目指すはタイトルマッチ!
将士、哲男との試合が見えて来ました。
しっかりとトーナメントを勝ち上がった将士、数日の休暇を挟んで次の試合に向けて始動した。だからといって別段変わる事はない。朝はロードワークから始まり、アルバイトを挟んでジムワークとなる。将士も慣れたらしく、大分様になっている。
ジムワークの内容も差程変わらない。スパーリングを喜多と手塚が中心に相手をし、笑顔で厳しい注文をしてくる篠原会長も変化無しである。将士の今の姿を見ていると、[継続は力なり]という言葉を思い出す。将士もそれだけ、ボクシングにのめり込んでいるという事だろう。
そんなある日、将士はトーナメント決勝に向けて本日も練習である。喜多とのスパーリングが終わり、次は手塚となった時、
「チャース、失礼~!」
1人の男がジムに入って来た。赤い頭にチャラい格好、少なくとも第一印象は良くはない。
「何だ!入り方から出直せ!!」
手塚の怒号が響く。
「うるせぇな~、チャンピオンになってやるんだから構わねぇだろ~?」
「貴様程度になれるか!」
「俺を舐めない方がいいですよ~」
金髪坊主の手塚、お世話にも見てくれが良いとは言えない。普通に怒られると、誰もが一歩引く事は間違いない。その手塚の怒号を聞き、それでも尚、この男は手塚と平気でやり取りしている。少なくとも、気持ちだけは強い様である。
「何の用だ!」
「静かに喋って下さいよ~。ボクシングジムに来て、そろばんでも習うんですか?」
「やっても構わんぞ?お前の頭じゃ無理だろうがな?」
「3.1415926535……知ってます?円周率っすよ?」
「だから何だ?」
「鈍いな~。そろばんくらいは出来るって事ですよ!」
「……それで、だから何なの?」
「だ·か·ら~、チャンピオンになりに来たんすよ!」
「……経験は?」
「去年のインターハイ3位!」
「……今年は?」
「素行不良で出場停止」
「……手塚その物だな」
「喜多、黙れ!……その僕ちゃんが、何故にプロに?」
「俺には、プロの方が合ってるんす!」
「……将士、こいつとスパーリングしろ!」
「は?僕~?」
「構わんでしょ?篠原会長?」
「構わないけど、手塚君は冷静に。喜多君、準備お願いね」
「はい。手塚、お前は時間な」
「……分かったよ」
「おい赤頭、名前は?」
「香取陽介っす!」
「香取、スパーリングの準備だ。将士、手を抜くなよ」
将士、香取とスパーリングをする事になった様である。
将士も香取も準備をしている。手塚は不満そうな顔をして、香取のグローブを着けている。
「将士、手塚の顔を見てみろよ」
「不満そうですね~……」
「殴りそうだよな?お前、ちゃんとやらないと手塚が切れるぞ」
「でも~……経験者って言っても……」
「分かるが、厳しさを教えるのもボクサーの役目だ」
「……でも~……」
「昔な、池本さんが言ってたんだ。[強い者は、弱い相手に弱さを教える義務がある]ってね。今回は、将士がその役目さ」
「……頑張ります……」
将士も少し納得いかない表情では有るのだが、しっかりとスパーリングはするつもりらしい。
「あれが俺の相手っすか?楽勝っすね?」
「……やってみれば分かる」
「やらなくても分かるっすよ!」
「うるせぇ!!黙ってやれ!!」
手塚、我慢の限界らしい。短気な奴である。
「はぁ?何だと?」
こっちに返事しない。
香取と将士のスパーリング……
ゴングが鳴ると、将士は左ジャブを放ちながら前に出て行く。頭を振って幻惑し、相手に的を絞らせない様にしている。
対する香取だが、距離を取って左ジャブを放つ。今までの態度とは違い、セオリー通りのボクシングをしている。付け加えるなら、香取は綺麗なボクシングをする。距離を取り左ジャブで牽制しながら、なかなか素早いフットワークを見せている。
しかし、あくまでもなかなか素早いだけである。プロの試合を経験し、日本ランカーまで登り詰めた将士にとって、この程度は苦にもならない。香取の左ジャブをステップインしてかわしながら潜り込むと、そのままキツイ左ボディをお見舞いした。
香取は一瞬動きを止めたが、すぐに将士から離れると更にスピードを上げた。将士が危険だと分かったらしい。その上で、目一杯のスピードで将士を翻弄する事にした。
たが、これは将士には通用しなかった。将士は哲男との試合を見据えている。現日本チャンピオンのスピードは、香取より明らかに速い。更に言うなら、もっと速い佐伯とのスパーリングも経験している。将士にとっては、それ程苦にもならなかった。
結果、将士は1つギアを上げ、香取のパンチを掻い潜り懐に潜り込む。香取がボディを嫌がりガードを下げた所で将士の左フックが綺麗に香取のテンプルを捉える。香取は溜まらず左膝をキャンバスに付いた。
「そこまで!終わりにしようか?」
篠原会長がスパーリングを止めた。香取は首を横に振りスパーリングの続行を求めたのだが、
「病院直行になるだけ。はい、終わり終わり」
篠原会長は認めなかった。結果、このスパーリングは1ラウンド1分34病後でストップとなった。
スパーリングを終えた両者がリングを降りて来る。
「まだまだ出来るのに……」
「あのままなら、お前は病院送りだ」
「しかしですね……」
「弱さを認めるのも、強くなるには必要さ」
「喜多、そんな奴は放っておけ!口だけ番長め!」
「そう言うなよ。お前も、池本さんに言われてただろ?」
「それはお前だ!」
「お前だよ。忘れたのか?」
「お前だっての!頭いかれたのか?」
「誰がいかれたって?西田2世?」
「誰が西田2世だよ?お前だろ?いかれ西田?」
「お前が西田だ!」
「お前だよ!」
「……香取君、こっちこっち」
「あ、すいません」
「所で、僕とのスパーリングはどうだった?」
「強ぇっす!俺、目指していいっすか?」
「僕を?……あの2人の方が強いよ?」
「いや、馬鹿が移りそうで……」
「うんうん、それは納得。中台君、後輩の面倒見てね。さて、お馬鹿さん2人を止めようかな」
篠原会長、今だに言い争いをしている喜多と手塚を止めに入った。
「俺、香取陽介っす!名前は?」
「中台将士」
「中台さん、これからもよろしくお願いします!」
「うん、よろしく……じゃあ最初に……」
「はい、何すか?」
「あの3人を止め様か?篠原会長まで熱くなってるよ」
「わぁ、本当だ……」
将士と香取、揉める3人を何とか止めた。また1人、新しい仲間が出来た様である。
「僕から言わせればね、どっちも西田君くらい馬鹿だよ!」
「「ちょっと篠原会長~……」」
3人の戦いは、篠原会長の貫禄勝ちである。
このジムは、いつも賑やかですね。




