将士の正念場!
将士と隆明、どんな試合を見せてくれるのか。
選抜全国大会2日目、将士は朝早くから哲男とロードワークを行った。走り込みを見る限り、調子は悪くない様である。
ロードワークの後、軽くサンドバッグを叩いてから試合の準備をする。将士の表情が引き締まっている。本日は隆明との試合である。
軽い朝食の後、早めに会場に向かった将士。天川会長を始め、哲男と橋本トレーナーも付き合わされた。
「将士~、そんなに張り切るなよ~……」
哲男は不満そうだが、天川会長は笑顔である。橋本トレーナーは、大分眠そうである。
試合会場に着いた将士達、将士はすぐに着替えてアップに移り、哲男は着替えてゆっくりしていた。将士のアップが始まってすぐ、隆明も徳井とやって来た。こちらも、本日の試合に油断は無い様である。
将士と隆明は一瞬視線を交換したが、すぐに視線を逸らしてアップを続けた。どうやら、お互いをしっかりと意識している様である。
この後、計量が始まった。将士と隆明は1発でクリアした。
「福島県石川西高校·菅原君……30gオーバー。30分後に再計量」
「この馬鹿!朝から食べ過ぎだ!」
「……走って来ますよ!」
橋本トレーナーはかなりご立腹である。哲男、2度目の再計量である。ちなみにだが、天川会長は大声で笑っていた。流石は天川会長、肝っ玉が座っている。
再計量で哲男は無事にクリアし、試合に備えてアップを開始した。
将士の出番となる。フライ級準決勝、将士vs隆明である。
将士は天川会長と青コーナーに行く。そのままリングインし紹介を受けると、リング中央に歩み寄る。隆明もリング中央に来る。2人の顔がリング中央で近くなり、お互いに視線を逸らさない。
レフェリーより注意事項を受け、一旦コーナーに別れる。
「中台君、いつも通り」
「はい」
返事をする将士だが、明らかに表情が厳しい。それだけ、意識している試合なのだろう。隆明も厳しい表情で将士を見ている。お互いに激しく意識をぶつけている。
「カーン」
遂に、準決勝のゴングが鳴った。
1ラウンド…………
将士は左ジャブを放ち、前に出て行く。頭を振り、隆明に的を絞らせない様にしている。なかなかスムーズであり、日頃の鍛練を感じる。
一方の隆明だが、こちらは左ジャブを放ち、左に回って行く。距離を取り、将士とは打ち合わない考えの様である。こちらはこちらで、なかなか鋭いジャブであり、動きも悪くない。隆明もしっかりと練習を積んで来た様である。
隆明のパンチを掻い潜り、距離を詰めて行く将士。将士が詰めた分だけ距離を取り、将士の自由にさせない隆明。試合はクリーンヒットがないままに進んで行く。
将士が距離を詰め、惜しいパンチを何度か放てば、隆明は将士の前に出るタイミングで際どいパンチを放つ。なかなかに見応えの有る試合となっている。
1ラウンドも1分半が過ぎた頃、試合が少しずつ動く。将士が隆明の懐に入り、下がった隆明をそのまま追い掛けて左ボディをヒットさせた。この後に隆明は、直ぐ様右フックを将士にヒットさせる。ここから、お互いがエンジンを全快にしていく。
将士は多少貰う事を覚悟し、相打ち上等でパンチを放っていく。無傷での勝利は無理だと判断したらしい。
これに対しての隆明だが、こちらも将士のパンチを貰う覚悟を決めたらしい。少し懐を深く構え、将士が飛び込んだ時の用意をしている。
将士が突っ掛ける。隆明の懐に飛び込み、そのまま左ボディを放つ。そのまま上にコンビネーションを繋げたい所だが、隆明がそうはさせない。将士に左フックを引っ掛け、すぐに距離を取って左のリードブローを放つ。
お互いにパンチは当たるのだが、致命的な1発が決まらないままに1ラウンドが終了した。
青コーナー…………
「中台君、肩に力が入ってるよ。もっと楽にね」
「はい」
言葉の少ない天川会長、表情が緩んでいる。将士の成長が嬉しいのだろう。
赤コーナー…………
「あんな無名が……」
「先生、だから言ったでしょ?」
隆明の部活の顧問、将士の実力にビックリの様である。
観客席…………
「喜多、中台君は強いな」
「隆明だって、やるじゃないか?」
「俺の甥だからな!」
「なら……頭は弱いな!」
「お前よりは強いよ!」
「西田さんと変わらない癖に」
「あの馬鹿と一緒にするなよな」
「……考えとく」
徳井と喜多、楽しんでいる様である。
2ラウンド…………
このラウンドも、将士は左ジャブを突きながら前に出て行く。前に出て、自分の距離で戦うつもりの様である。
ここで隆明が変化を付けて来た。将士の前に出るタイミングで距離を詰め、細かいパンチを出すとすぐに離れる。この辺、徳井に鍛えられたのだろう。なかなか様になっている。
将士がこれに反応出来ない。ガードを固めて直撃を避けるのだが、打ち返した先に隆明が居ない。将士のパンチは空を切る事となる。
何度も同じ事が繰り返され、隆明がリズムを掴んだ様に見えた2ラウンド1分半過ぎ、またも隆明が距離を詰めた。
ジリ貧に見えた将士だが、雰囲気が少し変わっていた。詰めた隆明に対し、少し大振りではあるのだが、ドンピシャのタイミングで左フックを放った。これは隆明が、首を捻ってかわして直撃とはならなかったが、それでも危険なパンチだと認識出来た。ただ、隆明のパンチを将士は被弾していた。
この後も、隆明が詰めて細かいパンチを放つが、将士は際どいパンチを何度も強振していた。確かにポイントは隆明が取っているかもしれないが、隆明の精神は相当削られているだろう。
2ラウンド残り10秒、将士の強振が隆明を捉える。のけ反る隆明に、将士は一気に距離を縮める。止めの右フックを放つ将士だが、隆明はこれを寸での所でかわし、将士に無理矢理抱き付いた。クリンチである。レフェリーが割って入った所でゴングが鳴った。
青コーナー…………
「よく立て直したね」
「足元さえ見てれば、隆明君の位置は分かりますからね」
「そう……最終ラウンド、思いっ切りね」
「はい」
将士は隆明の足だけ見て強振していた様だ。多少のパンチを貰うのは覚悟し、それでもパンチを強振した。将士は精神的にも強くなっている。
赤コーナー…………
「恐ろしい作戦だな……」
「どうしてあのタイミングで……」
「お前の足元だけ見て、パンチを出してるんだよ」
「……色々とやってくれますね」
隆明が笑顔を出した。隆明は、この試合が楽しそうである。どうやら、隆明は将士を強敵だと心から認めた様である。
観客席…………
「……思い切った作戦だな。貰う事は覚悟の上か」
「喜多、あの戦い方はお前じゃないな?」
「そうだな、俺じゃない……俺達がいつもやられた、池本さんに近いかもな」
「池本さんか~……隆明、楽しいだろうな~……」
「楽しいか?」
「楽しいだろ?」
「遠慮なくボコボコだぞ?」
「手の内を遠慮なく見せてくれるよ」
徳井と喜多では、池本に対する評価が違う様である。ただ、将士の戦いを見て池本の話をしている。きっと、将士もそれだけ精進したという事だろう。
残るは、最終3ラウンドのみである。
残すは最終ラウンドのみ……




