ガンボアの本性!
試合は佳境に……
3ラウンド…………
将士はこのラウンドも、自分から攻撃をしながら前に出て行く。先手先手で手を打って行く。
対するガンボア、将士に呼応するかの様に前に出て来る。左ジャブを放ち、ガードを高く保って距離を詰めて来る。
3ラウンドの立ち上がり、リング中央でお互いの顔が目の前に来る。次の瞬間、2人の右ブローが交錯する。このパンチは、お互いに避け、右腕が絡み合った所でレフェリーが割って入る。再開するが、すぐに距離が近くなり、お互いにパンチを出して行く。
ここでも、ガンボアのレベルの高さが伺える。将士のパンチを確実にブロックしながら、将士のガードの上やボディ、時折カウンターを取りながら被弾しないボクシングをしている。
対する将士だが、こちらは被弾してもお構い無しである。手を出し続け、ガンボアを捉えようと必死である。
ここで、ある事に気付く。気付いたのは、篠原会長と喜多である。ガンボアがインファイトに切り替えた今、こちらのスタイルの方が馴染んで見える。本来なら、将士は飲み込まれ兼ねない。そこを将士は応戦している。これは確かに不思議な光景である。
「……手塚のリズムに似てる……」
「手塚君は、本能で戦うタイプだからね」
喜多と篠原会長の会話である。篠原会長の有能振りが良く分かる。ガンボアのボクシングは、確かに洗練された物である。それでも、それだけではアマチュアとはいえ、世界は取れない。隠された本能の部分を予想し、篠原会長は手塚を将士のスパーリングパートナーに指名していた。
確かにガンボアは強い。丁寧に左ジャブを放っている頃なら、一流のアウトボクサーである。本能を解放した今なら、生粋のインファイターだろう。しかし、将士のスパーリングパートナーは個々でガンボアを上回っている。アウトボクシングなら、ガンボアよりも喜多の方が上である。インファイトなら、手塚の方が洗練されている。篠原会長の眼力、恐るべしである。
パンチを喰らいながらも打ち返す将士、だんだんとそのパンチが際どくなって来る。それと同時に、パンチを貰っている将士が前に出て来る。ガンボアはパンチを当てながら、少しずつ後退して行く。
2分を過ぎた頃、ガンボアはコーナーを背にしていた。それに焦ったのは、ガンボア本人だろう。パンチが大振りになった。
将士はここでも、篠原会長の言い付け通りにコンパクトにパンチを放って行く。ガンボアと将士のこのパンチのやり取りが数発行われると、お互いの右ブローがお互いの顔面を捉えた。弾ける顔面、先に立ち直ったのは将士である。そのままボディに返しの左ブローが刺さった所でレフェリーが割って入った。3ラウンド終了である。
青コーナー…………
「ここから、一気に行くぞ!」
「はい!」
「練習通り、いいね?」
「はい!」
顔はボロボロだが、将士の目には輝きが増している。
赤コーナー…………
「無理に付き合うな!」
「……………………………………」
「……ガンボア、どうして笑っている?」
「……俺は、笑っているのか?」
「どうした?」
(そうか……笑っているか……)
ガンボアの目も、輝き始めていた。
4ラウンド…………
将士もガンボアもリング中央に歩み寄って行く。示し合わせたかの様にリング中央で顔を合わせると、次の瞬間には激しい打ち合いが始まった。
お互いの顔が弾け、ボディにパンチが突き刺さる。それでも怯む事なく、2人はパンチを返して行く。素晴らしい打ち合いである。
この打ち合い、不思議な事が有る。2人の顔が笑顔である。KOパンチを喰らい、確実に削られているのだが、2人の表情は何処か幼い子供が力の限り楽しんでいる様に見える。喜多と篠原会長、ガンボアのセコンド陣も言葉を失っている。
激しくなる打撃戦、それでもリング中央から全く引かない2人。日本とメキシコの頑固者対決にも見える。そんな2人だが、確実にダメージは残り出している。実際にパンチを貰うと、返すパンチが僅かに遅くなっている。
「……手塚が居れば……」
「いや、ここは中台君が自分で乗り切る所だよ」
篠原会長は喜多の肩を右手で軽く叩いた。
4ラウンドも2分を過ぎた頃、この打ち合いの均衡が破れて来た。ガンボアが少しずつ、前に出て来たのである。アマチュアで世界と戦った経験値とプライドが、将士を後退させていた。
ズルズルと後退し、コーナーを背負った将士。ガンボアは一気に将士に襲い掛かる。連打をまとめてKOを狙って来た。
この連打だが、将士はガードを上げて耐えていた。時折ボディにパンチを放ち、何とか抵抗していた。レフェリーは将士がパンチを放つ為、試合を止められない。
ガンボアが決め様として、バックステップから右のパンチが大振りになった。その瞬間、将士の左はスリークォーターからガンボアの顎を捉えていた。スマッシュである。ガンボアはそのまま、後ろに倒れた。
「ダウン、ニュートラルコーナー!」
レフェリーに言われ、将士はゆっくりとニュートラルコーナーに向かって歩く。
「ワン、ツー、スリー……」
レフェリーのカウントが始まる。ガンボアはゆっくりと動き出すが、身体を起こした所で止まった。将士のパンチが効いているのである。
レフェリーのカウントが進むなか、何とか立ち上がろうとするガンボア。遂に両腕を上げる事は出来たのだが、
「テン!」
レフェリーはカウントを数えると両手を何度も交差させた。ガンボアはキャンバスに膝を立てた状態であり、立ち上がれなかった。
4ラウンド2分51秒、将士のKO勝利である。将士はこれで、戦績を8戦8勝とした。
将士、大金星!