気が付けば、授業は打ち切りに!
将士の高校時代も、遂に終わりの時が……
短い間冬休みを挟み、あっという間に2月も半ばになった。3年生はこの頃から授業が打ち切りとなる。私立の大学に行く者は、既に大学が決まっている。国立を目指す者は、ここからが正念場である。
将士は特に、進学をしない事で決めていた。
「中台、今からでも大丈夫だぞ?」
担任からは進学を進められたが、やりたくなったら勝手にやると答えて深く話はしなかった。問題は哲男である。
「菅原、進路はどうする?」
「どうしようかな~……こっちに残ってもいいけど、将士みたいに東京も捨てがたいな~……」
「……その前に、就職なのか進学なのかだろ?」
「進学はないな~、勉強したくねぇもん!だからといって就職もね~……とりあえず、東京行ってボクシングしながら考えるかな~?」
何ともはっきりしない進路である。こんな宙ぶらりんな考えで、成功する程ボクシングは甘くない。少なくとも、作者てある私はそう考える。
こんな状態の中でも、将士と哲男はボクシングジムは休まない。本日も天川ジムに練習かに来ていた。
「ウーッス、失礼しま~す」
「もう少し、しっかり挨拶しろ!」
[ゴツッ]
「痛ッ……石谷さ~ん、手加減」
「馬鹿!礼儀がなってない!……失礼します。お久しぶりです」
「お~お~、石谷君に手塚君じゃないか?」
「池本から話が有りまして……折角なんで、こいつと来ました」
「お世話になってます……」
「あっはっは、石谷君と居ると静かだね!まぁ、中にどうぞ」
思わぬ来客である。
「よう、将士」
「手塚さん!どうしたんですか?」
「お前を見に来たんだよ……しっかりやってるな?」
「はい、まだまだですけどね!」
「哲男!」
「はい!」
「石谷さんが話有るってさ」
「俺にっすか?」
「君が菅原だな?」
「はい、菅原哲男です」
「うんうん……覚悟の足りねぇ面構えだ!」
「はい?いきなり何ですか?」
「いや~、話には聞いてたけど、本当に絞まりのねぇ顔してんな?」
「だから、何なんですか?」
「プロテストに受かって、それで終わりか?」
「石谷さん、哲男君は強いですよ」
「強いかどうかは関係ねぇんだ。これで生きて行く、そういう覚悟が有るかどうかを確かめたいんだが……見るからに無いな」
「言い過ぎじゃないっすか?」
「口答えだけ一人前だな?……何処が言い過ぎなんだ?」
「俺の事、何を分かってんすか?」
「お前は知らん!しかし、俺は池本を知ってる。あいつがボクシングを始める時、川上会長の睨みを睨み返した。川上会長が目線を反らすくらいにな……多少の実績や経験なんて、覚悟を決めた男の前には無意味だ!勝ち上がるなら、そんな奴等を倒さなければならない。お前に、そいつ等の夢や希望を叩き潰して、それでも上に上がる覚悟が有るのか?」
「………………………………」
「即答出来んか?所詮、お前はそれだけの男なんだよ。ボクシングは辞めろ。今なら、いい思い出で美しく終われるぞ?」
「……ふざけるなよ……俺はそんなに腑抜けじゃねぇ!やってやろうじゃねぇか、その覚悟を決めたボクシングって奴をよ!」
「お前ごときが出来るのか?」
「出来るさ!手塚さんだって、出来たんでしょ!」
「おい、俺を引き合いに出すな!」
「……なら、見せて貰いたい所だな?」
「見せてやるよ!世界チャンピオンになったら、俺に土下座しろよな!」
「土下座でも何でもやってやる。東京に来るのか?」
「あんたのジムで、必ずあんたを見返してやる!」
「楽しみに待ってるぞ。卒業するまで、天川ジムでしっかり練習しろよ」
「言われなくてもやってやるよ!」
この後石谷トレーナーは、天川会長に頭を下げて東京に帰って行った。天川会長の表情が緩んでいる。どうやら、天川会長としては哲男のやる気にスイッチを入れた、石谷のこの行動が嬉しかった様である。
「手塚さん、石谷さん厳しくないですか?」
「……確かに厳しい人だけど、ここまで言う事は無かったんだけどな~……」
石谷トレーナーの行動については、天川会長と池本以外は分からないかもしれない。いや、川上会長もきっと理解している事だろう。
この日、手塚は折角なのでトレーナー業をする事にした。久しぶりに将士と哲男のミットを持ち、2人の成長を肌で感じた様である。手塚の目には、この先の2人が少し見えていたのかもしれない。
練習が終わり、将士と哲男は一緒に帰って行った。手塚も東京に戻って行った。天川会長、口元が綻びながら電話を手にした。
[はい、川上ジム]
「よう、俺だ」
[俺さんなんて奴、知らん!]
「馬鹿、藤次郎だよ」
[お~、名前負けの藤次郎か?]
「相変わらず、一言多いんだな?……石谷君に、よ~くお礼を言っといてくれ」
[菅原哲男の事か?別に、お前の為じゃない]
「それでも、俺の楽しみが増えたのは事実だ」
[……楽しみになるのか?……中台将士と戦う日が来るかもだぞ?]
「上を目指すボクサー同士、それもしょうがないんじゃないか?……それより、その対決がその辺の試合で組まれない事を祈りたいな」
[……世界タイトルマッチで激突……そのくらいの所で、直接対決してほしいな?]
「そうだな…………しかしな~、問題も多いんだよな~!」
[何が有る?]
「だってさ~、お前に預けるんだろ?……甲斐君と佐伯君だと、佐伯君負けたろ?」
[……あれは、若いトレーナー達の為だ!]
「とか言って、負けた事を有耶無耶にしてないか?そういう所、昔から上手いよな~?」
[……少しは大人しくなったのかと思ったが……お前はやっぱり変わらん!この大馬鹿者が!]
「図星を突かれて、大声で誤魔化そうと?……全く、昔から器が小さいな~……」
[この野郎……来年、スパーリングで潰してやる!]
「お?俺は既に、試合もしたぞ?」
[知っとるわ!丁度いいハンデだ!……来年、菅原がうちに来る時、お前もうちに顔を出せ!]
「いいのか~?お前をKOしちまうぞ?」
[出来る物ならやってみろ!]
[ガチャン!]
電話は切れてしまった。来年、もしかしたら、川上会長vs天川会長のライバル同士のスパーリングが見れるかもしれない。
この日の夜、天川会長の顔は実に締まりが無かった。将士と哲男の未来と、来年の川上会長との再開が、天川会長には楽しみでならないのだろう。酒を引っ掛けて少し酔っ払った天川会長、そのまま自宅まで一気にダッシュで帰って行った。
これからに期待!




