思わぬ試合!
さぁ、将士のデビュー戦だ!
リング中央でレフェリーの注意事項を受ける将士と宮村、一旦各コーナーに別れた。将士は青コーナーである。
「中台、しっかりな!」
「将士、いけるなら最初からだ!」
「はい!」
将士、気合い充分の様である。
対する宮村だが、一言二言、坂本トレーナーから言葉を掛けられている。
「カーン」
ゴングが鳴った。
1ラウンド…………
将士は頭を振って、左ジャブを出しながら前に出て行く。アマチュアの頃と変わりなく、将士はいつも通りである。
対する宮村だが、左ジャブを放ちながら左に回って行く。アウトボクシングを主体とした戦いをするらしい。なかなか道にいっている。
将士が詰める分、宮村が下がる。なかなか距離が変わらないまま、立ち上がりは極めて静かである。お互いの左ブローが主体となり、どちらも試合をコントロールしようとする思惑が伺える。
先に仕掛けたのは将士である。宮村の左ジャブを掻い潜る様に、宮村の懐までを一気に潜った。
[ガツン!]
次の瞬間、将士の頭が跳ね上がった。宮村の右のショートアッパーが将士を捉えていた。
そのまま宮村は将士を一気に責め立て様とパンチを出すのだが、将士はそこから反撃した。貰う事は構わず、左右のパンチを強振した。
将士のパンチが宮村の頭を掠めると、宮村は一瞬顔を歪め、すぐに距離を取って左ジャブで将士を突き放す。将士のパンチに力が有ると分かり、改めて距離を取った様である。
ここから、将士は前に詰め宮村は距離を取る。お互いに自分の距離に出来ないまま、1ラウンドは終了となった。
2ラウンド…………
将士は変わらず前に出る。左ジャブを放ち、自分から攻撃を仕掛けて行く。
宮村は距離を取り、確実に将士と打ち合わない作戦の様である。恐ろしく冷静であり、決して将士の有利な距離にしない。
将士が追い掛け、宮村は距離を取る。試合自体は代わり映えしないが、明らかに宮村のペースである。余り将士としては芳しくない。
2ラウンドも半分を過ぎた頃、宮村の戦い方が少しずつ変わって来る。将士の前に出るタイミングで距離を詰め、細かいパンチを放つとすぐに離れる。ヒット&アウェーが出来ており、打ち終わりに同じ場所に居ない。坂本トレーナーに大分鍛えられた様である。
この宮村の変化に将士は着いて行けず、このラウンドは宮村のペースで終了となった。
3ラウンド…………
宮村の動きが格段に良くなっている。高校の大会で成績を収めた将士に対し、宮村は作戦通りの動きが出来ている。更には、その作戦通りに動ければ将士にも通じている。宮村が自信を持つのも当然である。
対する将士、宮村のペースに巻き込まれ、少し肩で息をしている。高々3ラウンドで息が切れる様な練習はしていないが、相手のペースで試合が動いていると疲労は増す。将士には見た目以上に厳しい試合となっている。
宮村のペースで流れているこの試合、3ラウンドも2分を過ぎた頃である。宮村が詰めた際に放った右フックが将士を捉えた。的確に捉えた右フック、将士の腰が一瞬落ちた。
将士はすぐに態勢を整えるが、宮村は一気に将士を攻め立てた。
「ダメだ、行くな!」
坂本トレーナーの声が響くが、宮村には聞こえていない様である。宮村は将士のガードも構う事なく、パンチを将士に打ち込んで行く。将士はガードを上げ、宮村のパンチを防ぎながらタイミングを測っていた。
ここで、宮村には不運な事が重なった。
将士はこの戦い方を経験していた。この戦い方の完成形が喜多であり、この戦い方の攻略法を使ったのは隆明であった。将士は宮村の足元のみに注意し、タイミングを合わせて思い切り左フックを強振した。
更に重なる宮村の不運、右をオーバーバンド気味に振った宮村はクロスカウンター気味に将士の左フックを顎に貰い、そのまま大の字でダウンした。
「ダウン、ニュートラルコーナー!」
将士が歩き出すとレフェリーはカウントを始める。カウント5で宮村は身体を起こしたのだが、ふらついて尻餅を着いた。次の瞬間、レフェリーは両手を交差させて試合を終わらせた。
3ラウンド2分42秒、将士はKOにて何とかデビュー戦を勝利で飾った。
宮村のセコンドに頭を下げ、リングから降りた将士。
「あれ?坂本さん……」
「どうした、喜多?」
「いや、苦戦の理由が分かってね」
喜多は坂本トレーナーに頭を下げた。坂本トレーナーは喜多に気付いたらしく、軽く左手を上げた。
控え室に戻った将士達、将士が着替えるとすぐに外に出た。
「苦戦だったね?」
「やられたな?」
「篠原会長に徳井さん!……はい、苦戦でした……」
「将士~、とりあえずは勝てて良かったな?」
「うん、勝てた事だけ良かった……」
「もっちゃん、将士達をお願いね!……徳井、篠原会長、いいですか?」
「うん、僕は大丈夫!」
「橋本さんに菅原君、中台君を頼むよ」
「はい、俺は大丈夫ですけど……」
「どうしたんです?」
「いや、少し用事が出来てさ」
「そういう事」
「しっかりケアしなよ!」
喜多·徳井·篠原会長は3人で何処かへ行ってしまった。
「とりあえずは帰るか?」
「そうっすね!」
「僕は、しっかり反省するよ……」
将士達も帰る事にした。
将士達は拳王ジムに着くと、手塚に試合の報告をした。
「……出直しだ、この馬鹿!」
手塚の怒号がジムに響いた。将士、これからが大変になりそうである。
一方、喜多達の方だが、
「「「坂本さん!」」」
「あれ?3人でどうしたの?」
「いや~、坂本さんにやられましたよ!」
「……負けたのはこっちなんだけど?」
「そうは言いますけど……」
「見事な作戦でした」
「流石にやりますね!」
「……一応、褒め言葉として取って置くよ……しかし、あの戦い方をするかね?」
「あ~、喜多君に鍛えられましたからね」
「……天川ジムでしょ?」
「きっかけは喜多君ですよ」
「隆明とも戦ってるしね」
「……対策済みかよ~……参ったな……」
「いや、将士にはいい勉強になりました。ありがとうございます」
「……出来れば、勝ちも欲しかったけどね!……宮村に勝ったんだ、これからも頼むよ」
「はい、任せて下さい!」
「大丈夫、中台君は責任感が強いからね」
「そう、喜多と違ってね!」
「徳井、何だって?」
思わぬ苦戦だったが、将士はこれで更に強くなる。そんな予感がする夜であった。
思わぬ苦戦だが、それでもいい経験にはなった。
甘くはないボクシング、それでも将士に頑張って欲しい所……




