目指す所!
合宿は中盤!
西田拳闘会での練習の翌日、将士と哲男はいつも通りの朝を迎えた。昨日の夕食と本日の朝食の担当は将士であり、将士はロードワークに行く前にある程度の準備をしていた。ロードワークが終わった後、将士は朝食を作ったのだが、
「これ、不味いな~!」
「生卵くれ、ご飯に掛けるから!昨日も今日も最悪だ!」
「酷いな~、食べられるでしょ?」
「……すまん将士……おれも無理……」
「えー!…うわ、本当に不味い」
意外な話かもしれないが、将士は料理が下手であった。
午前中の練習は、予定通り体幹トレーニングと基礎体力の向上を目的とした物を終始行っていた。走るだけでなく上半身のトレーニング、少しふざけた様に見える後背筋を鍛えるトレーニング等、本日も将士と哲男はこってりと絞られている。
やっと午前中の練習が終わり、昼食となった。
「将士は作るなよ!」
「マー君は、料理禁止!」
「え?そうすると……」
「哲男、お前は料理担当!将士は洗濯担当!」
「テッちゃん、お願いな!」
「え~、喜多さんと手塚さんは~?」
「俺達は食べる専門!」
「その通り!」
「その通りじゃない!…本当に君達は~……今日から昼は、君達が当番ね!」
「「ちょっと、篠原会長?」」
「ダメ、決まり!」
結局、喜多と手塚が合宿の昼担当となった。本日は、喜多の奢りで近くのラーメン屋に行く事になった。
4人がテーブルに座り、ラーメンを待っていると1人の男がそのテーブルに座った。
「おう、奇遇だな?」
「「池本さん」」
「「こんにちは」」
「おう、一緒に飯いいか?」
「もう座ってるし……」
「ダメって言っても、従わないでしょ?」
「よく分かってるな!では、俺も喜多の奢りでな!」
「はぁ?」
池本の強引さに、結局昼を奢る事になった喜多であった。
「今日は川上ジムだろ?」
「……予定は無いですよ」
「池本さん、絶対無茶させるだろうし!」
「そんな事はねぇぞ、俺は優しいんだ。決定、今日の午後は川上ジムな!反論は認めない!」
『はい?』
池本が勝手に話を進め、本日の将士と哲男の午後の練習は川上ジムとなった。
少しの休憩を挟み、喜多と一緒に将士と哲男は川上ジムに行った。
「「お願いします!」」
「よろしくお願いします」
「おう、来たな……まずは紹介からだな」
池本は出迎えると、川上会長と石谷トレーナーの所に案内した。
「紹介するな!こっちは川上ジムの会長、川上会長な」
「おい池、フルネームで紹介しろ!」
「…俺、会長のフルネーム知らないですよ。少し前まで、川上会長って名前だと思ってましたもん!」
「……お前、何年このジムに居たんだ?」
「だって~……会長、名前で呼ばれてるの見た事無いですよ?まぁ、言葉は見えないですけどね」
「こいつは~……会長の川上哲也です」
「だそうです。続いては……」
「ちょっと待て、俺の名前は大丈夫だろうな?」
「石谷トレーナー、大丈夫に決まってるでしょ!…こっちは、ト·レーナーさんだ!」
「おい、石谷は何処行ったんだよ!この馬鹿!…トレーナーの石谷彰だ、よろしくな」
「ではこっち、こいつが喜多猛です」
「「知ってる!」」
「んで、え~と……タツヤとブンタだったっけ?」
「……完全に悪乗りしてる…菅原哲男と中台将士です」
「「よろしくお願いします!」」
「そんな名前だったな……で、どっちがタツヤでどっちがブンタなんだ?」
『そんな奴は居ねぇ!』
将士と哲男以外から突っ込まれる池本であった。
将士と哲男が着替えて来ると、
「よし、今日は俺の練習に付き合え!喜多も行くぞ!」
池本は強引に、自分のトレーニングに3人を付き合わせた。
池本のトレーニングだが、現役の頃はオーバーワークではないかと思われる程に練習をしていた。いつも冗談混じりなので勘違いされそうだが、池本はボクシングに関しては誰よりも真面目で妥協がなかった。そんな池本のトレーニングである。現役を引退しているとはいえ、楽な筈はなかった。
まずはロードワークから始まるのだが、このペースがかなり速い。更には途中の丘をジグザグに走り、ダッシュも何処までやるのかというくらいに走っていた。川上ジムに帰って来た時には、将士と哲男は今まで以上にバテていた。
「休むな、次だ次!」
池本の声で4人はロープに移る。3ラウンドのロープが終わると、すぐにシャドーを始める。全く休憩が無い。
「よし、ミットな!喜多、お前も持て!」
「はい!」
池本と喜多がミットを持ち、将士と哲男がミットを打つ。最初は池本と将士、喜多と哲男だったが、4ラウンドが終わると相手を変えて更に4ラウンド行った。
「休むな、サンドバッグだ!」
将士と哲男は、このままサンドバッグ打ちとなる。物凄く濃い練習である。
将士と哲男が練習をしている間に、続々と練習生やプロボクサー達がやって来た。池本は将士と哲男がサンドバッグを打っている間、そんな練習生達のミットを持ったりアドバイスをしたりと動いている。喜多も池本に付き合い、練習生のミットを持っている。将士と哲男には、池本と喜多のこの体力に大きな衝撃受けただろう。
「マー君とテッちゃん、ボディ踏みをして貰ったらすぐにシャドーだ」
「「はい!」」
休む間も無く、将士と哲男は次から次へと池本に指示を出される。
将士と哲男が練習終わりの頃、池本はプロボクサー達とスパーリングをしていた。試合が近い選手が数名居る為、全員を池本が相手していた。
「……あの人、化け物かよ……」
「物凄いよね……」
「だろ?昔からあの人はああだった。そして俺達を、ずっと引っ張ってくれたんだ……本当に凄い人だよ……しかし、お前達はまだまだだな?」
「……あんな人と比べられたら……」
「はい、まだまだです!」
「将士、何で嬉そうなんだよ?」
「だってさ~、まだまだ強くなる可能性がいっぱいじゃないか!」
「そうだ将士、強くなるんだ!」
「はい!」
「……俺も負けない、絶対に強くなる!」
「そうだ!2人共、目指す自分より強くなれ!」
「「はい!」」
「……熱いな~、むさ苦しいくらいに……喜多の愛人にでもなるのか?」
「……いい話が台無しですよ……」
「お前、ホモ疑惑を忘れたのか?」
「池本さんが勝手に言ったんでしょ!その後はムッツリだとか!…俺は普通に、女性が好きなだけですよ!」
「ほう……ホモで女性も好きなムッツリか……お前、両刀使いだったのか?」
「何処からその発想になるんですか?」
「タツヤとブンタも気を付けろよ!」
「「どっちがどっちですか?」」
「この野郎~……」
「喜多が怒った、心の狭い奴だな~!」
「許さん!」
喜多は池本に向かって走って行ったのだが、池本は喜多から逃げる様に外に走って出て行った。喜多はそれを追い掛け、池本の後を追う。
「……この練習の後で……」
「まだまだあれだけ動ける……将士、精進しよう……」
「心からそう思うよ……」
将士と哲男は、窓の外に消えて行った2人の方を見ながら、そんな事を言っていた。
「馬鹿は真似するなよ」
「ああなるからな」
川上会長と石谷トレーナーからは注意が飛んでいた。それにしても、池本と喜多の体力は物凄いという事は証明出来た。将士と哲男は、改めて気持ちを引き締めた様である。
「はぁ、はぁ、くそ、池本さんを見失った……」
池本は喜多から見事に逃げ切った様である。
それぞれの目指す所、それを超えて強く!
トレーナーとしての喜多の思いですね。