遅れは取れない!
プロ2戦目を迎える将士……
隆明のプロテストと哲男のデビュー戦が終わって1週間、本日も将士は拳王ジムで汗を流している。哲男達が刺激になったのだろう、今まで以上に集中している。
この時期になると、恒例の減量となるのだが、将士はアマチュアの頃と殆どウェートが変わらない為に、その辺は上手くやっている。とはいえ、減量が厳しいのは変わりはしない。
「……1人だと、こういう時が辛いよな~……」
珍しく、将士がぼやく事も有る。
5月も20日を過ぎると、本当の意味で追い込みとなる。スパーリングが主体の練習に切り替わり、何よりも減量が本格化する。
減量はボクサーそれぞれで結構違う。短時間でウェートを落とし試合に望む者も居れば、少し時間を掛けてゆっくりと身体を作る者も居る。早めにウェートを落として、その後はキープしながら練習する者も居れば、ギリギリまで減量する者も居る。ただ言える事は、減量は本当に厳しいという事だろう。
将士も例に漏れず、やはり減量は厳しい様である。バイト先では店長に、
「中台君、もう少し笑顔ね」
という注意を何度か受けた。どうやら、将士は気を抜くと険しい表情をしているらしい。この辺が、将士の歩んでいる道の厳しさを物語っている。
5月31日、本日も将士の練習はスパーリングが中心である。アップをして準備万端の将士、ここに思わぬ客が現れた。
「こんにちは~……ほら、挨拶!」
「あ、お、お願いします」
徳井に連れられ、隆明が姿を表した。
「おう、悪いな徳井」
「いや、隆明にも刺激になるしね」
「お前もやれば?」
「そうだ!俺達の後にな!」
「……中台君、大丈夫?」
「大丈夫だよ、これくらいならな!」
「潰れるなら、福島に送るだけだ!」
「……篠原会長、この2人は大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫、口だけだからね。中台君を帰す事はないよ」
「「ちょっと、篠原会長!」」
どうやら、本日の将士のスパーリングに隆明も参加の様である。
隆明のアップを待って、スパーリングが開始となる。最初はジムのプロでサウスポーのボクサーである。こちらは3ラウンド行い、将士はなかなかいい動きを見せる。
この後が大変である。最初は手塚がスパーリングを行ったのだが、手塚は容赦無く将士を殴り付ける。将士はガードを上げて、時折パンチを返すのだが、減量等の疲労も有り、納得の出来るスパーリングとはいかなかった。
続くは喜多、こちらもフットワークを使い、存分に将士を翻弄していく。将士の空振りが目立ち、喜多の的確なブローが将士に突き刺さる。将士のペースとはいかない。
徳井も続く。徳井はヒットマンスタイルからフリッカーを放ち、将士を近付けさせない。ガードを固めて将士が距離を詰めれば、上から下から右が飛んで来て、将士の頭を打ち抜く。徳井の真骨頂、ここに有りである。
最後は隆明である。ここまで将士は、確かにいい所が殆ど無い。それでも目には力が有り、熱い魂が感じ取れる。この熱さに、隆明も巻き込まれていた。隆明は最初から、フットワークを使って外から将士を打ち抜く。全く手加減をしない。
対する将士、ガードを上げて隆明を追う。こちらにも意地が有る様だ。それでも将士の方がじり貧である。既に体力的に厳しい状態である。隆明のペースでスパーリングは進み、2ラウンドも残すは20秒程である。
隆明が右ストレートを出すが、将士はこれを上手く潜り込んだ。そのまま左ボディで隆明を打つと、すぐに返しの右へと繋げた。
この一連の動作に、隆明はガードを高く上げる。次の瞬間、将士の左はスリークォーターから隆明目掛けて一直線で飛んで行った。
隆明の頭に、一瞬恐怖が過る。隆明はこのパンチを喰らっているのである。本能的にそのパンチを確認し、頭を捻ってパンチをいなした。それでも全部吸収とはいかない。半減といった所だろう。隆明の膝が一瞬折れたのだが、隆明は将士にしがみつく様にクリンチし、何とかダウンを免れた。ここで、ラウンド終了のゴングが鳴った。
リングを降りた将士、グローブを外してマウスピースを外すと、
「くそっ!全然ダメだ!……反省しながら、ロード行って来ます!」
大声で言葉を発し、そのままジムから出て行った。
「熱いな~……今の所、お前はかなり負けてるな?」
「そんな事有る物か!将士君、俺もロードに付き合うよ!」
徳井の言葉に発奮され、隆明は将士を追い掛けて行った。
「……友達はいいな~……俺達にも、あんな時代が有ったよな~……」
「そうだよな~……3人で池本さんを追い掛けて……」
「手塚、いっつも池本さんにダメ出しされて……」
「おいおい、俺はそんなにされてねぇぞ?」
「インターハイで銅メダルで、物凄く怒られただろ?」
「あ~、確かに怒られてたな?」
「うるせぇな~、あれは池本さんなりの俺への激励だよ!」
「あっはっはっはっは、時代は引き継がれる物さ。君達が池本君を追い掛けた様に、君達を追い掛けて中台君や隆明君が居るんだよ……中台君は喜多君だし、隆明君は間違いなく徳井君だよね?」
「そうか~、俺達も目指される立場なのか~……」
「徳井、呑気過ぎるだろ?……俺達も、がっかりされない様にしないとな?」
「そうだね。俺達も頑張らないとだね!」
「その点、手塚はいいよな~……目指されてねぇもんな?」
「喜多、馬鹿なのか?」
「本当の事だろ?」
「何言ってんだよ、哲男が……」
「菅原君は、佐伯君だよね?」
「え?じゃあ……ファイトスタイルからいって、将士が……」
「馬鹿だな~、将士は俺だと本人が言ってるだろ?」
「あれ?……そうなると……本当に俺……」
「だ·か·ら·さ、お前は気楽でいいよな~!」
「……この野郎~!俺だって、誰かが目指してんだよ!」
「誰かって誰だよ?」
「それはな~……未来の世界チャンピオンだよ!」
「……負け惜しみだな!」
「喜多、辞めなよ。手塚が泣いちゃうぞ?」
「泣く訳ねぇだろ!……お前等2人、覚えてろよ!」
手塚がジムを飛び出して行った。
「2人共、手塚君をからかい過ぎ」
「だって、あいつ本当に馬鹿なんですもん!」
「まぁ、いつもの事ですよ」
「勝手知ったる仲って所かな?」
将士と隆明、これからも良きライバルとなりそうである。ここに哲男が加わり、これからが楽しみである。
「くそ~!俺だってだな~!」
手塚が顔を真っ赤にして走っていた。手塚、少し不憫である。
ライバルの成長を肌で感じ、ここから更にもう1歩!