遂にタイトルマッチ!
哲男、試合近し……
夏雄とのスパーリングも順調に行い、哲男は減量へと入って行く。減量が始まるという事は、試合が迫っているという事である。ジムの空気も張り詰めている。
そんな中でも、哲男は変わらず練習している。黙々と、試合に向けてスパーリングを行いながら、ウェートを落として行く。この時期がボクサーとしては1番辛い。最初こそ空腹感は有るのだが、身体は動いており差程問題無いのだが、減量が進むと体力の回復が無いままに練習を繰り返す事になる。グローブさえ重く感じる事も有る。
例に漏れず、哲男も厳しい時期に差し掛かっている。エネルギーが入らないから、出来る事なら動きたくない時期である。しかし、ウェートが達していない以上、動かない訳にはいかない。
「おら、もっと強く!打ち抜け!」
石谷トレーナー、ミットを持ちながら激を飛ばす。知らず知らずのうちに、哲男は少しずつ動きが小さくなっている。勿論、これは極当たり前である。疲れが溜まっている身体、哲男の考えとは裏腹に、勝手にそうさせているのである。
しかし、そこは百戦錬磨の石谷トレーナーである。哲男をしっかりと動かし、楽をさせない。この時期の心の鍛練が試合でのピンチの時を支えてくれる。石谷トレーナーは良く分かっている。
また、この時期でも哲男の心が折れないのは、スパーリングパートナーの夏雄の存在が大きい。元々同じジムであり、仲はそこまで良くなくても切磋琢磨した間柄である。その夏雄が日本チャンピオンになり、その日本チャンピオンが自分のスパーリングパートナーである。気合いも入れば、情けない姿を見せる訳にもいかない。ここに将士の元アマチュア世界チャンピオンを倒した事が加わり、哲男は弱音を吐いている暇は無かった。色々な意味で、哲男の環境は整っている。
試合まで残り10日となった頃、哲男はウェートを落とし切った。少し早めに落とす事に成功し、哲男も安堵の表情を見せた。
この日、チャンピオンである岡本が公開スパーリングをした。パートナーはSバンダム級の日本ランク5位、岸本である。岸本はアウトボクサーであり、仮想哲男といった所だろうか。このスパーリングだが、岡本が終始圧倒した。左の差し合いを制したかと思えば、間合いを詰めての接近戦ではダウンを奪う。どうやら、練習は思い通りにいっていた様である。
「試合はいつも通り、俺の勝利で幕を閉じる」
スパーリングを終えたチャンピオンの岡本の言葉である。自信たっぷりであり、それだけ納得の仕上がりなのであろう。
翌日、哲男の公開スパーリングである。
このスパーリングだが、パートナーは隆明が務めていた。夏雄とやると、哲男がムキになる場合が有る。石谷トレーナーはそれを察していたのだろう。
しかし、これが失敗であった。
哲男と隆明、最初そこ左の差し合いからスパーリングを始めたのだが、哲男に先を越されたと思っていた隆明である。心中穏やかではない。哲男の左ジャブを貰うと頭に血が登り、ムキになって応戦していく。
対する哲男だが、隆明がムキになるとそれに応えてしまう。結果、公開スパーリングなのに、かなり熱気の籠ったスパーリングとなった。
「徳井、公開スパーリングだぞ?」
「すいません……でも、菅原も悪くないですか?」
「しょうがねぇだろ?馬鹿なんだから!」
「石谷さん、それ、酷いっすよ?」
「しかしな~、公開スパーリングでこれじゃな~……」
「それは確かに……でも、顔笑ってますよ?」
「いや、負けず嫌いだと思ってな」
「……そうじゃないと、生きていけない世界ですからね」
石谷トレーナーと徳井、意外にこのスパーリングを楽しんでいた。
「あちゃ~……見物料取れば良かった~……」
「……徳井、あの馬鹿、酷くなってねぇか?」
「日に日に成長してまして……息の根止め様か検討中です……」
「うむ、賢明な判断だな」
「2人で俺を褒めてます?」
「「んな訳有るか!?」」
西田会長、相変わらずである。
試合前日、計量で2人は会う事になる。
先に表れたのは哲男である。石谷トレーナーと一緒に現れ、背負って来たリュックを降ろした。このタイミングでチャンピオンの岡本が入って来た。お互いに相手を意識しているのだろうが、目線は一切合わせない。
時間になり、哲男から計量をする。問題なくクリアした。続いて岡本、こちらも1発クリアである。
そのまま会見となったのだが、ここで問題が起きる。
「明日はいつも通り、俺がKOしてベルトは動かない」
チャンピオンの岡本が喋った後である。
「お~!将士!」
哲男、岡本の言葉に反応する事なく、この場所に紛れ込んでいた将士を見付けた。哲男の声で、記者達が一斉に将士の方を向く。
「哲男君、僕はいいから……」
「そう言うなよ~、久しぶりなんだからさ~!」
「それはさ、明日が終わってからでも……」
「明日?俺がKOして、お前がA級トーナメント勝つんだろ?明日になったら、簡単に話せないだろ?」
「いやいや、正式に試合が決まるまではさ……」
「馬鹿だな~、俺がこいつごときに負けるとでも?」
「それはないよ~!」
「だろ?だからさ、そうなるとお前とタイトルマッチだろ?」
「僕はトーナメントをクリアしないと……」
「ガンボア倒して、それで負けたら問題だぞ?」
「うっ……頑張ります……」
「そうなると、気楽に話せるのは今日までだろ?」
「確かに!」
この一連のやり取りに怒り心頭なのは、チャンピオンの岡本である。
「ふざけるなよ!必ずぶちのめしてやる!」
吐き捨てる様に言い放つと、岡本はさっさと出て行ってしまった。
「……短気だね~……」
「哲男君、何かごめんね」
「いや、大丈夫さ」
哲男もすぐに会場を出て行った。
明日、哲男の日本タイトルマッチが遂に行われる。
遂に日本タイトルマッチへ……




