ガンボアと将士、ファーストコンタクト!
並みの相手ではない!
ソラスト·ガンボアとの対戦が決まり、将士の練習も俄然集中力が増している。アマチュアの世界チャンピオン、その肩書きが将士のやる気に拍車を掛けている様である。
[パァン!]
[パパァン!]
喜多の持つミットに、小気味の良い音が響く。将士のパンチのレベルの高さも伺えそうである。
「甘い!ほら来い!」
「ガード!」
「顎上げるな!」
喜多の激が飛んでいる。まだまだ、将士には精進が必要な様である。喜多の次は手塚がスパーリングを行う。ガンボアとの対戦まで、将士は徹底的に鍛えられる事となる。勿論、手塚がスパーリングで手を抜く事はない。将士の課題が浮き彫りとなっている。
毎日の練習が熱を帯び、将士の表情も大分締まっている。将士の顔は、一人前のボクサーである。それだけ、将士の覚悟も本物という事だろう。
そんな将士、減量まではまだ時間が有る。本日は練習終わりに夕飯の買い物に出掛けた。
「スイマセン、私、困ッテマス」
片言の日本語で声を掛けられ、将士はそちらに顔を向けた。
「スイマセン、助ケテ下サイ」
「……ソラスト·ガンボア……」
「ヤッパリ……ミスター中台ダッタネ」
「……あの~、どういった……」
「私、ミスター中台ニ会イニ来タ。興味持ッタ!」
「僕に?……どうして?」
「ソレハ……今ハ言エナイ」
「……それで、僕に会ってどうですか?」
「思ッタ通リノ人……キット優シイ……」
「それは……ありがとうなのかな?」
「アッハッハ、君ハ本当ニ優シイナ」
「それで、困っている事とは?」
「オ~……帰リ道ガ分カラナイ……」
「……無謀な人だな……とりあえず、大通りまで案内しますね」
「アリガトウ」
将士はガンボアを大通りまで案内する事にした。
大通りまでの道のり、将士とガンボアは話をしていた。
「ミスター中台」
「将士でいいよ」
「デハ、将士……ドウシテボクシングヲ?」
「……目指す人がやってたからかな」
「目指ス人……ソウカ……」
「ガンボアは、どうしてボクシングを?」
「私ハ……生キ抜ク為ニハ、ボクシングシカ無カッタ……」
「ボクシングしか無かった?」
「……考エラレナイカナ?……日本ハ、裕福ナ国ダカラネ……」
「そうかな~……そうでもないと思うけど……」
「将士ハ、明日ノ食ベ物ヲ食ベラレナイカモト思ッタ事ハ?」
「それは~……どうだろ?」
「……私ハ、ソレガ当タリ前ダッタ……明日ドコロカ、ソノ日ノ食ベ物サエ怪シイ……ソンナ環境デ育ッタ……」
「う~ん……どうもピンと来ないんだよな~……確かに、日本じゃ考えられないかもしれないし……」
「ダカラ、ボクシングデ絶対負ケナイ……ボクシングデ出合ウ限リ、将士デモ容赦シナイ」
「それは、望む所さ!やるなら全力で、僕だって負けるつもりは無いよ!」
「……ソレデモ、勝ツノハ私……後悔スル事ニナル」
「構わないさ!どうせ、いつかはやるんだ。僕は全力で相手をするよ!」
将士は笑顔で右手を差し出した。
「……コレハ?」
「握手だよ!ほら、右手!」
将士は強引にガンボアと握手をし、その場から去って行った。
(……ドウシテソンナ顔ガ出来ル……ドウシテ笑顔ガ出来ル……)
ガンボアは少しの間、将士の背中を見詰めていた。
翌日、ガンボアは門脇ジムで汗を流している。
[パァン!]
[スパァン!]
切れ味鋭い音が、ジムに響き渡っていた。
本日のガンボアの練習だが、ロードワークからロープに移り、シャドーの後にスパーリングである。スパーリングの後はミット打ちをし、サンドバッグの後に筋力トレーニングと将士のそれと差程の変わりはない。
練習が終わると、ガンボアはトレーナーに話し掛けられ、将士のビデオを見る。ガンボアのトレーナーは自分と一緒に日本に来た同国の人であり、アマチュアの頃からガンボアを支えていた。
将士のビデオだが、デビュー戦の物から最近の物まで有る。会長室を借り、ガンボアはトレーナー達とリラックスして見ていた。
「……ガンボア、勝つ姿は見えたのか?」
「問題無い。いつでも結果は分かっている……私は、いつも通りに任務を遂行するだけ……」
「……心配要らないな……そう、いつも通り……願わくば、ボクシングの素晴らしさを日本の皆様に……」
「それは……別に今回じゃなくてもいいんじゃないか?」
「……任せるさ……」
画面には、将士が勝利して満面の笑みを見せている姿が写っている。
(どうして……どうしてそんな笑顔が出来るんだ?……どうして笑える?……どうして握手が出来る?……私は敵であり、将士は相手を倒す為に練習しているのではないのか?……どうしてそんな……どうして……)
ガンボアは将士の姿を目に焼き付け、静かに闘志を燃やしていた。
ガンボアにとって、ボクシングは生きる術だった…………
ガンボアがボクシングに出会ったのは、11歳の頃である。ガンボアの家庭は、決して裕福ではなかった。メキシコの片田舎、それでも父親が働き、母親が家を守っていた。4人兄弟の3番目、それがガンボアであった。
10歳の頃、父親は酔っ払いの喧嘩を止め様として刃物で刺された。このまま、帰らぬ人となる。その後は母親が働くのだが、生活は貧困になっていくばかりである。
そんなガンボアは、食料を得る為に万引きを働いた。しかし、日本とは治安が違う場所であり、ガンボアはいわゆる[悪]から追い掛けられる事となる。捕まったら、命の保証は無い。ガンボアは逃げたのだが、遂に小さな公園に追い込まれた。絶体絶命である。これを助けたのが、当時新たな才能を探していた男であった。名前をルイス·アルマーニと言い、押しも押されぬ名伯楽である。
ルイスはあっという間にガンボアを追い掛けて来た者達を叩き伏せた。その圧倒的な力に、ガンボアは一瞬で虜になった。ガンボアはルイスにボクシングを教えて欲しいと頼み込み、ルイスはガンボアに才能を見出だした。そこから、2人のボクシングが始まる。
ガンボアはすぐに頭角を表し、アマチュアでの戦績を伸ばしていった。勿論、その結果によって家族の生活は楽になっていく。
そんなガンボアだったが、アマチュアで世界チャンピオンになった時に1つの転機が訪れる。自分を愛してくれた、ルイス·アルマーニの死である。ガンボアは色々と考え、プロに転向する事を決めた。ガンボアは生きる術を、アマチュアからプロに移したのである。
ガンボアと将士、どんな試合を見せてくれるのだろうか。
どう交わる?




