嵐の前にも嵐は有る!
全国大会に出場の2人。
違う人物が、何やらやる気の様だが?
選抜全国大会に向け、将士と哲男は練習に励んでいる。最も、将士は全国優勝に興味は無いとの事だったみたいではある。
そんな2人の練習風景に、見慣れない物が有った。
「橋本君、ミット持って!」
「はい!……誰の?」
「俺のだよ!」
「はい?」
「いいから持つ!」
何故か天川会長がミット打ちをやっていた。なかなか切れの有るパンチであり、60歳を越えるとは思えない。
ミット打ちが終わると、天川会長はロードワークに出て行った。
「橋本トレーナー、天川会長はどうしたんですか?」
「どうしたんだろう……俺もよく分からん……」
「年寄りの冷や水……と言いたいけど、凄ぇ切れのパンチ……将士、あの年で凄ぇよな?」
「うん、なかなかのパンチだよね」
将士と哲男は何故に天川会長が練習を始めたのかは知らないが、2人から見ても天川会長のパンチはなかなかの様である。
3月に入り、将士と哲男も全国大会に向けて追い込みとなった時期である。
「中台君に菅原君、明日付き合ってくれるかい?」
「明日っすか?」
「僕は大丈夫ですよ」
「菅原君は?」
「俺は……何処に行くんすか?」
「大宮」
「大宮?……埼玉県の?」
「そう……来れるかい?」
「別に構わないっすけど……」
「中台君もお願いね!」
「はい!」
そんな約束をして、将士と哲男は本日の練習もしっかりと行った。
翌日、将士と哲男は待ち合わせの駅に着いた。既に天川会長は来ている。本日は日曜日、ジムは休みである。
「さて、行こうか。切符は買って有るからね」
「「新幹線!」」
「これ、お願いね」
天川会長は荷物を将士に持たせ、新幹線の方へ歩いて行った。その後を将士と哲男は着いて行く。
3人は大宮に着いた。13時を少し過ぎた頃である。
「さて、行こうか」
「何処へですか?」
「何するんすか?」
「行けば分かる」
天川会長は歩き出した。すぐに将士と哲男も着いて行った。
とある建物の中に入る天川会長、中には受付の様な物があり天川会長は名前を書いている。
「さて、アップするか」
「「誰のですか?」」
「俺だよ俺!今日は俺の試合!」
「「はい?」」
何と、本日は天川会長の試合との事だ。どうやら、天川会長は親父ファイトにエントリーしていた様である。
将士と哲男は天川会長のアップに付き添う。一緒に身体を動かし、哲男はミットまで持っていた。天川会長、目付きがかなり鋭くなっている。
係員から声を掛けられ、天川会長はリングに上がる。対戦相手は既に上がっており、やる気満々と言った感じである。
「50……くらいですかね」
「俺より若いな」
「大丈夫っすか?」
「大丈夫、手は抜かないよ」
天川会長は笑顔で答える。将士と哲男は不安な表情である。
天川会長のファイト…………
1ラウンド、天川会長は距離を取って左ジャブを放つ。フットワークも軽く、とても60代には見えない。
対する相手だが、こちらはガードを固めて前に出て来る。接近戦を展開したい様である。
天川会長は左ジャブを放ちながら、実に上手く試合を進めている。時に右ストレートを交え、相手の出鼻を上手く挫いている。タイミングの良い右ストレートを何度も当て、天川会長のペースで1ラウンドは終わる。
コーナーに戻って来た天川会長。
「いいペースですね!」
「いや、ここからだ……俺のパンチは軽いんだ」
「大丈夫っすか?」
「ここからは、俺次第だ」
天川会長は笑顔で、将士と哲男に答えた。
2ラウンド、天川会長は1ラウンドと変わらずに距離を取っている。左ジャブも切れており、変わらない様に感じる。
相手が1ラウンドと変化していた。天川会長のジャブを喰らおうがお構い無しに、ガンガン前に出て来る。時に右ブローを被弾するのだが、それでも前へのプレッシャーは全く変わらない。
天川会長の言っていた、自分のパンチが軽いという意味はここに有る。軽いパンチなら、相手は気にせず前に出て来る。接近戦でしか勝利を見出だせないなら尚更である。
相手との距離が詰まる天川会長、そのままコーナーまで追い込まれた。誰もがそう見えていた。
しかし、次の瞬間には、それが天川会長の作戦である事が分かった。
天川会長は相手の右フックに合わせ、自分の体重を前に掛けて右フックを相手に放った。[ジョルト]のカウンターである。これが見事にヒットし、相手はそのまま大の字に倒れた。
ここでレフェリーストップ、天川会長のKO勝利となった。
リングを降り、天川会長は帰りの支度をする。将士と哲男も支度をし、用意が終わると会場を後にした。
既に日が落ち始め、夕方となっている。3人は駅まで歩き、そのまま新幹線に乗った。天川会長が気を利かせ、新幹線で食べる様にと駅弁を買っていた。指定席に座り、3人は駅弁を食べ始めた。
「所で天川会長、どうして試合を?」
「俺も聞きたいっす!」
「そうだな~……俺が君達に伝えられるとしたら、これしかないと思ってね」
「「???」」
「俺はさ、世界チャンピオンどころか日本チャンピオンにもなれなかったんだ。だから、君達に何かを伝えたいと思っても、な~んにもない」
「そんな事ないですよ!」
「そうっす!天川会長有ったればこそっす!」
「ありがとう……でもさ、俺は何もないのが現実だ。そうなると、何を伝えられるか……チャレンジしかないと思ってな」
「「チャレンジ?」」
「そうだ!…俺はパンチ力がない。だから、現役の頃に今日のカウンターをいつも考えていた。でも……失敗のリスクが高く、打つ事は出来なかった……今日、俺は過去の俺を超えた!この年になって、やっと実感した。お前等なら、俺よりも凄いチャレンジが出来る筈だ。チャレンジ精神、忘れるなよ!」
「「はい!」」
「俺が出来るのは、これだけだ」
「ありがとうございます!」
「頑張ります!……東京行ったら、天川会長とは離れるんすね……」
「そうだね……」
「2人は何をしんみりしてるの?俺は東京にも遊びに行くよ!」
「「はぁ?」」
「当たり前だろ?いつまでも、お前達に小言を言いに行くからな!」
「うわぁ……」
「いい話が台無し……」
「文句有るのか?」
意外にしたたかな天川会長である。
これはこれとして、天川会長からの教えはしっかりと2人に伝えられた様である。
天川会長からの激励!
将士と哲男には届いている様です。