県大会決勝!
さぁ、決勝だ!
決勝戦当日、将士と哲男の朝はいつも通りのルーティンであった。朝早くに2人で学校法人有田までロードワークし、将士の家でシャワーを浴びて着替え、将士の母親から弁当を受け取って会場に向かう。いつも通り、自然体である。
会場に着くと、いつもの2人が待っている。決勝ではあるが、極めていつも通り、天川会長から[いつも通りで勝てる]と言われている様である。
計量室に向かう将士と哲男、ここで少しハプニングが有る。
「中台選手、51.83kg、計量クリア」
特に問題無い将士に対し、
「菅原選手、62.03kg、ウェートオーバー」
何と、哲男はリミットをオーバーしてしまった。
「30分後に再計量になります」
説明を受けると同時に、哲男は会場の周りを走り出した。30gのオーバーだが、これだけでも試合には出られない。哲男の表情は必死である。
「菅原選手、61.87kg、計量クリア」
再計量でパスした哲男、とりあえずは一安心である。
「おい、この馬鹿!毎回言ってるけど、ウェートコントロールをしっかりしろよ!」
橋本トレーナーに文句を言われたのは、至極当たり前の事である。
お昼を食べ、ゆっくりとアップを始める将士と哲男。
「お~い、菅原!」
「応援に来たよ!」
「頑張ってよね~!」
「KO期待!」
哲男と同じクラスの男子2人女子2人である。最近増えた哲男の友達の様である。
「言われなくてもやるよ……KOじゃなくてSCな」
「そう言われてもさ~……」
「……あれ?隣のクラスの中台だよな?……菅原の応援?」
「ああ……そうかな?……菅原君、僕はあっちに行ってるね」
「おう」
中台は人気の無い所に移動し、アップを続けた。
「お前等、本当に馬鹿だよな~……」
『何で?』
「トーナメント表見ろよ……フライ級の決勝……」
「おう?……中台が出るの?」
「マジ?」
「中台君て、ボクシングやってたの?」
「強いの?」
「……俺より先にやるから、ゆっくり見てろよ……さて、俺はアップに戻るから」
哲男も将士の方に行き、アップの続きを始めた。
試合が始まり、将士の出番となった。
「中台君、いつも通りね」
「はい、頑張ります」
将士は天川会長と青コーナーに行き、リングに上がって中央に歩いて行く。本日の対戦相手は石川工業高校の前川である。
レフェリーから注意事項を受け、2人は各コーナーに一旦別れる。
「カーン」
将士の決勝のゴングが鳴った。
1ラウンド…………
将士は頭を振り、左ジャブを放ちながら前に出て行く。試合の経験を積む度に、将士は確実にレベルアップしている。本日も例に漏れず、昨日よりも確実に動きがスムーズになっている。
対する前川だが、こちらもファイター型のボクサーである。昨年の東北大会ではベスト4まで進んでおり、インターハイにも出場していた。勿論、将士に対して引く気等さらさら無い。
始まってすぐ、2人の距離は一気に縮まる。お互いに手の届く距離になると、2人は後先考えずに手を出し始めた。
お互いの頭が弾け、それでもお互いにパンチを放って行く。なかなかアマチュアでは見られない光景である。将士はそれしか出来ないのではあるのだが、前川にも意地が有る。自分の得意な距離で将士を圧倒したかったのだろう。
この打撃戦は、思ったよりも早く動く事になる。
将士は喜多に鍛えられ、ロードワークからジムワークまでを誰もが気持ち悪くなるくらいに行っていた。喜多しか知らない将士にとって、それは当たり前となっていた。元世界チャンピオンが課した練習を毎日やっている将士、特に喜多や手塚は練習量の多いチャンピオンだったので、それをやっていた将士と高校の練習だけの前川では違いが出て当然である。
1分30秒を過ぎた頃、将士が少しずつ前に出始める。前川のパンチを貰おうと、しっかりとパンチを返して前進する将士。2分を過ぎた時には、前川はコーナーを背負う形となる。
そのまま攻撃を続ける将士、前川も必死に抵抗するが将士の攻撃に飲み込まれて行く。将士の攻撃が一方的になって来ると、
「ストップ!」
レフェリーが割って入って来た。
「カーン」
ラウンド終了のゴングが鳴っていた。
ラウンドが終了となり、各コーナーに戻る2人。明らかに前川の足取りが重い。
将士は天川会長から指示を受け次のラウンドの為に立ち上がるのだが、前川が立ち上がる事はなかった。前川のセコンドは棄権する事をレフェリーに伝え、1ラウンド終了時棄権の形で将士の県大会優勝が決まった。
前川と前川のセコンドに頭を下げた将士、そのまま天川会長と控え室に戻る。そこで一言二言哲男と言葉を交わし、将士は観客席に移動した。
「中台、凄ぇな!」
「本当、強かった~!」
「格好良かったよ!」
「やるな~……菅原より強いんじゃね?」
「あ、ありがとう……」
「何だよ、照れるなよ~!」
「「可愛い!」」
「強くて可愛い……恐るべし……」
「いや、そんなんじゃないから……あはは……す、菅原君の試合を見ようよ……」
こういった絡まれ方に慣れていない将士、確実に苦笑いをしている。そのうち、慣れて来るだろう。
哲男の試合だが、こちらもいい形で勝利となった。ウェートオーバーの為に走り込んだのが功を奏した様で、試合開始早々からエンジンが掛かっていた哲男。外から相手をコントロールし、焦れて大振りになった所に右のカウンターでダウンを奪う。そのまま10カウントとなり、哲男が見事に優勝となった。
閉会式の後、将士と哲男は天川会長と橋本トレーナーの元に行く。
「よくやったね!次は東北大会!……菅原君は、ウェートオーバーの反省をする様に!」
「……はい、ごめんなさい……」
「哲男、次やったら拳王ジムに出張な!」
「ち、ちょっと待って下さいよ!」
「拳王ジムなら、僕も一緒に行っていいですか?」
「「!?」」
「中台君には、罰にも何にもならないらしいね……」
ちょっとしたやり取りの後、将士と哲男は帰る事になるのだが、
「お~い、待ってくれよ~!」
「私達も一緒に~!」
応援に来た4人が走って来た。
「菅原~、中台のが強かったぞ?」
「……否定はしないよ……」
「中台君、格好良かったね!」
「うっ……ありがとう……ございます……」
「このギャップがいいよね!」
「……さっきから、中台君の話題ばっかりなんだよ」
「やったな、中台!」
「菅原君、絶対におちょくってるよね?」
「そんな事ねぇぞ?……それより、隣の席の娘は大丈夫なのか?」
「「隣の席の娘~?」」
「隣の?……雨谷さん?…どういう意味?」
「仲良さげに喋ってたろ?」
「……勉強教えただけだよ……」
「「私達にも勉強教えて!」」
「はい?」
「モテモテだね、中台君」
「やるな、中台!」
「……よし、お前は今日から将士な!俺は哲男と呼べ!」
「……哲男君にするよ……それより、期末テストに向けてもしっかりね、哲男君!」
「ぐはっ……厳し過ぎるぞ将士……」
楽しそうな帰路となっている。
期末テストは兎も角、将士のデビューはとてもいい結果になった。思ったよりも、将士の実力は付いているらしい。この後も、将士の成長に期待したい。
「橋本君、中台君と菅原君のトレーニングを見直さないか?」
「いいですね、全国優勝を目指しましょう!」
「いや、それより……もっと先を見据えて鍛えよう……俺の目が黒いうちに、2人の基礎を徹底的に固める……」
「天川会長……分かりました。俺も頑張ります」
どうやら、天川会長は将士と哲男を徹底的に鍛えるつもりの様である。若い2人、東北大会までにどんな成長を見せるのだろうか。
全国大会まで、まだまだ長い!