将士に傾くかと思われた。
スマッシュの後、将士は間髪入れずに前に出て行く。そのパンチは強打というより押し付けると言った方が正しい。将士は叩き付ける様なパンチを哲男のガードの上から放ち、哲男を少しずつ後退させた。
哲男も反撃はするのだが、この距離だと将士の方が優勢である。だんだんと哲男はコーナーの方に動かされる。
将士の右のブローが少し大振りになり哲男はすぐにバックステップをしたのだが、コーナーにぶつかり少しだけ距離が空いただけとなった。そこに狙った様に、将士のスマッシュが放たれた。
誰もが決まったと思った瞬間、頭を弾かれたのは将士であった。将士はそのまま2・3歩と後退する。哲男はすぐにコーナーから脱出した。
将士のスマッシュだが、これは哲男が誘ったのである。コーナーに詰まったのではなく、ギリギリ詰まったと見えて将士の身体が見える位置に居たのである。
詰まる所、スマッシュはアッパーである。下から突き上げるパンチであり、その特性上テンプルは空き易い。そして、このパンチは渾身のパンチである為、カウンターの威力は倍増である。もう1つ付け加えるなら、沿った態勢の将士、貰ったパンチはこの上なく効いただろう。放った哲男のパンチだが、打ち下ろす様なフックで見事に将士のテンプルを捉えていた。
将士の追い掛けが無いと分かると、哲男はすぐに距離を詰めた。そのままパンチを放っていくのだが、レフェリーはすぐに試合を止めた。終了のゴングが鳴っていたのである。
2人はお互いに視線を合わせ、そのまま格コーナーに戻って行った。
赤コーナー……
「練習通りだな?」
「……結果は予想に反してますけどね」
「まぁ、それだけあっちも鍛えて来たって事さ」
(あの野郎、詰めた瞬間に何か狙ってやがった)
哲男の目が鋭く光る。
青コーナー……
「やられたな?」
「よく帰って来た!」
「まだまだ!僕はこれからですよ!」
「「その粋だ!」」
(……川上会長、やられましたよ……これは僕の責任だな……)
将士の目の光が強くなる横で、篠原会長は静かに反省していた。
私の仕事くらい、熱くなって来ました!
……仕事は少し、楽になっていいんですけどね……




